第二章 未来を見る犯罪集団 ナンバーズ
未来を見る仮面
太郎国の朝は早い。
王都の外れ、第3倉庫――T-SWAT本部。
その汚いシャッターの前で、鮫島勇護はマールボロの煙をくゆらせていた。
「……あー、腹減った」
「隊長、今日の朝飯は? また『のり弁』か?」
倉庫の中から、イグニスとキャルルがゾンビのように這い出してきた。
第1章の激闘で得た報酬は、修繕費と弁償代で消え、手元に残ったのはわずかな小銭と、大量の請求書だけだ。
「贅沢を言うな。今日は奮発して『タロウパン』の特売品、焼きそばパンだ」
「炭水化物と炭水化物じゃねぇか! 俺様は肉が食いてぇんだよ!」
「私の美肌のためにはビタミンが必要なのよ! ……ま、食べるけど」
文句を言いながらも、二人は焼きそばパンに貪りついた。
平和だ。金はないが、平和な朝だ。
そう鮫島が思った、その時だった。
ドォォォォォォンッ!!!!
腹に響く重低音と共に、王都の中心部から黒煙が上がった。
単なる火事ではない。爆発だ。それも、魔力によるものではなく、火薬のような指向性を持った爆発。
「……ッ! 仕事だ、食うのをやめろ!」
鮫島がパンを放り投げ、無線機を耳に押し当てる。
『こちら警備隊本部! 中央広場の時計塔が爆破された! 負傷者多数! 犯人は仮面をつけた集団……魔法が通じない! 至急応援を求む!』
「了解。T-SWAT、出動する」
鮫島が振り返ると、部下たちは既にパンを飲み込み、臨戦態勢に入っていた。
イグニスがニヤリと笑い、キャルルが安全靴の紐を締める。
「消化運動にはちょうどいいぜ!」
「残業代はきっちり請求するからね!」
***
王都中央広場。
太郎国のシンボルである大時計塔の下層部が吹き飛び、瓦礫の山と化していた。
逃げ惑う市民と、必死に消火活動を行う警備隊。
その混乱の中心に、悠然と立つ5つの影があった。
全員が奇妙な仮面をつけている。
その中央、白髪に赤い瞳の男――『ゼロ』が、手にした板チョコをパキリと割りながら、崩れ落ちる塔を見上げていた。
「美しいね。旧時代の秩序が崩れ落ちる様は」
「ヒャハハ! 次はどこだボス! もっとデカいもんを壊させろ!」
隣に立つ巨漢――『ワン』が、拘束具を引きちぎらんばかりに暴れている。
そこへ、上空から紅蓮の炎が降り注いだ。
「オラァァァ!! テロリスト共! 消毒の時間だァァァ!!」
イグニスだ。
上空からの急降下ブレス。広場を埋め尽くすほどの熱量が、仮面の集団を焼き尽くす――はずだった。
「……3秒後、上方より竜の火炎。範囲は半径15メートル」
ゼロが退屈そうに呟いた。
その言葉が終わるより早く、仮面の集団はまるでダンスを踊るように散開していた。
ブレスは誰もいない石畳を焼き、虚しく黒煙を上げるだけ。
「なっ!? 俺様のブレスを避けただと!?」
着地したイグニスが驚愕に目を見開く。
その隙を、キャルルが突く。
「隙ありィッ! その仮面、へし折ってやるわ!」
マッハの速度による背後からの強襲。
音速を超えた安全靴の一撃は、視認することすら不可能なはずだ。
「……左後方。回し蹴り。角度30度」
ゼロは振り返りもしない。
ただ、首をわずかに右に傾けただけだ。
ブンッ!
キャルルの渾身の蹴りが、ゼロの耳元の空気を切り裂き、空振りした。
「嘘!? 完全に見切られた!?」
「遅いな。君の思考は、もう3手先まで見終わったよ」
ゼロが板チョコを口に放り込み、指を鳴らす。
瞬間、巨漢のワンがキャルルの目の前に立っていた。
「壊レロォォォ!!」
ワンの手のひらから放たれた衝撃波。
キャルルは咄嗟にバックステップで回避したが、余波だけで広場の噴水が粉砕された。
「くっ……!」
イグニスとキャルルが後退り、鮫島の横に並ぶ。
鮫島はKorthのリボルバーを構えながら、冷や汗を流していた。
(……おかしい。イグニスのブレスも、キャルルの神速も、初見で避けられるはずがない。まるで『攻撃が来ることが分かっていた』ような動きだ)
「……何者だ、お前ら」
鮫島の問いに、ゼロは優雅に一礼した。
「我々は『ナンバーズ』。愚かな旧人類に代わり、この世界を導く者たちだ」
「導くだと? ただの破壊活動だろうが」
「破壊なくして創造はない。……鮫島勇護隊長。君が次に撃つ弾丸は、私の左肩を狙うつもりだろう?」
鮫島の指が凍りついた。
まさに今、トリガーを絞り、左肩を狙おうと照準を定めた瞬間だったからだ。
「……チッ!」
鮫島は狙いを右足に変えて発砲した。
だが、ゼロはその弾丸すら、あくびを噛み殺しながら半歩ズレて回避した。
「無駄だよ。思考を変えても、その『変えた未来』もすでに見えている」
「未来予知……か」
「ご名答。チェックメイトにはまだ早いが、今日のところは挨拶だけにしておこう」
ゼロが合図を送ると、背後に控えていた紳士風の男――『スリー』が前に出た。
「お時間です、ボス」
「ああ。……次は『タロウマート物流センター』だ。この国の食糧事情を破壊させてもらう」
ゼロは不敵な笑みを残し、スリーの手が彼らに触れた瞬間、空間が歪んだ。
テレポート。
次の瞬間には、彼らの姿は完全に消え失せていた。
「……逃げられたか」
鮫島は銃を収め、新しい赤マルに火をつけた。
手が微かに震えている。
「隊長……あいつら、ヤベェぞ。俺様の攻撃が当たる気がしなかった」
「私も……。動き出しの瞬間に、もう避けられてた。相性最悪よ」
部下たちの言う通りだ。
火力もスピードも、当たらなければ意味がない。
全ての行動を先読みし、テレポートで神出鬼没に現れる敵。
これまでの「力押し」が通じない相手だ。
「……タロウマート物流センターと言ったな」
鮫島は紫煙を吐き出し、燃える時計塔を見上げた。
「宣戦布告だ。……受けて立つぞ。T-SWATの総力を挙げてな」
だが、鮫島はまだ知らない。
次の戦場となるタロウマートには、すでに「もやし」を求めて殺気立つ、最強の貧乏アイドルが待ち構えていることを。




