創造
「おいで、光球」
胸の奥を焦がす小さな光を想像する。光は静かに胴を燃やし、その熱が右腕を徐々に侵食していく。指先にまで辿り着いたところで、全神経を右手に集中させる。胴を覆っていた熱までもが一気に右手に集まってくると、勢いのままに外へと吐き出した。
右手の平の先に、ビー玉程度の光球が浮かび上がっていた。ふわふわと空中を漂うが、離れては行かずにその場で留まっている。
「光線銃」
光球が凝縮を始める。ビー玉のさらに半分の大きさに萎む。そして――。
目には映らなかった。しかし軍配は既に上がっていた。
光が標的の胸を貫いた。標的は力なくその場に倒れる。
右手の熱を振り払い、銃創を近くで眺める。確かに鉛筆で塗りつぶしたような小さい穴が開いていた。周囲が少し焦げて、細く煙が出ている。肌に描かれた的の、ほとんど真ん中の位置だった。
「撃つのが上手くなっている…か」
「よぉし、上出来Sa。そのまま痕を消してみるのsA」
“さ”の発声だけやけに明瞭な男に、言われるがまま従った。銃創に触れてひとたび唱える。
「修理」
再度湧き上がらせた熱を、指先を介して穴に移す。入念に押し付けていると、次第に光が馴染んでいくのがわかる。消しゴムで擦ったように、穴は見る影もなくなった。
倒れたマネキンを見ながら、男が近づいてくる。
「よしよしよし。これなら小学校は卒業sA。おめでとうSA」
男は背負ったリュックと共に、二重の拍手をくれた。馬鹿にしているわけではないのは理解できたが、それでも少し悔しさがあった。
僕は決して不真面目な人間でも、落ちこぼれでもない。ただ単に、この世界に訪れて間もない異世界人というだけだ。
異世界転移をして今日でちょうど一週間になる。創造力と向き合った時間で言えば赤ん坊よりも短く、中学二年の授業に参加するにはあまりにもお門違いであった。ただ、担任であり、創造学担当でもあるこの人は気遣ってくれた。
「わざわざありがとうございます、先生。みんなを自習にして僕だけ特別授業なんて…」
「気にする必要はねえSA。あの歓声を聞くがいいsa…」
先ほどから校庭のど真ん中で何やら騒ぎが起きていた。ここ、部室棟前からはそう遠くないのだが、校庭外枠のフェンスが邪魔でよく見えない。先生が言うには、自習時間を真面目に過ごす生徒たちがレクリエーションをしているらしい。僕には悲鳴しか聞こえない。
「むしろこっちの方が彼ら彼女らも楽しめるのsA」
確かに。僕が混ざっても彼ら彼女らは楽しめないか。
「さて、実技はなるようになるSa。あとは個人の想像力次第だからSa。座学の方は大丈夫そうかい」
「今のところ問題ないです。小学校の教科書なら一通り目を通しました。中学校の教科書も今読み進めてるところです」
初めて創造学という未知の分野を知った時、人の想像力に大きく左右される能力をどのように学問に落とし込んだのか興味が絶えなかった。そのため、時間を見つけては積極的に学ぶようにしている。ただ……。
「ならよかったsa。もう補助輪は必要ないSA。しっかし不思議だね。キミのような優秀な生徒が、まるで十四年もの間、創造学をまともに学んでなかったみたいだったからSa」
おそらく先生は僕が最初に創造学の授業を受けた時のことを思い返しているのだろう。創造力を使った実戦をタイマンで行ったのだが、創造力の使い方もわかっていなかった僕は棒立ちのまま、対戦相手に首を斬られそうになった。止めが入ってなければもう一度死んでいた。
事情を説明してもよかった。異世界転移してきたことを隠す意義というのは実はあまり見いだせていない。真剣に受け止められず、馬鹿にされる恐れはあるだろうが、よく気遣ってくれるこの先生ならば心配も薄れてくれる。
そうだ。言えばいい。きっとわかってくれるはずだ。
「まあ、人それぞれ事情があるだろうSa。今から真面目になって遅い、なんてことはないしsA。それじゃあ、キミも自習頑張るのSA」
僕は、、、言わなかった。言えばよかったと、先生が去ってから少し悔いた。ただ姿が見えなくなって今更、追いかけようとはしなかった。
明確な理由があるわけじゃなかったし、変に隠し続けるよりかは言い切ってしまった方が楽なのはわかっている。僕を唯一躊躇わせたのは、明言できない頭のモヤつきであった。
