三話 終わらなかった朝
彼女は再び、死ぬつもりでいる。
その覚悟は揺らいでいない。
けれど——
終わるはずの日が、まだ終わっていなかった。
朝から、鐘が鳴らない。
エレノアは窓辺に立ち、城の中庭を見下ろしていた。
断罪の日には、必ず時を告げる鐘が鳴る。
それは合図であり、区切りであり、逃げ場のない宣告だった。
なのに、今朝は静かだ。
風が木々を揺らし、遠くで鳥が鳴いている。
その音だけが、昨日までと同じだった。
「……遅れているだけよ」
声に出すと、言葉はすぐに薄くなる。
遅れることはある。準備に時間がかかることもある。
そういう“例外”は、これまで何度も見てきた。
侍女はまだ来ない。
着替えの指示も、確認もない。
椅子の背に、用意されているはずの衣装が掛けられていないことに気づき、
エレノアは視線を伏せた。
——問題ない。
私は、待てる。
覚悟はできている。
今日で終わると、決めている。
それなのに、
時間だけが、彼女を置き去りにしていく。
朝が過ぎ、
日が高くなっても、
誰も呼びに来ない。
「今日だ」とも、
「違う」とも、告げられない。
世界が、判断を保留している。
その事実が、胸の奥に小さな不調を生んだ。
希望ではない。
期待でもない。
ただ——
自分の死が、予定通りに扱われていないことが、
ひどく落ち着かなかった。
エレノアは、そっと両手を重ねる。
指先が、わずかに冷えている。
まだ、死ぬつもりでいる。
それは、確かだ。
けれど、
その覚悟を向ける先が、見えなくなりつつあった。
正午を告げる鐘が鳴っても、
エレノアの名は、呼ばれなかった。




