27.その死は誰が為
戦闘が開始されて数時間後。
魔力切れを起こし、戦場の最中で意識を手放した勇だったが、ものの十数分で目を覚まし、再び猛威を振るった。
勇を奴隷にと望んだ、サザギミ軍の部隊長が悲鳴を上げて逃げるまで、勇は絶え間なく攻撃し続けた。
そして、日暮れ前になって、サザギミ軍側から撤退の合図が響く。
退いていくサザギミ軍の後ろ姿を見て、北口防衛に当たっていたアロウティ軍は察した。
防衛作戦は成功したのだと。
決して軽く見る事は出来ない被害を出しながらも、北口防衛隊の十倍近く居たサザギミ軍を追い払う事に成功したのだ。
北口から街の中に侵入していたサザギミ歩兵達も殆ど討ち取り、事実上、勝利したも同然だった。
日暮れと共に一時休戦となりながらも、夜襲に備えて、街の各出入り口には警邏隊が付き、夜間も警戒は続く。
その中、勇と、勇の指揮下に居る部隊長の大尉が、街の中央部隊の方に急ぎ集合せよとの命が下った。
状況報告の為と、夜間と明日の対応について話し合う為だろう。
二人揃って急ぎ街の中央へ向かった。
到着して直ぐ、勇はその場の異様な雰囲気を察し、顔をしかめる。
大尉が自身と勇の到着を知らせると、集まっていた部隊長以上の騎士達が、一斉に勇を見た。
全員一様に悲壮感のある顔をしている。
勇が怪訝に思っていると、老年の騎士が一人、前に出て口を開く。
「カジロ殿」
ついて来るようにと態度で示され、勇は怪訝に思いながら黙ってついていった。
そうやって歩いている間、周りの騎士達の悲壮感が深まっていく。
まるで、勇がこれから知る事実を語るように。
老年の騎士に誘導され、到着した場所には多くの戦死者が横たわっていた。
遺体を保護するように全身に布が被せられていて、それが何かを如実に表している。
その光景を見て、勇の心臓が嫌に脈打つ。
嫌な予感を覚えながら、勇は更に奥へ誘導されて歩いていく。
遺体安置所の奥に到着すると、他の戦死者達とは隔離されて置かれた遺体が何人か居た。
その中でも一際目立つ、中央の遺体の前に老年の騎士が立ち、勇を傍に呼ぶ。
遺体安置所に来た時から感じていた嫌な予感が最高潮に達し、
勇は脂汗を流しながら、遺体に被せられた布を頭の方から捲った。
見知った顔が目を閉じて横たわっている。
そっと首元に手をあてがい、脈を測る。
じっくりと確かめるも、脈は無い。
「……冗談では……無い……様ですね」
側に立っていた老年の騎士に、勇が僅かに震える声で尋ねると、老年の騎士は悔しげに顔を伏せた。
無言の肯定を受け、勇は遺体に被されていた布を一気に剥ぎ取った。
首から下を見ても、別人とは言い難く、勇は静かに深く息を吸い込み空を仰ぐ。
ルイス・ケリー侯爵が死んだ。
何度も戦友の死は経験してきたものの、目の前に掲示された恩人の死は受け入れ難いものがあった。
しかし、これは悪い冗談では無いとケリーの遺体が物語っている。
「……死因は?」
現実を受け入れようと努力しながら、勇はケリーの遺体を検分しながら、老年の騎士に問う。
老年の騎士は答える事を迷う素振りを見せながら答えた。
「恐らく、大量に血を流したためかと……」
「〝恐らく〟?」
戦死したにも関わらず、その死因がハッキリしていない事に勇は顔をしかめる。
勇は老年の騎士の答えを受け、改めてケリーの遺体を見た。
口元から血を吐いたらしい跡があるものの、体の何処にも刺し傷らしいものは見当たらない。
背中を刺されたのかと思うも血が大量に流れ出た形跡もない。
あるとすれば、口から出たらしい血だが……。
「ケリー中佐は、今回の戦闘が始まる前に重傷を負われていました」
「え?」
遺体検分をする勇に、老年の騎士が意を決して告げた言葉に耳を疑った。
理解し難いと言いたげな勇に、老年の騎士は続けていった。
「カジロ殿が侯爵邸に到着される前の事です。逃げ遅れた領民を避難させるために、ケリー中佐自らが指揮を取られた際に、領民達を追って来ていたサザギミ軍の小隊と鉢合わせて、一人の領民を庇って腹を刺されたそうです」
老年の騎士の説明を聞きながらも、勇は納得しきれず口を開く。
「けど、俺が到着した時、ケリー中佐は包帯こそ巻いていたが、重症の様には……!」
