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16.限界を知るには


とある日の夜中。

カトレアの部屋で小さな火が灯っては消え、灯っては消えが繰り返される。

カトレアが魔法で火を灯す練習をしているのだ。

「……はぁ……中々、長続きしないわ……」

少し息を切らしたカトレアが呟いて、火の灯りが消えた。

直ぐ側に立っていた勇がカトレアの限界を察し、魔法で火を灯す。

カトレアが灯す火よりも大きい火を見て、カトレアは深く息を吐いて椅子に深く腰掛ける。

「今日はこれくらいにしとくか」

勇がそう言うと、カトレアは額に手を当てながら答える。

「えぇ……そうして貰える? ちょっと、魔力が……」

眉を顰めて疲れ気味に言うカトレアを見て、勇は少し間を空けてから、ふと疑問を口にした。

「……魔力切れってのは、どうなるもんなんだ?」

「え?」

勇の疑問を聞き、カトレアは怪訝そうに疑問符を返した。

嫌味でも冗談でもなく、ごくごく普通の疑問の様に聞いている勇を見て、カトレアは答える。

「魔力切れの症状は人それぞれとしか言えないけど、私の場合は頭痛よ。父上なら息切れ……だったと思うわ。他にも、眩暈や腹痛、吐き気などもあるようね」

「つまり、何らかの体調不良を引き起こすって事か?」

「えぇ」

カトレアの答えを聞きながら、勇は騎士団との訓練時の時の兵士達の様子を思い出す。

勇との訓練後で、兵士の何人かが体調不良になってその場に倒れ込む事があった。

それが魔力切れの症状なのだと言う事を理解したものの、勇自身にはどれも起きた事の無い現象だ。

つまり、勇はこれまでに一度も魔力切れと言う症状に見舞われた事が無いと言う事になる。

それを察してか、カトレアが勇に問う。

「魔力切れを起こした事が無いのね?」

「恐らくな。魔法を使い続けて気分が悪くなった事が無い」

勇の答えを聞いたカトレアは感心する様に息を吐いた。

「やっぱり。きっと、転移者は魔力の量も桁違いなんだわ」

カトレアの言葉を聞いた勇はむすっと不機嫌そうに口を尖らせる。

特別扱いにも聞こえるが、そうではない素直な感想だった。

こうも悪気なくスッと言われては、反発出来ない。

「……一般的にはどれくらいで魔力切れを起こすもんなんだ?」

勇は口を尖らせるだけに留めて、質問を重ねて自身の不機嫌を誤魔化した。

次の質問を受け、カトレアは勇が不機嫌そうにしているのを不思議そうにしながら答える。

「そうね……。恐らく、私の様に日常生活の中でも最低限な使い方しかしない場合なら二時間が良い所でしょう。騎士様の様に戦闘で魔法を使用する場合なら一日位かしら……」

実際、一日中魔法を使って戦えるなら、日が暮れる頃にはお互いに休戦する為、次の戦闘までには魔力が回復している。

魔力を回復させるには、休息や睡眠を取ったり、食事を摂ったりする事で叶うからだ。

だからこそ、余計に勇は魔力切れを経験出来ないのかもしれない。

「三日位、ぶっ続けで全力出して魔法使ってみるか……」

勇がそう呟くと、休んでいたカトレアが前のめりになって反対した。

「駄目。魔力切れを起こしかけたり、起こした状態で魔法を使ったら、下手をすれば命に関わるわ」

真剣な面持ちで言うカトレアを見て、勇も神妙な顔をして言葉を返す。

「なら、余計に限界を知っておいた方が良くないか」

どれだけ全力で魔法を使えば、魔力切れを起こすのか。

その時期を知っていれば、いざという時に何らかの対処が出来るかもしれない。

その考えはごく自然で、当たり前の様に思えるのだが……。

「だとしても今は控えて。出発日まで五日を切ってるのだから」

カトレアの嫁入りの為の出発日を控えた今、護衛として同行予定の勇が直前になって魔力切れを起こすのは不味い。

