7.ケリー領での日々
――……一ヶ月後。
高台から望む海の向こうに、敵対国であるサザギミ王国の軍船が浮かんでいるのを目にして、勇は怒りに打ち震えた。
尤も、怒りの対象は敵の軍船よりも自分をこの土地に引き入れた、ケリーに対してだが。
「――……あの狸親父……っ!」
何が、ちょっと騒がしい所、だ!
止めどなく溢れてくる怒りのぶつけ先は、今、敵船が近づいて来ている沿岸……つまり最前線に居る。
まるで、勇が怒りをぶつけたいと思っているのも予知したかのように、高台から遠い沿岸に居る事が更に腹が立つ。
ケリーの思惑に嵌まるのは不本意だったが、収まりようも無い怒りを発散させる手段が一つしかない事を思い知って、高台を自身の最高速度で下り最前線に向かった。
この一ヶ月で得た魔法能力と、ケリーが勇の話を聞いて武器職人に打たせた形だけは刀の〝もどき〟を手に勇は走る。
甲冑は重苦しい上、動きが制限される為、僅かな鉄防具を身に付けて走る勇の姿は戦場において異質だった。
格好だけでなく、戦闘方法も独特なもので敵味方構わず圧倒した。
元の世界では、砲兵部隊所属だった事もあり遠方からの投石が的確で、沿岸から敵船に向かって大岩を遠投し攻撃していた。
巨大な投石器並みの威力に加わり、命中力も非常に高く、敵船からは絶望の声が上がる。
敵船の小舟が運良く沿岸に辿り着いたとしても、勇が海水を生き物のように扱って小舟ごと海に沈めた。
それでも諦めない敵船から矢が降り注げば、勇は刀もどきを一振りして風圧で薙ぎ払う。
更には薙ぎ払われた矢を拾い、矢先に火を点け敵船に打ち返した。
逃げ場のない敵船の兵士達は火の矢と、大岩から逃げようと海に飛び込む。
しかし、長らく海の中に退避してられる筈もなく、最期は勇の魔法と関係なく自然に飲み込まれて死んでいった。
その様子を見た味方の騎士達は、少なからず敵兵に同情した。
とんでもない化け物を召喚してしまったと生唾を飲み込む者達の合間を縫い、勇はケリーを探す。
「――……イサム!! やはりお前は素晴らしいな!」
ようやっと見つけ出したケリーは真っ先に勇の活躍を褒め称えた。
しかし、勇は一切喜ぶ事なく、ケリーに拳を振り上げる!
ケリーの顔目掛けて振り上げた渾身の拳だったが、片手で受け止められてしまい勇は舌を打つ。
「一発ぐらい殴らせろ……!」
「はっはっは!! 殺気纏わせて近付いて来た奴に、一切警戒しない訳がないだろう!」
殺気立ちながら怒る勇を、あっさりいなしたケリーに羨望の眼差しが集まった。
集まる視線に耐えかね、勇はもう一度舌を打ち、拳を引っ込め踵を返す。
「……帰る!」
「おう! 戦後処理は任せろ!」
大らかに笑って言うケリーにまた腹が立ったが、勇は相手にするのも嫌になりケリー侯爵邸に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、ケリーは勇の拳を受け止めた手の平を自身の魔法で治癒する。
「やれやれ。こちらも身体強化した上で受け止めんと打身だけじゃ済まんな」
とんでもない活躍を見せた勇に期待と畏怖を覚えながら、ケリーは戦後処理へと向かうのだった。