18.その地には友の――
いつもよりも粧し込んだカトレアの手を取りながら、慣れない様子で付き添って歩く。
そうやって二人揃って、皇城へ入ると……。
「イサム! よく来てくれた!」
アーノルドが嬉しそうに二人を出迎えた。
勇が召喚されてからの約半年の間に、何度もアーノルドと共に訓練してきた影響で二人の関係は当初よりも、かなり親しげになっていた。
……と言うよりも、アーノルドが勇に懐いていると表現した方が的確かもしれない。
それでも懐かれたら懐かれただけ、勇自身もアーノルドに対して砕けた態度を取っている。
ただし、そこがケリー侯爵領内で訓練中だったなら、と言う条件付きだが。
何故、俺だけを呼ぶ。お前には俺の横にいる人間が見えないのか。
勇は不満そうな顔をしながら、カトレアから一歩後ろに下がって無言で頭を深々と下げた。
それとほぼ同時にカトレアが会釈しながら口を開く。
「アーノルド皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
カトレアの挨拶と、勇の畏まった態度を見て、アーノルドは勇の怒りを察した。
あくまでも自分はカトレアの付き添いで来ているんだと、態度で示しているのだ。
にも関わらず、カトレアをお座なりにするのは、どう言う了見かとアーノルドに言いたげにしている。
自分の軽率さを態度で指摘され、アーノルドは猛省しながらカトレアの挨拶に応じた。
「……あぁ、急な誘いに応えてくれた事、感謝するよ。ケリー侯爵令嬢」
「大変、光栄に存じます。……イサム、貴方もご挨拶なさい」
アーノルドの歓迎に淡々と対応しながら、カトレアは勇に挨拶を促した。
カトレアの指示を受け、勇は渋々口を開く。
「……アーノルド皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
態度までは偽る気はないと言外に主張しつつ勇が棒読みの挨拶をすると、アーノルドは苦笑した。
「はは……。あぁ、久しぶり」
一通りの挨拶を済ませた後、勇とカトレアはアーノルドの先導で皇族が使う食堂へ向かった。
皇帝と皇后が入室して来たのに合わせて、勇とカトレアは会釈し、それぞれに用意された席に着く。
勇としてはカトレアと同等の扱いを受けるのが、カトレアの存在を蔑ろにしている気がして不満だったが、アーノルドの事を考え勇は口を噤む。
晩餐会の間、勇は自ら口を開く事は無かったが、アーノルドや皇帝から戦争について尋ねられて答える場面が続いた。
この世界に馴染もうと考え始めた勇としては、自分の立場を弁えようと最低限の礼儀で答えようと努めていた。
故に皇族達がカトレアより自分を歓待する形は不満なのだ。
晩餐会に集っている誰よりも勇の立場は下だと言うのに、転移者と言う理由で特別扱いを受けるのは納得がいかない。
しかし、一方で皇后が気を配り、何度かカトレアの結婚話やケリー領についての話も持ち上がったのは、勇の溜飲を大きく下げた。
結果として晩餐会は和やかな空気で進み、そろそろ終わりが近づいて来たと言う所で食堂の外が俄かに騒がしくなる。
言い争う声が廊下に響き、食堂の中まで聞こえて来て、全員が怪訝な顔をして扉の方に目をやると。
「――……申し上げます!!」
突如として扉が乱暴に開け放たれ、一人の兵士がボロボロの状態で雪崩れ込んだ。
ただならぬ様相に目を見張った皇帝がガタンと椅子から立ち上がる。
「何事だ!」
皇帝の言葉を受け、兵士が体制を立て直して膝を付き言った。
「はっ! 七日前、北方のジアンダ侯爵領及び子爵領の海岸からサザギミ王国軍が
上陸し、現在も尚、進攻中と思われ、サザギミ王国軍は首都アルベロを目指し南下していると……!」
「何!? 事実なのか!?」
兵士の報告を受け皇帝が驚き声を張り上げる。
冬間近となった今、サザギミ王国軍が攻め行ってくるのは無謀としか言えない。
故に驚きも大きく、また信じられない事だった。
だが、駆け込んできた兵士の様子からするに嘘の報告とは到底思えない。
とすれば、サザギミ王国軍が賭けに出たとしか考えられなかった。
長期化している戦争を自分達の勝利で終わらせるため、アロウティの虚を突きに来たのだ。
自分達の被害を顧みずに、特攻を仕掛けて来た。
その事実が徐々に頭に浸透して行き、勇が呟く。
「……ジアンダと言ったか?」
「はっ、はい! 間違いありません!」
報告に駆け込んできた兵士が勇の呟きに答えると、直後にカトレアが椅子から滑り落ちた!