尤もな指摘を受け、勇は罰が悪そうに明後日の方向を見た。

「……分かってる」

「それなら良かった。明日からでも実行しそうな様子だったから、その言葉を聞いて安心したわ」

……今度のは素直な意見ではなく、完璧な嫌味だ。

勇は口を閉ざしてカトレアから目を逸らした。

実際にカトレアが指摘しなければ、勇は明日からでも実行しかねなかっただろう。

それほどに魔力切れの状態を確かめる必要性を勇は強く感じていた。

今回はカトレアに止められたものの、勇は近い内に試すつもりで思案する。

いざと言う時に魔力切れを起こしたら、溜まったもんじゃ無いしな……。



カトレア出発日、当日。

「――……それでは、父上。行って参ります」

馬車に乗り込む直前、カトレアは淡々と言った。

嫁に行くために出発すると言うのに、まるで戻ってくる事が前提の様に挨拶をするカトレアを見て、ケリーは僅かに涙ぐむ。

だが、ケリーは誤魔化す様に目一杯に笑った。

「おお! 結婚式まで無事に暮らせ! 私も、この戦争を早く終わらせられる様、働きかけるからな!」

結婚式は戦争が終わり、落ち着いた頃に両家揃って執り行う。

それ自体は前から決まっていた事ではあるが、勇の進言を受け、内容が少し変更になった。

一先ず結婚式は後にしてでも、事実上の結婚生活を送らせても良いのでは無いか。と言う物だ。

アロウティ神国の北方に位置するジアンダ侯爵領は、最前線のケリー侯爵領よりも遥かに安全である。

故に勇が話を推し進めた。

勇の苦しみを誰より理解してくれた、大切な友人の安全と幸せを願って。

その思いを汲み取ったケリーは、断腸の思いでカトレアを見送る事にした。

本当は戦争の間は、ずっと手元に置いておきたかった。

いや、そもそも嫁に行かせる事自体が嫌だった。

大切な一人娘なのだから。

そんなケリーの想いを察してか、カトレアは言う。

「……父上が戦争を終わらせようと努力している事は承知していますので、ご無理なさらずに。父上が無事で居て下さる方が、私にとっては結婚式よりも重要ですから」

一切表情を変えずに淡々と言ってるにも関わらず、カトレアが心からケリーを案じている事が伝わり、ケリーだけでなく見送りに出ていた使用人達も感涙を流した。

そして、ケリーはカトレアを抱き締める。

黙って抱き締めてくるケリーに、カトレアは静かに腕を回した。

そんな光景を目の前で見て、勇は鼻をすすった。

気付かれまいとして、勇は自分用に用意された馬の方へ向かう。

しかし。

「イサム。道中、くれぐれもカトレアを頼んだぞ」

カトレアを抱き締めたまま、ケリーに神妙な声色で言われ勇は足を止めた。

いつものケリーとは違う雰囲気を感じ取り、勇は振り返って頭を深々と下げて答える。

「はい。必ず、お守りします」

勇が真剣に答えるのを見て、ケリーはふっと笑う。

「はっはっは! 礼儀正しいイサムを見ると鳥肌が立つな!」

「なっ……!」

いつもの調子でからかわれ、勇は顔をしかめる。

しかし、いつもの様に文句を言うのは憚られてしまい、勇は口を噤んで馬に乗り込んだ。

カトレアが乗る馬車の横を並走出来る様に横並びになりながら、カトレアが馬車に乗るのを待つ。

ケリーの手に支えられながら、カトレアは馬車に乗った。

そして、勇を含む護衛隊が馬車の前後を守りながら、一行は首都アルベロへの道中を進んでいく。

第一の目的地は首都アルベロ。

そこで道中の準備を改めて整えた後、いよいよ北方のジアンダ領へ向かう手筈だ。

十日ほどかけて、懇意にしている貴族の家に宿泊したり、

街の宿屋で休みながら一行は首都アルベロに到着した。

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