30.義理の為に
暫くして。
勇とカトレアはケリーの墓石を前に無言で立ち尽くしていた。
横目でカトレアが落ち着いたのを確認してから、勇は恐る恐る尋ねる。
「……どうして、今、戻って来た?」
父親の墓参りに一刻も早く来たかったと言う理由だけでは、カトレアらしくない。
最前線の地である場所へ、戻るだけの理由が他にある筈だ。
とは言え、他に尋ね方はないのかと勇は自己嫌悪に陥る。
カトレアが変に受け取らない事を願いながら、勇は返事を待った。
「皇太子殿下を通じて皇帝陛下から、私に命令が下ったの。戦況が落ち着き新領主を選定するまでの間、侯爵代理として、領地を納めろ、と」
カトレアの答えを聞き、勇は目を見張って驚いた。
今直ぐに新領主を添える事は却って危険だとは理解していたが、代理人にカトレアが立てられるとは思わなかった。
カトレア以上にケリー侯爵領の事を熟知している人材はいないのは確かだが、それを皇帝が良しとしたと言うのが意外でならない。
恐らくアーノルドが口添えしたのだろうが……。
ともあれ、侯爵代理人としてカトレアが選ばれたのは喜ばしい事だ。
「一人で、か?」
「いいえ。これまで通り、伯爵や子爵にも手伝いを頼むつもりよ。
以前も何度か同じ様に手伝って貰っていたから問題ないわ」
「そうか……」
カトレアの答えを聞いて、その伯爵やら子爵やらが、次の領主候補に上がっても不思議ではないと考えた。
何しろ、カトレアの次にケリー領を理解しており、領地を持たない貴族の男だからだ。
しかし、カトレア以外の貴族が納める事になるのは、どうにも釈然としない。
「期間は定められていないけど……恐らく、そう長くはないわ。戦争が終われば、新しい領主を皇帝陛下が決められる筈だから」
「長くないってどうして分かる?」
まるで直ぐにでも戦争が終わる事が分かっているかの様な口ぶりに、勇は怪訝な顔をして問う。
「西方防衛戦で、サザギミ兵の多くが我が国の捕虜となったでしょう。皇帝陛下は、それらを終戦の取引材料にする事を考えられてる筈よ」
アロウティ神国に捕らえられている、多くの捕虜をサザギミ国へ
返還する代わりに終戦条約を締結出来れば、この戦争は終わりを告げる。
サザギミ国にとっては多くの人質を取られている状況である上に、それらが貴重な戦力ともなれば取り戻したいのは当然だろう。
今回に至っては、冬の海を越えて、決死の作戦で侵攻してきていたのだろうし、最早サザギミ国に後はないに等しい。
「後は……貴方の存在も大きい取引材料になるでしょうね」
カトレアは言い淀む様子を見せながら言った。
持ち上げられる事を嫌がる勇を慮ったからだろう。
すると、勇は。
「戦争が終わるなら、それに越した事は無い。俺が脅しを掛けて早く終わるなら、会談に同行したい位だ」
思ってもいなかった言葉が勇の口から出てきて、カトレアは目を見張って驚いた。
「……例え話でも、そんな事を言うなんて思わなかったわ」
驚くカトレアからそう言われて、勇は短く溜息を吐いてから答えた。
「お前が居る所で、いつまでも戦争してる訳にいかないだろ。俺が前に出て終わるなら、幾らでも前に出てやる」
更に驚く様な事を言われ、カトレアは思わず勇の額に手を当てがい、熱を測った。
「っ!? きゅ、急に何だ!?」
突然、額に手を当てがわれた事に驚き、勇は後ずさってカトレアから距離を取った。
「あ……ごめんなさい。本当にイサムなのか疑わしくて、つい……」
「疑わしいって何だ!?」
謝りながら淡々と心無い事を言うカトレアの態度に、不服そうに顔をしかめ勇は言う。
「俺には、お前を守る義理がある。だから、そう言ったまでだ」
義理。と聞き、カトレアは無意識にケリーの墓石に目を向けた。
勇が自分を守ろうとするのは、ケリーの娘だからだろう。
そう思いながら、カトレアはふっと微笑んだ。
「〝義務〟じゃなくて、〝義理〟と言う所が貴方らしいわ」
義務感ではなく、義理感で動くのが、情に篤い勇らしい。
思えば、西方防衛戦だって、勇はケリーへの義理だけで戦場に身を置いたのだ。
一歩間違えれば、死ぬかもしれない戦場に、義理だけで。
微笑みながら言うカトレアを見て、勇は照れ臭そうにして顔を逸らした。
そんな勇にカトレアはすっと手を差し出す。
「ともかく。暫くの間は、私は経営面で。貴方は防衛面で、この領地を守っていきましょう」
ケリーが残したこの土地を、二人で守っていく。
その心算で居ようと言外に言うカトレアの手を、勇はそっと握った。
戦死した者達に代わって、カトレアと、カトレアを取り囲む者を守っていく。
カトレアが領主代理の座を下り、ただの平民になったとしても。
その決意を勇は胸にそっと抱えた。
近い内に激動の時が訪れるとは知らずに……――




