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第一章 T-SWAT

その男、元ロス市警につき

 マンルシア大陸中央部、新興軍事国家「太郎国」。

 その首都の一角にある「タロウ銀行」中央支店は、いまや一触即発の火薬庫と化していた。

「おい! 中の強盗団に告ぐ! 貴様らは完全に包囲されている! 大人しく人質を解放して投降しろ!」

 拡声魔法による怒号が響き渡る。

 叫んでいるのは、煌びやかなミスリル銀の鎧に身を包んだ女騎士――太郎国騎士団長、ライザだ。

 彼女の背後には、数十名の重装騎士と魔導師部隊が整列し、銀行の正面玄関を取り囲んでいる。

 対する銀行内部からは、嘲笑混じりの声が返ってきた。

「うるせぇよ、騎士団の姉ちゃん! こっちには『人質』がいんだよ! 魔法を一発でも撃ち込んでみろ、この客どもの命はねぇぞ!」

 窓ガラスの向こうには、怯える市民たちの姿と、彼らの首元にナイフを突きつけるオークや、杖を構えた黒ローブの男たちが見える。

 典型的な「魔法使い崩れの強盗団」による立てこもり事件だ。

「くっ……卑劣な! 正々堂々と戦えぬのか!」

 ライザが悔しげに石畳を踏みつける。

 騎士団は強い。だが、その強さは「対軍」や「対モンスター」に特化している。

 狭い屋内、多数の人質、そして魔法による防御障壁。

 この状況下で、人質を傷つけずに制圧するノウハウを、彼らは持っていなかった。

「どうする団長! 突入しますか!?」

「馬鹿者! 魔法障壁を破るには攻撃魔法が必要だ。そんなことをすれば人質も巻き添えになる!」

 膠着状態。

 強盗団のリーダー格らしき男が、勝利を確信したように下卑た笑い声を上げた。

「ギャハハ! わかったら道を開けろ! 金と飛竜ワイバーンを用意すりゃ、命だけは助けてや――」

 その時だ。

 銀行の裏口通用門の影で、紫煙がふわりと揺らいだ。

「……交渉決裂ネゴシエーション・オーバーだ」

 低い声と共に、男が吸っていた『赤マル(マールボロ)』を携帯灰皿に押し込む。

 全身を漆黒のタクティカルギアで包み、顔には暗視ゴーグル(ナイトビジョン)とバリスティックヘルメット。

 異世界の騎士たちの中にあって、あまりにも異質なその姿。

 太郎国特別機動隊『T-SWAT』隊長――鮫島勇護さめじま・ゆうごは、無線機インカムのスイッチを入れた。

『こちら鮫島。現時刻をもって、強行突入エントリーを開始する』

 隊員はいない。たった一人だ。

 だが、鮫島にとってそれは「足手まといがいない」というだけのことに過ぎない。

 鮫島は腰のホルスターから、愛銃を引き抜いた。

 ドイツ製リボルバー『Korth NXS Ranger』4インチモデル。

 滑らかな黒鉄の輝きを放つ、リボルバーのロールスロイス。

 装填されているのは、女神ルチアナとの裏取引で仕入れた、対魔導障壁用の『魔封じゴム弾』だ。

「行くぞ」

 鮫島は、配電盤に向けてサイレンサー付きのサブウェポンを発砲した。

 パシュッ、という乾いた音と共に、銀行内の照明がすべて落ちる。

「なっ!? 何だ、停電か!?」

「明かりだ! ライトの魔法を使え!」

 強盗たちが動揺したその一瞬の隙を、元SWAT隊員は見逃さない。

 裏口のドアを音もなく蹴り開け、円筒形の物体をホールの中央へと投げ込んだ。

 カラン、カラン……。

「あ? 何だこりゃ、黒い筒……」

 強盗の一人がそれを覗き込んだ瞬間。

 ――カッ!!!!