「カトレア!」
滑り落ちたカトレアに勇が駆け寄ると、カトレアは茫然として顔を青くさせている。
カトレアの婚約者が居るジアンダ領をサザギミ軍が侵攻しているのだ。
衝撃を受けるのは当然だ。
呼び掛けに応えられない様子のカトレアを見て、勇はぐっと噛み締めてから、カトレアの両肩を掴んで更に呼び掛けた。
「カトレア!! 言え!!」
「イ、イサム……?」
真剣な表情で何かの言葉をカトレアに求める勇。
勇の考えを察しきれず、カトレアはぼんやりとしたまま勇の名前を呼ぶ。
「俺に言う事があるだろう!? お前は何の為にアルベロまで来たんだ!?」
何の為に。
その言葉で勇が望んでいる言葉をカトレアは察した。
しかし、その言葉を言うのは憚られて、カトレアは迷う素振りを見せる。
こんな時でも自分の感情を押し殺そうとするカトレアを見て、勇は続けて言う。
「俺はお前をジアンダ領まで無事に送り届ける為に来てるんだぞ! 良いのか!? このまま嫁入り先が潰されちまっても……!」
確信を突く一言を勇が言うと、カトレアは不安そうに表情を変えた。
「今の俺はお前の護衛だ! お前と、お前が無事を望む者を守る為に居るんだ! だから、言え! 俺に命令を下せ!」
自分の手綱はカトレアが握っている。
それを勇自身に言われて、カトレアはようやっと懇願の言葉を心から叫んだ。
「助けて……! あの方を……!!」
誰を指しているかは、言うまでもない。
カトレアの命令を受け取った勇は颯爽と立ち上がり、アーノルドに目をやって言う。
「アーノルド、カトレアを頼む! 俺は今直ぐジアンダ領へ向かう!」
「イ、イサム!?」
アーノルドの静止を聞かず、勇は食堂を飛び出した。
完全に日が落ちた暗闇の中、勇は魔法で灯りの炎を焚きながら馬に跨り、ジアンダ領に向かって駆けていく。
刀もどきと、急所だけ守っている軽度の鉄防具と、多少の食料を引っ掴み、とにかく勇は急いだ。
昼夜問わず馬を走らせた影響で悲鳴を上げ走れなくなると、
自分の足で次の街まで駆けて行き、別の馬を借りては走り続けた。
城に乗り込んできた兵士のボロボロな様子が脳裏に浮かんで、ジアンダ領までの道の過酷さを実感する。
砂漠化した土地が多く、馬車用に舗装された道を選びならがら馬で走るものの、それでもジアンダ領までの道のりは遠い。
向かう途中、先遣隊らしきサザギミ王国軍を見つけ、制圧した後、
アロウティ騎士団に事後処理を任せながら、ジアンダ領の情報を聞いて回っては絶望的な状況に顔をしかめた。
それでも勇は馬自体に身体強化の魔法を掛け続けて走らせ続け、
例の兵士が七日間掛かって辿って来た道を僅か4日で踏破し到着した。
サザギミ王国軍が侵攻して来て十日余り。
真っ先に侵攻を受けたジアンダ領で勇が見たのは……――




