神送り免許、筆記試験で地獄を見る
ガードレールに寄せたシロガネ号が小さくエンジンを唸らせる。
深夜の高架下。橋の真下に、一人の青年がぼんやりと立っていた。
「……あれが今回の“転送対象”か?」
ユウジは運転席から目を凝らした。暗がりの中、青年はスマホの画面を見つめながら泣いているようだった。
「はい。“推しに裏切られた系Vオタク男子”。本名は権藤コウタ。ガチ恋してたVが裏垢で交際バレして、ついでに炎上して界隈が燃えて、心折れました系です」
「転送理由が軽すぎるんだが」
「魂の絶望度は高いですよ? それにね、メンタルが崩れた者ほど異世界でバフがかかるんです。再起補正って言って、ほら、今流行りの“人生再建ファンタジー系”」
「ジャンルが細かすぎてわかんねぇよ……」
ユウジはため息をつきながら、シフトレバーに手をかけた。
「……いや待て、なんか変だな」
青年は確かに歩道に立っていた。しかし、なかなか“飛び出して”こない。転送対象はいつも自然と車道に飛び出してくるように仕組まれているはずなのに。
「……女神。これ、バグってないか?」
「え? うそ、そんなはず──……うわ、出た。転送不適合エラーです!」
「ええええ!?」
レティアはタブレットをパタパタ操作して、舌を鳴らした。
「まずいですね……魂の転送に必要な【搬送者資格レベル】が足りてません」
「資格?」
「そうです。今までは仮免で動いてたんですけど、そろそろ本格的に運び続けるには“正式免許”が必要なんですよ〜」
「俺、今まで無免許運転で死神やってたのか……」
◆ そして免許試験へ──
数分後、ユウジは“物理的に”トラックごとどこかへワープしていた。
目の前に広がっていたのは、白と金の天界式講義ホール。
天使のような存在が監督官として並び、長机の上には「異界搬送者筆記試験(仮称)」と書かれた試験用紙が積まれていた。
「説明しよう!」とレティアが唐突に前に出る。
「ここは【異界職能免許センター】。全宇宙の死神・召喚士・異世界転生担当者たちが、スキル発動のための許可を得る場所です!」
「センター試験かよ!」
「筆記試験80点以上で合格! 不合格なら今日から転送業務停止! さぁ、ユウジさん、頑張ってくださいね!」
◆ 筆記試験内容(一部抜粋)
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問1:以下のうち、合法的に転送可能な魂の状態をすべて選べ。
a. 現実逃避中
b. 自死未遂直後
c. 異世界転生を望んでいる
d. トラックの前でポエムを叫んでいる
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問5:次の転送先が剣と魔法の世界だった場合、標準付与スキルとして最も適切なものはどれか。
a. 現代知識バフ
b. 無限アイテム収納袋
c. チートハーレム生成スキル
d. 一度も戦わずに最終回に到達するスキル
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問10:搬送中、転送対象が中途で立ち止まった場合、どう対応するか。
a. 優しく声をかける
b. クラクションを鳴らす
c. 女神を使って強制転送する
d. 時間停止魔法で事故死を演出する
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結果:ユウジ、ギリギリ81点で合格。
◆ エピローグ:再び運転席へ
「……おめでとうございます! 正式な“神送り免許”を取得しました!」
レティアが賞状を持って助手席で拍手している。
「何一つめでたくねぇよ……」
「これであなたも名実ともに、異界搬送者 一級 正位です!さあ、さっきのVオタ男子、まだ泣いてますよ?」
「……やれやれ、わかったよ。轢きに行くか」
エンジンを再始動すると、シロガネ号がまた静かに唸りを上げた。
「おい、レティア。次の転送対象……変にこじれてたりしないだろうな?」
「ええ、大丈夫です。次はちょっと“グロ展開耐性あり”って書いてありますけど!」
「いや待て、それはそれで──おいコラ! ブレーキ間に合わn──」
シロガネ号が暗闇を駆け抜ける。
また一人、運ばれていく。
異世界へ。新たな物語の始まりへ。