僕はもう既に引き返せない地点にいて、この世界の人々と関わりすぎてはならない、そんな気がしていた。
マネキンを背負い、元々あった空き部室に戻すことにした。部室の扉の鍵は壊れていれば、中はゴミ置き場のように荒れ果てていた。どうやら学校中の壊れかけの備品が集められているようで、片腕がもげたマネキンの居場所もここで間違いなかった。
「…静かだな」
扉を閉めれば静寂が広まった。足のひしゃげたパイプ椅子を持ち上げると、その下からトカゲらしき影が蠢く。座面の埃だけはたくと、自己責任で椅子に座った。
モードを切り替える。孤独に背中を預けた。
「またおいで、光球」
再び浮かび上がらせた小さな光の球は僕の身体の一部だった。
この世界の人間の身体は特殊な二つの光で構成されている。一つが皮膚や筋肉・内臓といった肉身を指す〈肉体〉である。”常に実体のある部分”と言い換えてもいいだろう。
逆に外に出るまでは実体を持たないのが〈精神〉だ。〈精神〉は〈肉体〉の内奥にあるのだが、解剖したとて目には見えない。しかし人間がひとたび想像を巡らせると、胸の奥から湧き上がり、変幻自在の光として外に解き放たれる。
そして、創造力の荒唐無稽さは、〈精神〉の拡張性の高さに起因していた。
「あーあー。応答せよ」
光球に対して応答を求めた。当然、相手がルームライトなら虚無しか残らない。
「ぁぅぁぅ」
光球から何やら遠慮がちな声が発せられる。よく目をこらせば、光球にちっっさな口が出来ていて、餌を与えられた鯉のようにパクパクと動かしていた。
僕は気管や肺などの具体的な内部構造を頭の中に思い浮かべてはいない。ただ目の前の小さな球体に命じただけだ。それでも言葉を発させることに成功した。もっとチューニングすれば、声を大きくしたり声色を変えるのも可能だった。
「…口を閉じて」
やっぱり雑音は消した。
光球の明かりのもとで教科書を開き、知識の森へと迷い込む。
知識の森は想定より木漏れ日に溢れていた。めくるページに影は少なく、その分未知も少ない。小学校のうちに習うことを専門用語に置き換え、少し詳しく書くような文章が多いのだ。鍛錬の方法といった実践面のページも随所に散りばめられ、ありがたくはあるも今欲しているものではなかった。
だからたまに現れる、光りたる竹を見つけると思わず笑いがこぼれる。
「〈肉体〉の変化は〈精神〉の許す限りは自在である。空想上の人物や生物を再現する場合でも、〈精神〉の許容内であれば、その超常的な身体能力・性質さえも再現できる。…か」
実践してみることにした。瞬時に頭に浮かんできた空想上の人物の力を創造して右腕に託した。自分の想像の通り、腕がゴムのように伸びていき、本来届くはずのない天井に難なく手の平をつけられた。
笑いはすぐに冷めていく。元より面白かったから笑ったわけではない。
「なんでもあり…じゃないか」
創造力という未知の力を深く知ってゆく度に、この力の持つ異常性をも思い知らされる。創造力があれば大抵の望みは苦労もなく叶えられる。それに対して大きなリスクもない。なぜこんなにも強力な力が人々に等しく与えられているのか理解に苦しむばかりだった。
この世界は何なのだろう。なぜこんなにも人間に都合の良い世界で僕は再び生を受けたのだろう。
遠いところでチャイムが鳴る。途方に暮れかけた頭を正すにはちょうどいい音色だった。
部室を出てすぐに大粒の雫がつむじに落ちた。見上げると別の雫が左のレンズに落ちてきた。
歩きながらハンカチで眼鏡を拭く。上履きを踏み込む先のコンクリートが徐々にシャワードットになっていき急ぎ足になる。
道すがら校庭を横目に見た。騒いでいたはずのクラスメートたちの姿はどこにもなく、代わりに白と黒の布が乱雑に放置されている。視界に付き纏う雨粒のせいでよく見えない。
突如、捉えどころのない風が一つ吹いた。風は雨粒と共に、校庭に潜んでいた“光の塵”を乗せた。塵によって風が視覚化される。とはいえその動きに秩序などはなくやはり捉えることも出来ない。しかしながらどこか生き生きとしていて、神秘的でもあった。自然の赴くままに散らされていく塵に、足は自ずと止められ、少し見惚れていたかもしれない。
ただ僕は塵の正体に気づいた瞬間、一目散に昇降口へと走りその光景から目を背けた。




