EP 2
戦場はタロウマート(半額セール)
翌朝、午前8時。
ナンバーズによるテロ予告を受けた『タロウマート物流センター(兼・旗艦店)』の前は、異様な殺気に包まれていた。
ただし、それはテロへの恐怖ではない。
もっと根源的な、生存本能に根ざした殺気だ。
「……引かぬ。媚びぬ。顧みぬ」
開店待ちの長蛇の列。その最前列に、青髪の少女が仁王立ちしていた。
リーザだ。
彼女はボロボロのパーカーのフードを目深に被り、買い物カゴ(武器)を強く握りしめている。
その全身からは、周囲の主婦たちが道を開けるほどの、どす黒いオーラが立ち昇っていた。
「今日の目玉商品は『もやし』……一袋9円。お一人様3袋まで。……この戦い、私の今週の食生活が掛かっているのよ……!」
リーザの瞳は血走っていた。
昨日のカツ丼は美味かった。だが、あれは奇跡だ。
現実は非情である。財布の中には小銭が数枚。このセールを逃せば、明日からはまた公園のタンポポ生活に逆戻りだ。
「邪魔する奴は……神でも仏でも、テロリストでも噛み砕く……!」
空腹という名の獣が、彼女の中で咆哮を上げていた。
***
一方、その様子を離れたビルの屋上から監視している影があった。
フリフリのゴスロリドレスに、金髪の縦ロール。顔の半分を仮面で隠した少女――ナンバーズのNo.2、ツーだ。
「……嘘でしょ。なによ、あのプレッシャーは」
ツーは震える手でオペラグラスを覗いていた。
彼女の目には、リーザから放たれるオーラが、禍々しい龍のように見えていた。
「あの青い髪の女……ただの浮浪者じゃないわ。あの立ち姿、あの殺気……! 間違いない、この国が隠し持つ『特級戦力』ね!」
ツーのユニークスキル『コピー』は、相手の強さを本能的に察知する。
今のリーザが放つ「もやしへの執念」は、イグニスの闘気や鮫島の殺気すら凌駕していた。
ツーはそれを「純粋な戦闘力」だと盛大に勘違いしたのだ。
「ゼロ様は物流センターを狙えって言ったけど……あんな怪物が守ってるなんて聞いてないわよ」
ツーは唇を噛んだ。
このままでは作戦に支障が出る。
だが、逆に考えればチャンスだ。
「……フフッ。あいつの能力、私が頂くわ! あの強大な力をコピーすれば、私もワン(破壊)みたいに強くなれる!」
ツーは仮面の奥で瞳を輝かせ、右手をリーザにかざした。
「スキャン開始……対象のスキル構造を解析……」
リーザの身体から、不可視の魔力ラインがツーへと伸びる。
その瞬間、ツーの脳内にスキル情報が流れ込んできた。
『スキル名:貧乏神の加護(極)』
『効果:サバイバル能力S、悪食S、金運Z、空腹耐性(無効)』
「えっ……? なによ『貧乏神』って……? ま、まあいいわ! とにかく凄まじいエネルギー量よ!」
ツーは躊躇なくインストールを実行した。
「――コピー完了!」
カッ! とツーの身体が光る。
最強の力を手に入れた(と思った)ツーは、高笑いを上げた。
「アーハッハッハ! これで私は無敵よ! どんな敵も一捻り……」
グゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
突然、地響きのような音が鳴り響いた。
ツーはキョロキョロと周囲を見回す。
「え? なに? 地震?」
グキュルルルルルル……!
違う。
音の発生源は、自分の腹だった。
「えっ……? うそ、なんで……?」
ツーはその場に崩れ落ちた。
今まで感じたことのない、内臓を雑巾絞りにされるような強烈な飢餓感。
朝食に最高級のクロワッサンとロイヤルミルクティーを飲んできたはずなのに、今の彼女は「一週間何も食べていない野良犬」と同じ精神状態だった。
「お、お腹すいた……力が……入らない……」
さらに、異変は続く。
ツーが慌ててポケットの財布(プラチナカード入り)を取り出そうとした瞬間。
ツルッ。
手が滑った。
財布は放物線を描き、ビルの屋上の隙間から、下水道の通気口へと奇跡的なホールインワンを決めた。
「あっ」
チャリーン……(ポチャン)。
「嘘でしょぉぉぉぉ!? 私のプラチナカードがぁぁぁ!?」
ツーは絶叫した。
だが、悲劇は止まらない。
着ていた高級なドレスの裾が、いつの間にか突起に引っかかってビリビリに破れ、履いていた靴のヒールがポキリと折れた。
「な、なんなのよこれぇ!?」
最強のスキルを手に入れたはずが、気付けば「空腹で、一文無しで、ボロボロの服を着た不審者」が出来上がっていた。
これが、リーザが背負う『貧乏神の呪い』。
コピー能力は、相手の「負の側面」さえも忠実に再現してしまったのだ。
***
「っしゃあぁぁぁ!! ゲットォォォ!!」
一方、タロウマート店内。
リーザは勝利の雄叫びを上げていた。
買い物カゴには、戦利品である「9円のもやし」が3袋、輝いている。
「勝った……! これで今週は『もやし炒め』と『もやしスープ』のフルコースよ!」
リーザはレジで、なけなしの小銭(27円+消費税)を支払い、大事そうにもやしを抱えて店を出た。
満面の笑みで空を見上げる。
「あー、いい天気! ……ん? なんか屋上の方から、お腹の虫みたいな音が聞こえたような?」
リーザは首を傾げたが、「ま、いっか!」とスキップで帰路についた。
その背後、ビルの屋上では、空腹と絶望で動けなくなったツーが、涙目で手を伸ばしていた。
「だ、誰か……パン……パンの耳を……恵んでぇ……」
ナンバーズの幹部、No.2。
戦闘開始前に、自爆によりリタイア(ホームレス化)。
だが、これが彼女とリーザの、運命の出会いとなることを、まだ誰も知らない。




