六話 断罪は、成立しない
広場に、人は集まっていた。
断罪の日に集まる顔ぶれは、変わらない。
期待と好奇と、正しさへの渇き。
そのすべてが、同じ温度で渦を巻いている。
エレノアは、中央に立たされていた。
拘束はない。
逃げる必要も、抵抗する理由もない。
――前と同じだ。
王太子の声が、広場に響く。
罪状は簡潔だった。
秩序を乱したこと。
聖女を脅かしたこと。
王国に害を成す存在であること。
整えられた言葉。
感情を排した、正しい宣告。
エレノアは俯かない。
弁明もしない。
その沈黙が、一度目は“悪”を完成させたのだ。
「――聖女、前へ」
促され、ミアが一歩進み出る。
手にした聖具が、陽を受けて淡く光る。
来るはずだった。
ここで、力が渡る。
悪が裁かれ、正義が完成する。
ミアは祈りの言葉を口にする。
一語ずつ、慎重に。
ふと、エレノアは思う。
あの人が、いない。
一度目のあの人の手の温もりを、思い出す。
……けれど。
何も、起きない。
聖具は沈黙したまま、ただ重い。
胸の奥に、あの“満ちる感覚”がない。
ミアは、はっきりと理解した。
――渡ってこない。
ざわめきが、広場を走る。
戸惑いと不安が、波紋のように広がっていく。
神の不在。
奇跡の欠落。
その隙間に、別の声が差し込む。
「証拠を」
近衛が前に出る。
王太子の合図で、文書が読み上げられる。
だが、ひとつ、またひとつと、
決定打になるはずの証が崩れていく。
証言は食い違い、
記録は曖昧で、
都合よく切り取られた部分だけが浮かび上がる。
誰かが、呟いた。
「……これ、本当に罪なのか?」
その一言で、空気が変わった。
熱が、冷える。
正しさが、揺らぐ。
エレノアは、まだ何も言わない。
言わなくても、
世界のほうが、彼女を裁けなくなっていた。
沈黙の中で、宣言が下される。
「――断罪は、成立しない」
それは救いでも、勝利でもない。
ただの、事実だった。
ざわめきが広がる。
納得できない者も、言葉を失う者もいる。
エレノアは、立ったまま、それを受け取る。
まだ、死ぬつもりでいた。
けれど――
世界が、それを許さなかった。
誰にも選ばれず、
誰にも奪われず。
彼女は、生き残ってしまった。
そのとき。
広場の端で、
黒衣の神官が、静かに立ち止まる。
誰も、彼を見ていない。
だが、彼の視線だけは――
確かに、エレノアを捉えていた。
エレノアと視線が合う。
彼は、何も言わない。
肯定もしない。
名も呼ばない。
ただ一瞬、
逃がさないように、目を伏せない。
それだけで。
エレノアは、なぜか息が詰まった。
――ああ。
これは偶然じゃない。
そう思った瞬間、
彼の姿は、人波の向こうに消えていた。
断罪は、起こらなかった。
だが。
彼女の運命は、
すでに、別の手に掴まれている。