 爆音と共に、世界を白く染め上げる閃光が炸裂した。

 スタングレネード(特殊音響閃光弾)。

 魔法の光ではない。科学が生み出した、視覚と聴覚を一時的に破壊する暴力だ。

「ぎゃあああああ!? 目が、目がああ!?」

「なんだこの爆発はぁぁ!?」

 強盗も、人質も、全員が目を押さえてうずくまる。

 その混乱の闇の中を、暗視ゴーグルの緑色の視界で捉えた「黒い死神」が走る。

「一番、確保クリア

 ドォン!

 Korthが火を噴く。正確無比なダブルタップが、オークの巨体を吹き飛ばす。ゴム弾とはいえ、至近距離なら肋骨をへし折る威力だ。

「二番、確保」

 杖を振り上げようとした魔導師の懐に潜り込み、喉元へ強烈なエルボーを叩き込む。

 詠唱する暇など与えない。魔法は発動しなければただの妄言だ。

「き、貴様ぁぁ! 何者だ!」

 視力を取り戻しかけたリーダーが、人質の少女を盾にしてナイフを構える。

 だが、その距離はすでに鮫島の間合い(キルゾーン)だった。

ルールを守れないクズに、名乗る名前はない」

 鮫島は止まらない。

 リーダーがナイフに力を込めようとしたコンマ一秒前。

 鮫島の放った弾丸が、リーダーの肩を撃ち抜いた。

「ぎゃっ!?」

 ナイフが落ちる。

 すかさず距離を詰めた鮫島は、男の腕をねじ上げ、地面に押さえつけた。

 冷たい金属の手錠カフスが、男の手首に食い込む。

確保ホールド。……状況終了だ」

 突入から制圧まで、わずか30秒。

 魔法も剣も使わない、一方的な蹂躙劇だった。

 ***

 数分後。

 銀行の正面玄関から、後ろ手に縛られた強盗団が転がし出された。

 遅れて、人質たちが無傷で解放される。

 呆気にとられる騎士団の前に、銃をホルスターに収めた鮫島が姿を現した。

「……鮫島ァッ!!」

 雷のような怒鳴り声と共に、ライザが詰め寄ってくる。

 その美貌は怒りで紅潮していた。

「また貴様か! 騎士団が包囲していたのだぞ! なぜ勝手な真似をした!」

「お前らが玄関で演説してる間に、人質が殺されそうだったんでな」

 鮫島は悪びれもせず、胸ポケットからコーヒーキャンディを取り出して口に放り込む。

「それに、騎士団おまえらのやり方は古すぎる。名乗りを上げている暇があったら、閃光弾フラバンの一つでも投げろ」

「フラ……なんだそれは! 卑怯だぞ! 騎士なら剣と魔法で正々堂々と戦え!」

「俺は騎士じゃない。警察ポリスだ。……それに」

 鮫島は、連行されていく強盗団を冷ややかな目で見やった。

「名誉で人質は守れない。必要なのは結果だ」

 ぐぬぬ、とライザが言葉に詰まる。

 正論だ。だが、彼女の騎士道精神がそれを認めることを拒否している。

「……チッ。行くぞ、T-SWAT撤収だ」

 これ以上、ライザと議論しても時間の無駄だ。それに、早く戻らないと――

「あ、ちょっと待って鮫島さん! 今回の『特殊弾』と『閃光弾』の請求書、ここに置いとくわね!」

 野次馬の中から、ひょっこりと顔を出したのは、弁護士のリベラだった。

 彼女の手には、恐ろしい桁の数字が書かれた羊皮紙が握られている。

「……ルチアナ経由の輸入品は高いんだから、経費削減してくださいまし?」

 鮫島は請求書の額面を見て、キャンディを噛み砕いた。

 金貨20枚。

 俺の月給が、たった30秒の作戦で消し飛んだ計算になる。

(……クソッ。ワンマンアーミーも限界か)

 王都の外れにある、T-SWAT本部(という名の汚い倉庫)への帰り道。

 夕日を背に、鮫島は深く溜息をついた。

「金がかからなくて、強くて、俺の言うことを聞く部下が欲しい……」

 そんな都合のいい人材が、この異世界にいるわけがない。

 この時の鮫島は、まだ知らなかった。

 

 明日、職安ハローワークに通うドラゴンと、安全靴を履いた婚活ウサギに出会う運命にあることを。

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