31.終結の先には
――……一ヶ月後。
カトレアの元に一通の書簡が届き、時期良く駐屯地に留まっていた勇が、ケリー家の屋敷に呼び戻された。
「カトレア。入るぞ」
屋敷に戻ってきた勇は真っ先に書斎へ向かい、扉を叩いて直ぐに入った。
書斎に入ってきた勇の姿を見て、カトレアは目配せで勇を側へ呼ぶ。
勇が隣に立つと、カトレアは手に持っていた書簡を渡しながら言った。
「終わったわ」
その一言で、何が終わったか察しつつも、勇は口に出して確認する。
「……戦争が、か?」
「えぇ」
勇の問いに淡々と短く答えて、カトレアは書簡を読む様に勇を促した。
促されるままに勇は書簡に目を通す。
事実上のアロウティ神国の勝利で終戦締結した事。
二週間後に皇城で祝勝会が開かれるため、勇とカトレアを招待する事。
そして、そこでケリー領の新しい領主を制定する事。
それらの事がアーノルドの名前と共に記載されていた。
「領主代理の役目も、もう終わりね」
手元の資料に目を落としながら寂しげに言うカトレアを見て、勇は顔をしかめて、ぐっと歯を食いしばった。
自分の事の様に悔しげにする勇を見て、カトレアは席を立つ。
「祝勝会が二週間後だとすると、明日にでも出発しないと間に合わないわね。急いで準備しましょう。イサムは、今日中に騎士団に話を通してきて」
「……分かった」
カトレアの指示を受け、勇は短く返事をして複雑そうな顔で書斎を出て行った。
勇が出て行ったのを確認したカトレアは、それまで座っていた領主の机を名残惜しそうに撫でる。
それから暫くして、出発準備に忙しなく動き回るのだった。
翌日。
出発準備を急いで整えた勇とカトレアは、ケリー家の屋敷前で使用人達に別れを告げていた。
「――……間違いなく、全員に推薦状を書いたわよね」
馬車の前で使用人達が見守る中、カトレアはエディに確認した。
「はい。カトレアお嬢様。間違いございません」
「なら、良いわ。優秀な者達ばかりだから、直ぐに再就職出来る筈よ。エディ、貴方もね」
淡々と言いながらも、使用人達の今後の事を心配する様子のカトレアを見て、
エディはそっとカトレアの手を握った。
「私はもういい歳ですし、ケリー家以外にお仕えする気にはなりません。隠居する事にします」
「……そう。勿体無いけど……貴方がそう言うなら、好きにすると良いわ」
エディの手を握り返しながら、カトレアがそう言うと、他の使用人達からも、他の家には仕えたくないと言う言葉が飛び交った。
そんな様子を見て、カトレアは複雑そうな顔で俯く。
長らくケリー家に仕えてくれていた使用人達は、カトレアにとって家族も同然だ。
肉親を亡くしたばかりか、更に家族同然の人達とも別れなければならない。
その事実は、カトレア自身が貴族ではなくなるよりも遥かに辛いものだった。
別れを惜しむ使用人達に見送られながら、それらを振り切る様にしてカトレアは馬車に乗り込んだ。
その姿を見た後、勇は使用人達に向かい、腰を折って礼をしながら言う。
「お世話になりました」
「カジロ様……」
勇の謙虚な挨拶を目にして、エディを含む使用人達は益々、別れを悲しんで涙を流す。
そして、勇がカトレアと同じ馬車に乗り込むと、一行は首都アルベロに向かって出発して行った。
勇とカトレアは同じ馬車に乗り、揺られながら、ケリー家の屋敷や、ミモマの街並みを目に焼き付けようと無言で眺め続けるのだった。
十日後。
勇とカトレアは首都アルベロに到着し、三日後の祝勝会をケリー家別宅で待った。
その間も、カトレアは別宅に勤めていた使用人達に推薦状を書いたり、別宅の引き渡しの手続きをするなどして、忙しく過ごした。
一方で勇は、首都アルベロを守護する騎士団への出向を求められ、そこでも変わらず騎士達と訓練をして過ごしていた。
そして、アルベロ到着から二日後。
訓練場で騎士達と訓練していた勇の元に、アーノルドが訪れた。
「イサム」
皇太子の登場を受け、騎士達は驚きながらも訓練の手を止めて一様に敬礼して迎えた。
勇も恭しく頭を下げて、応える。
「アーノルド皇太子殿下。お久しぶりでございます」
公私を弁えた勇の態度を見て、アーノルドはちょっと残念そうに笑った。
「うん。久しぶり。……所で、ちょっと話があるんだけど良いかな?」
「……話、ですか?」
アーノルドの言葉を聞き、勇は燻しがりながらもアーノルドに付いて、訓練場を出た。
遠くで訓練場からの音が聞こえてくるものの、人気が殆ど無い場所まで連れて行かれると、アーノルドから会話を切り出した。
「明後日。祝勝会の開始時刻よりも早くに、カトレア令嬢と登城して欲しい。大事な話がある」
神妙な面持ちで言われ、勇は周囲の様子を確認してから問う。
「……それは、今ここで聞くんじゃ駄目なのか?」
勇が砕けた態度で問うた事を受け、アーノルドは顔を綻ばせた。
早くと答えろとばかりに勇が呆れ顔で睨むと、アーノルドはハッと我に帰って答える。
「二人にとって大事な話だからね。僕から出向く事も考えたのだけれど……」
戦争が終わったとは言え、未来の一国の主が軽々しく外出する様を想像して、勇は顔をしかめた。
「皇太子がほいほいと出歩こうとするな」
「ほら。君がそう言うだろうと思って、祝勝会に合わせて来て貰おうと思ったんだよ」
勇が何を言うのか分かっていたかの様に、嬉しそうに言うアーノルドを見て、勇は益々と顔をしかめて溜息を吐いた。
「……分かった。カトレアには俺から話す。二時間も早ければ良いか?」
「うん。それで頼むよ。到着したら僕を呼んで」
その後、アーノルドは「要件はそれだけ」と言って、その場を去って行った。
勇だけでなく、カトレアにも関係のある大事な話。
それだけで嫌な予感を覚えながらも、勇は訓練場に戻るのだった。




