15.同じ轍を踏まぬために
「――……父上。御用は……」
扉を叩きつつ言いながら入ると、真っ先に目に入って来たのはケリーではなく、勇の後ろ姿だった。
「おお。カトレア、来たな!」
側に来いと手招きするケリーを見て、カトレアは怪訝に思いながら勇の隣に立った。
すると、勇はカトレアを一瞥してから、ケリーの横に移動してしまった。
ケリーと勇の顔を見比べながらカトレアは更に怪訝に思った。
「父上。私に御用との事ですが……」
再度用件を尋ねると、ケリーは嬉しそうに笑って言った。
「うむ! カトレア、お前の嫁入りの日取りが決まったぞ!」
「……はい?」
唐突な言葉にカトレアは眉をひそめた。
戦争が終わったら結婚すると言う話だったのに、一体どう言う事?
しかも、その話をする上で何故、イサムが一緒に聞いているの?
疑問符だらけの顔をするカトレアにケリーは構わず続ける。
「ジアンダ家とも既に話は済んでいる! 戦況が落ち着いている今の内に婚礼を済ませてしまおうってな! 戦争が終結するのを待っていたら、相手方もお前も焦れてしょうがないだろう? ジアンダ領まではイサム達に護衛を任せるから安心して行くと良い! 流石に私はここを離れられんが、何、結婚式は戦争後でも良いだろう? そうすれば私も結婚式に参列出来るしな! はっはっは!」
怒涛に告げられる情報の数々にカトレアは整理するのに時間を要した。
聞きたい事は山ほど有ったが、真っ先に出てきたのは。
「……何故、今なんですか? 戦争が終結してからと言う話だったのでは……」
やはり、その疑問に尽きた。
カトレアの疑問を受け、ケリーはきょとんとして言う。
「ん? 嬉しくないか?」
「嬉しい、嬉しくないの問題で聞いてるのではありません」
きっぱりとカトレアが言い放つと、ケリーは勇に一瞬だけ視線を向けてから答えた。
「詰まらん決め事でお前の婚期を伸ばすのも不味いと思ってな。とっとと嫁に行ってしまった方がお前も安全だし良いじゃないか」
その答えを聞き、いつぞやに勇が言っていた言葉をカトレアは思い出した。
つまり、カトレアの早めの結婚を後押ししたのは、ケリーではなく勇だと言う事だ。
カトレアは勇をじっと見て聞く。
「どうして?」
自分に投げられた問いだと気が付き、勇はケリーを恨めしげに見る。
しかしケリーは素知らぬ顔で明後日の方向を見ていた。
変わらず自分をじっと見つめてくるカトレアの圧に負けて、勇は溜息を吐いてから答えた。
「……俺の二の舞だけは避けてやりたいと思ったからだ」
その答えを聞いてカトレアは腑に落ちたが、それでも全てに納得は出来なかった。
勇は結婚したいと思っていた女性と離れ離れになってしまった。
もうその人とは永遠に一緒にはなれない。
そして、カトレアはそんな勇と状況が似ているのだ。
故に同じ轍は踏ませまいと勇がケリーに進言したのだろう。
その事情を嫌でも分かってしまったカトレアは納得は出来ないものの、受け入れる事にした。
「分かったわ。護衛、お願いね」
「おう。無事に送り届けてやるから安心しろ」
真剣な表情で告げられた言葉にカトレアは嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう」
一番、安心出来る護衛だ。
そう思いながら、カトレアは婚約者に会える事を楽しみに思うのだった。
話の済んだカトレアが雑務に戻るために、ケリーの書斎を出て行った後。
「ああ! ついにカトレアが嫁に行ってしまう!」
顔を両手で覆いながら嘆くケリーを見て勇は呆れた。
「これ以上、カトレアを無駄に引き止めて年増にさせるな」
「カトレアはお前の一歳下だぞ! 年増じゃない!」
「そうじゃなくても、うだうだしてたら年増になるだろ」
ぎゃあぎゃあと捲し立てるケリーに対し、勇は鬱陶しげに相手をした。
そうして暫く勇へ文句を言い続けた後、ケリーはふっと残念そうにしながら言った。
「私はてっきり、イサムがカトレアを嫁にくれって言いに来たのかと思ったのになぁ。ああ、残念だ!」
とんでもない事を言われて、勇は一瞬間を置いてから反応した。
「はぁ!? 俺が、カトレアを!?」
「そうだ!」
カトレアをとっとと結婚させてやりたいと思って、ケリーに進言しに来たのに、それを結婚申し込みだと思われていたとは。
しかし、その勘違いは勇にとって非常に不本意だった。
「俺は婚約者が居る女に言い寄る様な節操無しじゃない! あんたも何で残念がってるんだ! 可笑しいだろ!」
真面目な意見で反論する勇を見て、ケリーは口を尖らせて不満そうにした。
「それは分かってるが! 最近、二人とも仲が良い様だし、てっきり……」
「俺は、友人であるカトレアが無事に結婚出来るか心配になったから、態々あんたに進言しに来たんだぞ!? 妙な勘繰りは止めろ!」
心底不愉快そうに言う勇を見て、まるでカトレアが振られたかの様に感じてケリーはムッとする。
「カトレアは良い女だろう!? 嫁に貰いたいと思っても不思議じゃないだろう!?」
身を乗り出して言うケリーに勇は冷静に返した。
「そんな事は知ってる。だからこそ、さっさと安全な所に嫁に行って欲しいんだ」
カトレアを大事に思う気持ちを真摯に言われ、ケリーは目を丸くした。
ケリーが黙ったのを見て、勇は溜息を吐いてから書斎の扉の方へ歩いていく。
出ていく寸前、勇は言う。
「言っておくが、あんたの娘だからってのも有る。……一応、恩人だしな」
そう言って勇は書斎を出て行った。
ぽかんとしていたケリーは、段々と正気に戻っていくと同時に笑いが込み上げて来てしょうがなかった。
「っくっくく……! 騙されたと分かってて恩人か……!」
勇をアロウティに留めておくためについた嘘は、既にバレている事をケリーも把握していた。
だからこそ、勇がケリーに心を開く事は無いだろうと思っていた。
その代わり、カトレアに心を開いて勇の支えになるのであれば、
カトレアの婚約を何が何でも解消して、勇の嫁にやっても良いとさえ考えていたのだが……。
「……はぁ。……本当に情に篤い男だ」
そんな勇をケリーは心底、気に入っていた。
戦力欲しさに騙した事を後悔するくらいには……――




