25.生き残る為に
――……戦闘が始まる前。
「イサム・カジロ様」
勇が個人的な武装を整えている時に、一人の騎士が声をかけてきて、自分の名を名乗った。
そして、ケリーの命により勇に預けられた、二百名規模の部隊の隊長である事も説明される。
敬意を払いながら話す部隊長を見て、勇は背筋を正して部隊長に向かって敬礼した。
「私に敬語は不要です。呼び方もカジロ上等兵とお呼び下さい」
「えっ!?」
唐突に勇に敬意を払われて部隊長は困惑の声を上げた。
勇は続けて言う。
「申し上げました通り、私は元の世界でも上等兵と言う立場に居た軍人です。部隊長殿が大尉であるならば、尚の事、私に敬意を払われる必要はありません」
どうやら、勇は部隊長の徽章を見て階級を察したらしい。間違いなく部隊長は大尉級だ。
「し、しかし……」
それでも勇が今は部隊長だ、と言いたげに、困った顔をする部隊長。
「今回の作戦の発端は私にありますので、ケリー中佐の無茶振りで臨時の部隊長に私が任命されましたが、ご存知の様に上等兵では部隊を指揮した経験がありません」
その事実をケリーが分からない訳がない。
それでも勇に部隊長を任命したのは、作戦立案の責任を取らせる事と、勇を育てる事が目的だろう。
しかし、勇はこの戦場を自分の糧にするつもりは無かった。
「いずれは通らなければならない道かもしれませんが、今はその時じゃない。指揮の訓練も受けていない一兵卒には、二百名の命は預かれきれない。故に、直接的な指示は部隊長殿……大尉殿にお任せしたいのです」
勇の言い分を聞き、大尉は顔を顰めた。
部隊長に任命されるほどにケリーに信頼されているのに、それを裏切るつもりか?
自分は安全な場所で作戦の行く末を見守るつもりなのでは……。
大尉の心中に勇への猜疑心が生まれた。
「……自分に指揮を任せた後、カジロ殿は何処へ?」
不快そうに言う大尉を見て、勇は答える。
「私は街の外でサザギミ軍の到着を待ち、作戦決行後、騎兵の足止めを行います」
勇の答えを聞き、大尉は再び驚きで目を見張った。
「足止め……!?」
「はい。作戦が上手く行ったとしても、騎兵の機動力を持ってすれば、
街の外から回り込んで敵本隊に合流可能ですから、その可能性を少しでも無くせる様に動きます。
大尉殿達には街中に侵入した敵の相手をして頂きたい。
その間、騎兵や弓兵の敵兵は私が引き付けます」
つまり、自分が囮になると勇は言っているのだ。
その事を察した大尉は茫然として、うわ言の様に呟いた。
「余りにも無謀だ……。貴方は死ぬつもりなのか……?」
一人で千人近い兵士を相手取るつもりだとすれば、それは自殺行為に等しい。
死ぬつもりだと思われても不思議ではない。
大尉の言葉に勇は首を横に振って言った。
「いいえ。ただ、囮役には私が適任だと判断したまでです。敵軍は私の存在を認知してる可能性があるので」
そう言いながら勇はケリーの言葉を思い返して嘲笑する。
勇の言葉の意味を捉えきれずに怪訝そうにする大尉。
そんな大尉を見て、勇は続けて言う。
「敵軍が私を警戒しているなら、私は十分に囮の役目を果たせます。警戒具合によっては私を殺そうと躍起になるでしょう。その間にも敵の兵力を削り続けられれば、こちらにとっては好都合となる。なので、私は、私の使い所が最前線であると判断しました。だからこそ、部隊の指揮は大尉殿に一任したいのです」
部隊長を任されておきながら、最前線に行く事が最善であると判断した勇の決意に大尉は気圧された。
何よりも自身と他人が持つ能力によって、発揮出来る場を的確に見極めて指示する事に。
ただ部隊を指揮出来ない事を理由に逃げるのでは無く、
自分に出来る事が最前線で命を張る事だと主張する勇に大尉は反対する意志を無くした。
「……分かった。部隊の指揮はこれまでと変わらず、私が行おう」
勇が覚悟している様に、大尉も覚悟して答えると、勇はふっと笑い頭を下げて言った。
「聞き入れて下さり、ありがとうございます」
「いや」
勇が笑ったのを見て、大尉もふと口元を緩めた。
一瞬だけ流れた和やかな雰囲気の後、勇が顔を引き締めて口を開く。
「一つだけ、臨時の部隊長として命令しても宜しいでしょうか」
「……何だ?」
「生き残る為に戦って下さい」
勇の命令を受け、大尉は目を丸くした。
街の建物を倒壊させ、敵を生き埋めにすると言う作戦は、下手を打てば味方をも巻き込みかねない作戦だ。
それ故に、作戦を立案した勇の言葉に大尉は驚いたのだ。
勇は続けて言う。
「アロウティ軍の多くが生き残る事が、防衛成功に繋がります。……それに、戦争は生き残る為にするものです。国の為、故郷の為……愛する存在の為に、命を賭けて戦って死ぬのではなく、這ってでも生き残って、帰るべき場所に帰って下さい。これが、臨時部隊長である私からの命令です」
そう言いながら、勇は日本での上官を思い返した。
戦争は生き残る為に。
この世界に来た時に、いっその事、国の為に死ねと言ってくれればと、恨み言を思った上官の言葉だ。
この命令がどれほど高潔で残酷か勇は知っている。
それでも、勇は上官が間違っているとは思えなかった。
だからこそ、上官と同じ命令を下したのだが……。
勇の命令を受け、何も答えない大尉を見て勇は内心焦った。
何か言葉を付け足そうと口を開こうとした瞬間、大尉が口を開く。
「了解した。全力を尽くそう」
誇らしげに笑って答えた大尉を見て、勇はほっと胸を撫で下ろす。
そして、二人は握手を交わし戦場の舞台へ向かった……――




