6.似てるようで似ていない背中
「……そもそも俺は本科……陸軍士官学校本科って所を卒業して直ぐの士官候補生ってだけで、功績は何にも上げてないんだ。おたくらの望む、異世界の戦術とやらも俺には無い。期待した所で無駄なんだ」
ケリーが何を目的にして来たのか分かった素振りで言う勇。
勇の勘の良さを見たケリーは楽しげに笑った。
「はははっ! 萎縮する事は無いぞ、イサム! 先ほどは余計な事を言って、お前をがっかりさせたようだが、二十歳でも上等兵なら十分な実力を持ってるはずだ! 何より、〝学校〟とやらで学んだ知識は必ずお前に宿っている! 我々はその知識と、勘の良さを持ったお前ならばこそ、と思っているんだ!」
スラスラと並べられた期待する言葉の数々に勇は目を見張って驚き、口を真一文字に閉ざした。
ケリーは更に言葉を告げる。
「それにお前は我々には使えない魔法を使える。その魔法をお前が使えるようになった上で、お前が知りうる知識を足せば、我々には取れない戦法を必ず取れる! しっかり訓練すれば、お前は我が国の真の〝英雄〟に……――」
ケリーがそこまで言った所で勇が険しい顔付きとなって大声を上げた。
「英雄だの、転移者だの、異世界人だの! 鬱陶しい!! 俺は、望んでここに来た訳じゃない! 無意味に祀り上げられても、この国の皇太子に頭を下げられても、こんな見知らぬ国のために俺が命を賭けるなんて出来るか! 俺には俺の故郷がある! その故郷のためにこそ命を賭けていたのに……!」
怒る表情に揺れる瞳をして勇は叫ぶ。
「何故っ……俺なんだ!! 俺ではなく他の……。そう、前田中隊長だったなら……っ! あの人なら……! あの人なら……良かったのに……! 戦場に無様に残された俺なんかよりよっぽど……!」
叫ぶ勇の瞳から僅かに涙が溢れる。
涙をケリーに見られるのを嫌がると同時に、現実から逃げたい思いから勇は頭を抱えてその場にうずくまった。
「嫌だ……。帰してくれ……。俺を、家族の所に……帰してくれよ……!」
その願いはケリーだけに言ったのではなく、元の世界に居る筈の憧れの上官に対しての願いでもあった。
生きて帰ろう。と言ってくれていた上官の足を引っ張りたくなくて、自ら出た言葉だったのに、自分を置いて行った上官に恨みを向けてしまいそうになり、勇は酷く自己嫌悪した。
「必ず助けに来る」と言ってくれたのだから「早く助けに来てくれ」と願ってしまいそうになる。
自分の意思が、こんなにも薄弱だったとは思いもしなかった。
いっその事、死んでくれと言ってくれていれば、憂いもなく恨めたものを。
自分の中でせめぎ合う感情に押し潰されそうになっている勇。
そんな勇を見て、ケリーは言う。
「帰りたいか。そうだろうな。だが、今帰ればお前は元の世界で死ぬだろう」
「……え?」
淡々と告げられた情報に耳を疑い、勇は涙に濡れた顔を上げてケリーを見上げる。
すると、ケリーは先ほどまでの明るい雰囲気から一転して、冷たい表情をしていた。
「帰還魔法は召喚された瞬間に帰す魔法とされていてな。つまり、お前が負傷して戦場に残された瞬間に戻されると言う事だ。そんな状態で生き残れるほど、お前が置かれていた状況は易しいのか?」
冷淡に問われ勇は絶望して目を泳がせた。
「俺は、もう、かえれないってことか……?」
辿々しい問い返しを聞いてケリーは、勇が元の世界に戻っても生き残る事は無理なのだろうと察する。
しかし。
「〝今〟帰ったら、な」
「……今?」
含みを持たせた答えをし、ケリーは勇の興味を引く。
「こちらの世界と、お前の世界では時間の流れが違うらしくてな。今帰れば絶望的な状況だろうが、こちらで長い時を過ごせば元の世界で安全な状態になった時に帰れるかもしれん」
ケリーの説明を受け、勇は一縷の光を見出して前のめりになって問う。
「長い時ってどれくらいだ!?」
必死な形相の勇を見下ろしてケリーは思案してから答える。
「さぁ……。だが、今帰れば状況は悪いと言う事だけは確実だな。安全に帰りたいなら、こちらの世界で一年ほど過ごして見たらどうだ?」
「一年……」
分からないと言いつつ、明確な時間を提案され勇は揺れた。
勿論、ケリーの言葉を鵜呑みにした訳では無いが、それでも「もしかしたら……」と言う気持ちが湧き上がって来て止められない。
あの危険な戦場から時間が経って、安全になった後なら足を挫いていようと自力で逃げられるかもしれない。
故郷に帰れるかもしれない。希望はあるかもしれない。
そんな僅かな希望に縋るべきなのか、勇の中で天秤が揺れ動く。
すると。
「皇城に居るのが嫌なら私の領地に来るか? ただ一年を無意味に過ごすのも何だしな。良い所だぞ! ……ちょっと騒がしいかも知れんがな。お前ほど面白い男なら、私の元で面倒を見てやっても良い! どうだ!?」
両肩をガシッと掴まれながら、元の明るい雰囲気でケリーがそう言うと勇の中の天秤は大きく傾いた。
ただ、持ち上げるだけ持ち上げて、力を貸せ、と言っていただけの皇城の人間達とは違った対応を見せたケリー。
教えられなかった事実を教えてもらった事に加え、それを回避する方法も提案してくれた。
その事が勇にとっては、何より信用に足り得る事だった。
行き場を失った勇に居場所も用意すると言ってくれた。
「分かった。行く」
そう答えるのが当然のように、するりと承諾の言葉が勇の口から出る。
ケリーは満足そうに歯を見せて笑った。
「そうか! 歓迎するぞ! イサム!」
大らかに笑って言うケリーに、勇は無理やり立ち上がらせられた。
子供を起き上がらせるようにしたケリーの腕力に、勇は目を見張って無言で驚いた。
勇が立ち上がったのを見て、ケリーは背を向けて歩き出す。
ついて来い。と笑顔で言うケリーに、勇は黙ってついていく。
上官とは似ても似つかないケリーの背中に上官を重ねて、少々の安心感を覚えながら……――