13.帰りたい
「けど、故郷の味は忘れ難いでしょう?」
ガツンと頭を殴られた感覚がした。
「イサム様には無理を強いている分、イサム様の故郷の味を少しでもご用意出来ればと思います。故郷を思う気持ちは分かりますので、どうか協力させて下さい」
淡々と事務的に言うカトレア。
それ自体はいつも通りだったが、言葉の内容が今の勇には受け止めきれそうに無かった。
ぐるぐると血が巡る頭の中で、感情を抑え込もうと必死になる。
しかし。
「お前に分かるものか」
抑えきれずに漏れた言葉は酷く震えていた。
しんと静まり返った環境では嫌でもカトレアの耳に入る。
勇の言葉の意味が分からず、カトレアは怪訝そうな顔をした。
「……イサム様?」
その顔を見て勇は更に感情が抑えきれなくなった。
ガバッと立ち上がって勇は叫んだ!
「お前に! 俺が故郷を思う気持ちがどれ程のものかなんて、分かるものか!」
立ち上がったにも関わらず、崩れ落ちそうな雰囲気を漂わせながら叫ぶ勇にカトレアは言葉を失う。
勇は次々と抑え込んでいた感情を吐き出す。
「故郷で待つ家族や恋人の為に母国を守ろう! そう思って必死に軍人になって、命を預けられる上官の元で、生き残るために仲間達と研鑽しあってたんだ!
死にそうになる度に、死んでいく仲間を見る度に、人を殺した事を実感する度に、恐ろしくなって何度逃げ出したいと思ったか……! それでも母国のため、家族のため、恋人のため、大義のために体張って戦ってたんだ!!」
怒りに満ちた顔で叫び続ける勇を、カトレアは困惑した表情で見上げている。
「それが、今はどうだ? 母国でもない、家族も恋人も居ない、勝手に召喚されたこの国のために、大した大義もなく人を殺してる! 敵を殺す度に味方からは、化け物だの、鬼神だのと賞賛だか誹りだか分からん言葉をかけられ、俺は〝人〟ですらない! それでも戦い続けてるのは俺が生き残るためだ! 生きて、故郷へ帰るためだ!」
そこまで叫んで勇は大粒の涙を両目から零した。
堪えきれずにぼろぼろと流れ出る涙は地面へ幾度も落ちる。
俺は何をしているんだ。
カトレアに当たるのだけは違うのに抑えきれなかった。
自分への嫌悪感を覚えながら、勇はカトレアから距離を取って背を向けた。
ぼやける視界で空に浮かぶ月を見て、故郷の空を思い出して、勇は糸が切れた様に膝から崩れ落ちる。
地面にうずくまり、勇は声を絞り出して言った。
「俺は、帰れないんだろ……?」
勇のか細い問いにカトレアは衝撃を受ける。
答えの返ってこない疑問を勇は呟き続けた。
「帰ろうとすれば、あの戦場なんだろ? 轟音響く戦場に。中隊長達が居なくなった後の独りきりの戦場に。あそこへ戻れば、俺は死ぬんだ。敵軍の攻撃を受けて死ぬか、捕虜になって拷問で死ぬ」
ぎゅっと体を縮こまらせて、震える声で勇は懇願する様に言う。
「……死にたくない……!」
「死にたくない……! 故郷へ帰りたい……!」
「帰してくれ……! 俺を、日本に……!」
「ここから助けてくれ……!! 誰か……!!」
途方もない祈りを勇は呟き続けた。
いつ頃からだったか、初めて会った時にケリーが言った言葉は嘘だと気が付き始めていた。
どれだけアロウティで時が経とうとも、勇は安全に元の世界へ帰る事は出来ないのだと。
だからこそ、アーノルドは帰還魔法を使う事を渋っていたのだろうと言う事も。
ようやっと喚び出せた異世界の軍人である勇を、無駄死にさせないためにケリーが希望を持たせる様な嘘をついた事も。
しかし、それら何もかもが、事の発端は異世界召喚にある。
喚び出されたのがなぜ自分でなければならなかったのか、と何度も思った。
あの時、何故足を挫いてしまったのかと、何度となく自分の不甲斐なさを責めた。
そして、故郷へ帰るためなら死も受け入れよう。と覚悟出来ない自分の弱さも責めた。
生きて故郷へ帰りたい。ただそれだけなのに。
その願いだけが、ただただ遠く不可能で。
こんな親しい人も居ない世界で生きていく事を決めなければ、自分は死ぬしかないんだと思い知らされた。
いや。この世界で死ぬか、独り孤独に元の戦場で死ぬかのどちらかしかないのだ。
止めどなく溢れてくる不安と涙に塗れて、勇は立ち上がれなくなっていた。
すると、勇の背中に柔らかい感触が伝わる。
「ごめんなさい」
震える声に勇は目を見張った。
縮こまった背中を包む様にして、カトレアは勇を抱き締めている。
「喚び出してしまって、ごめんなさい」
再度告げられた言葉に勇は嗚咽を漏らして泣いた。
召喚された事は光栄であると思えと態度で言われ続け、持ち上げ続けられてきた。
ただの一度も謝られた事など無かった。
それを今、勇を慰めようと一番努力してくれていたカトレアに言われた。
言わせてしまった。
情けない。
「……すまん……っ」
「……」
絞り出した謝罪の言葉にカトレアは何の言葉も返さず、ただ勇の背中を撫で続けた。
勇が泣きやむまで、ずっと――




