29.戦死の意味
「カジロ様! お久しぶりでございます……! 良くぞご無事で……っ」
感極まった様子で言うエディを見て、勇は罪悪感を覚えた。
ケリーの遺体を任せて以来、久しぶりに会うエディは少しやつれた様に見える。
主人を亡くし、その遺体の埋葬を一任された上、今日まで家主の居ない邸を管理してくれていたのだから、心労は察するに余りある。
それを招いた原因の一端が自分にあるのだと思うと、エディの口から出た言葉は勇には優しすぎた。
罪悪感で胸を痛めながら、勇はエディに尋ねる。
「突然来て申し訳ない。カトレア……お嬢様が戻られたと聞いたのだが、居られるか?」
勇の問いを受け、エディは悲しげに微笑みながら答えた。
「カトレアお嬢様は、ケリー家の墓所へ参られています」
エディの答えを受け、勇は顔をしかめる。
「……ケリー侯爵の所か」
「左様でございます」
「分かった。ありがとう」
短く受け答えして勇はケリー家の墓所へ向かった。
歴代のケリー侯爵とその家族が眠る場所。
それは侯爵邸の敷地内の見晴らしの良い丘の上にある。
ルイス・ケリーも最後のケリー侯爵として、そこで眠っているのだ。
墓所へ向かいながら、カトレアの心情を思って勇は悔しげに拳を握りしめる。
婚約者を助けてやると啖呵を切って飛び出した癖に間に合わず、肉親の死に目に会えないばかりか、死に顔を見せてやる事も出来なかった。
どれだけ恨まれても文句は言えない。言うつもりもない。
恨み言も殺意も受け止める。
その覚悟で勇は墓所に足を踏み入れた。
等間隔に並べられた墓石の通路を奥へと歩いていくと、跪いて祈りを捧げているカトレアの姿を発見した。
黒くありながら、所々、小さく光に反射して輝く服を身に纏っている。
まるで新月の夜空の様に見え、それが喪服である事は察しが付いた。
ケリーが眠る墓に祈りを捧げるカトレアを、勇は少し離れた所から見守る。
どう声を掛ければ良いのか。
カトレアにとっては敵も同然の自分が、何て声を掛ければ良い。
そんな迷いが頭を巡り、その場で勇は立ち尽くす。
暫くして、カトレアが祈りを止めて、静かに立ち上がった。
伏し目がちに、じっとケリーの墓石を少し見つめてから、カトレアは帰ろうと身を翻した。
ふと顔を上げると、行き先に勇が居た堪れない顔をして立っている事に気が付き、カトレアは口を開く。
「イサム……」
少し驚いた様子で名前を呼ばれ、勇は益々苦しげに顔をしかめて、無言でカトレアを見つめる。
何も言えないでいる勇を見て、カトレアはケリーの墓石に向き直して言った。
「エディが滞りなく埋葬の手続きをしてくれて助かったわ」
カトレアの言葉を聞き、勇は悔しさから拳を握りしめる。
カトレアは続けて言う。
「私は何もしてあげられなかった」
「……っ!」
淡々と言いながらも哀しげに言うカトレアに、勇は「そんな事はない」と言いかけた。
しかし、そうさせた一端は自分にあるのに、言えた立場ではないと言葉を飲み込む。
すると。
「……。イサム。傍へ来て」
始終無言の勇を見兼ねてか、カトレアが自分の隣の空間に目をやりながら言う。
側へ行く事も烏滸がましいと思う勇だったが、じっと見つめてくるカトレアの無言の圧に負けて、静々と隣に立った。
それでも何も言わない勇に、カトレアが墓石を見つめながら言った。
「ありがとう」
「……え?」
思いもよらなかった言葉を聞き、勇は耳を疑い、困惑の声を出す。
「貴方が父上の代わりになってくれたのでしょう? そのお陰でケリー領や領民……多くの者が救われたわ。今や、貴方の名前はアロウティ神国に住む国民たちに広く伝わってる。本物の英雄として」
カトレアの言葉の数々は、勇にとって聞くに堪えないものばかりだ。
賞賛の言葉を、カトレアに言わせている事が嫌で堪らない。
そして、遂に堪え切れずに勇は口を開いた。
「……違うだろ」
カトレアは墓石を見ているだけで何も言わない。
返事をしないカトレアを見て、勇はカッとなり続けて言った。
「お前が俺に言うべき事は、そんな事じゃ無いだろう!? 俺はお前の大切な人間を助けられなかった! 婚約者も、父親も……! なのに、どうして……!!」
「アロウティ神国の何処に、貴方を責められる人が居るの?」
感情的になって言う勇に対し、カトレアは無表情で淡々と言った。
しかし、それが余計に勇の感情を逆撫でする。
「お前だ! お前だけは、俺を責めても、恨んでも、憎んでも……殺したいと思っても許されるだろう!?」
「いいえ。この世界の何処にも、貴方を責めて良い人なんて居ない」
毅然として言うカトレアを見下ろし、勇は苦しげに顔を歪める。
そんな勇の顔に、カトレアは両手をそっと添えた。
突然、頬に手を添えられて、勇は驚いて体を強張らせる。
カトレアは勇の顔をじっと見つめながら言う。
「イサム。私の婚約者も、父上も、貴方が殺した訳じゃない。戦死したの。母国を守って命を散らしたの。貴方の所為じゃない」
「けど……!」
だとしても、助けると約束した。他でもないカトレアに。
そのカトレアが自分を責めもせず、説得しようとしてる今の状況も勇には受け入れ難い。
しかし。
「貴方に〝助けて貰えなかった〟人達じゃない。大切な存在を守って死んだの。名誉ある戦死を遂げたの。そうでなければ……そうでなければ、父上の死は、何になるの……?」
涙が流れるのを堪えながら言うカトレアの声は震えていた。
カトレアの涙を見て、勇はハッとする。
自分が責められる事ばかり考えていて、カトレアの悼む気持ちを考えられていなかった。
何の意味もなく死んだのではない。
何かを成し遂げて死んだのだと思わなければ、愛する人達の死を受け入れられないのだ。
それに思い至らず、カトレアにまた言わせてしまった。
勇は浅慮な自分を責めながら、自分の頬に添えられたカトレアの両手を握る。
「あぁ。ケリー侯爵はお前が帰ってくる場所を守って戦死したんだ。
ケリー侯爵こそ、紛れもなく英雄だ。間違いなく、この国を救った英雄なんだ。お前の父親は最期まで諦めなかった。最期まで、お前を想ってた」
謝罪も懺悔も、カトレアを余計に傷付けるだけだ。
ただ、一緒に死を悼み、故人を讃えあう。
それが供養であり、カトレアの慰めになるのだ。
勇の言葉を聞き、カトレアは頭をそっと勇の胸に預けた。
「えぇ……そうよ。父上は、私の英雄なの……」
「あぁ。間違いない」
ぽつぽつと地面に落ちる雫に気が付かないフリをして、勇はカトレアの言葉をただ聞き入れた。
これからも救えなかったと悔やみ、自分を責め続けるだろう。
けど、ケリー達の死は、意味のある物だったとカトレアの為に言い続けていく。
それがせめてもの償いだと心に刻み込んで……――