見えなかった。
そう続けようとした所で、老年の騎士が言う。
「表面的な傷口は治癒魔法で塞いだ後だったのです。ですが、体内にまで達した傷を塞ぐには、数日間安静にし、治癒魔法を受け続ける必要があり、ケリー中佐は治癒も撤退も拒否され、そのまま戦闘に……」
ケリーの戦闘参加を止め切れなかった事を悔やむ様に、老年の騎士は言葉を飲み込んだ。
つまり、体内の傷口が塞ぎ切れずに戦闘に参加したために、体内で出血を起こし、失血死に至ったと言う事になる。
そして、大量の出血に伴い、逆流して吐血した。
失血死するほどの出血をしたという事は、それだけの痛みもあったはずだ。
にも関わらず、勇の記憶にある最期に見たケリーは、いつもの様に明るく笑っている。
「何故、笑っていられたんだ……」
ぽつりと勇が疑問を呟くと、老年の騎士が言う。
「ケリー中佐は、戦闘時は痛みを感じない魔法を使用されていました。それがあったからこそ、サザギミ軍が撤退するまで戦い続けられたのでしょう」
サザギミ軍が撤退するまでケリーは生きて戦っていた。
重傷を負っていたにも関わらず、それをおくびにも出さず敵と対峙し続けていたのだ。
それは全て、母国や領地のため。
そして何よりも、愛娘が帰ってくる場所を守るために。
勇はすっと冷静になって、ケリーの遺体に布を被せて振り返った。
「サザギミ軍が撤退するまで、ケリー中佐が生きていたと言う事は、戦死した事実は我々しか知らないと言う事ですね?」
大きく取り乱す事もなく、冷静に問う勇を見て老年の騎士はハッとして背筋を正した。
「えぇ。ケリー中佐が戦死された事は、貴方を含め、ここに集められた部隊長らにしか伝わっていません」
「なら、暫くの間はこの事実は伏せましょう。アロウティ神国随一の騎士が戦死したと内外に知られれば、内には動揺が、外には隙を与えかねない」
勇の提案を受け、老年の騎士は神妙な顔をして頷いた。
「はい。私も同意見です。……ですが、ケリー中佐の姿が見られないとなれば、近い内に知れ渡る事になるでしょう。戦死とまではいかなくとも、重傷で動けないと思われるかと……」
「誤魔化せても数日、ですね」
「えぇ」
いくら何でも、戦争が終結するまでケリーの戦死を伏せておく事は叶わないだろう。
アロウティ神国の重要な戦力が失われた事実は、戦況に大きな影響を与えるのは目に見えている。
ケリーの戦死を誤魔化せている内に、戦況を有利に運んだ上で、味方に与える精神的痛手を軽くしておきたい。
そのためには……。
「俺が……いえ、私が、ケリー中佐の代わりになります。敵には恐怖を。味方には激励を与えるために」
勇が先頭に立つ事で、ケリーがこれまで担って来た役割を果たす。
幸いにも、勇は既に敵方に恐れられているし、味方の中には支持してくれる存在も少なからず居る。
やる事は今日と変わらない。
ケリーの戦死がアロウティ神国に与える損害を埋める様に、勇が猛威を振るえばいいのだ。
勇の言葉聞いて、老年の騎士が突如として跪いた。
「最早、我が国の希望はカジロ殿お一人だけ。この老兵、命を尽くし、貴方と共に我が国を守り抜く事を誓いましょう」
突然に告げられた宣誓を聞き、勇は居心地悪そうに顔をしかめる。
「……申し訳ないが、私は貴方の命を預かれるほどの男では……――」
勇がそこまで言うと、老年の騎士は口を挟んだ。
「いいえ、カジロ殿は我が命を賭けるに値する方だ。老兵の勘がそう言っているのです」
自信満々に断言されて勇は困った。
相手が上官に当たるほどの騎士である事も相まって、勇は返答に迷う。
泳ぐ目が止まった先にあったケリーの遺体を見て、勇は短く息を吐いて言った。
「分かりました。生かせる様に努力します」
「はっ」
勇の返答聞き、老年の騎士は誇らしげに答えた。
その様子を見て勇は胃が縮む様な思いを抱える。
と同時に、ケリー亡き今、自分自身が踏ん張らなければ、ケリーが守ろうとしたものも守れないと思い至り、気を引き締めた。
カトレアが戻ってくる土地を、これ以上に敵の好き勝手にやらせるわけにはいかない。
ここに来た頃よりも、増えた死ねない理由を抱え、勇は明日を見据えた……――




