七話 選ばれてしまう
エレノアは、まだ立っていた。
断罪は否定された。
けれど、行き先は与えられていない。
広場のざわめきは、もう背後にある。
誰も彼女に近づかず、誰も指示を出さない。
――選ばれなかったのに、解放もされない。
その空白に、足音がひとつ、混じった。
振り向く前に、分かる。
あの人だ。
マティアスは、少し距離を置いた場所で立ち止まった。
近づかない。
けれど、去る気もない。
「神官様……」
呼んだ声は、思ったより掠れていた。
彼は、答えない。
聖句もない。
確認の言葉もない。
ただ、淡々と告げた。
「……今日、あなたは裁かれなかった」
それは事実だった。
慰めでも、救いでもない。
なのに。
その一言で、
エレノアの胸の奥に溜め込んでいたものが、崩れそうになる。
裁かれなかった。
――つまり、本来は裁かれるはずだった。
それを、この人は知っている。
「……それだけ、ですか」
自分でも驚くほど、強い声が出た。
マティアスは、少しだけ目を伏せる。
祈るときの仕草に、よく似ていた。
「私が言えるのは、そこまでです」
拒絶ではない。
だが、踏み込ませない線引きだった。
それでも、彼は立ち去らない。
エレノアは、ようやく理解する。
この人は、
助けないつもりで来たのではない。
――選ばせないために、ここにいる。
その事実が、
彼女の覚悟を、静かに壊していった。
彼女は、まだ死ぬつもりでいる。
けれど。
その死はもう、
彼の前提ではなかった。




