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12.望郷の味


――……轟音。

空から地へと響く轟音を全身で感じ取り、脂汗で湿る体に不快感を覚える。

直ぐそこまでやって来ている死の音に、震えが止まらない。


助けてくれ。


そう叫んだつもりが、声は出ていなかった。

いや、出ていても轟音に掻き消されてしまって、自分の耳にも届いていないのかもしれない。

仲間の耳にも当然、届いてはいない。

一度も振り返らずに先に逃げて行く仲間達の背中に向かって、手を懸命に伸ばす。

届くはずもなく伸ばした手は虚しく宙を掻いた。


置いていかないでくれ。


見捨てないでくれ。


俺を元の場所へ帰してくれ!


喉が潰れようと構わない。その思いで叫び続けた。

それでも声は響かない。

気が付けば死の轟音が自身を包んで……――。


「――……っぁあぁぁああぁああ!!」


滝のような汗を流して目を覚ますと、見慣れない天蓋と自身の手が視界に映った。

周囲に目線を向け、自分が置かれている現状を把握して深く息を吐く。

「……っくそ」

汗と同じ様に止めどなく流れてくる涙を腕で拭いながら勇は起き上がる。

アロウティに召喚されてから、幾度となく見た悪夢。

見る度に自身の不甲斐なさや、抗えぬ死への絶望感を味わって体の震えが止まらなかった。

戦争なんてこりごりだ。

それでも、結果的にアロウティの戦争に加担してしまっているのは、生きて元の世界へ帰るためだった。

アロウティが敗北すれば自身の身も危ない上、帰還魔法も使って貰えないかもしれない。

そう思ったら、アロウティがむざむざと敗北するのを良しとしている訳にはいかないと悟ったのだ。

結局、国の思惑通りに戦争に加担してしまっている現状に不満しかないものの、取れる手段が限られている勇が生き残る道は、これしかない。

だが、戦争に加担して敵を殺して行く度、味方が死ぬのを見る度に、死への恐怖が募り、望郷の思いが強くなって行く。

最近では悪夢を見る頻度も多くなってきた。

最悪の目覚めで目が冴えてしまった勇はベッドから出て、部屋をこっそり抜け出し、屋敷の外へ出る。

世界が違うにも関わらず、変わりなくある月の存在を目にして勇は安堵した。

「……月餅、食べてぇな……」

月を見て好物を思い出した勇はぼんやり呟く。

すると、背後に人の気配がした。

人の気配に鋭敏になっていた勇はさっと戦闘体勢を取って振り返る。

「イサム様」

立っていたのは、寝巻きで燭台を持ったカトレアだった。

現れたカトレアに拍子抜けして勇は元の体勢に戻る。

「嫁入り前の女が、そんな格好で彷徨くな」

寝巻き姿は言わば下着姿も同然である。

勇の指摘は尤もにも関わらず、カトレアは気にする素振りも見せずに勇の隣に腰掛けた。

そして、持って来ていた燭台の火を消す。

「羽織をしているので大丈夫です」

「そう言う問題じゃないだろ」

はしたない。と言う意味を込めて言うも、カトレアは首を傾げた。

「? 冷える事以外に問題が?」

心底不思議そうに言うカトレアを見て、勇は顔を引き攣らせる。

「……。……地べたに座ったら、尻から冷えるぞ」

悪夢で疲弊していた勇は指摘するのが面倒になって話の調子を合わせた。

「イサム様もでしょう」

「俺は男だから良いんだ」

お互いの顔を見合って、言い合うだけ無駄だと察して、同時に空を見上げた。

「ゲッペイとは何ですか?」

「……聞こえてたのか」

カトレアの問いを受け、呟きを聞かれてた事に勇はバツが悪くなった。

「教えて下さい」

真剣な面持ちで聞くカトレアを見て、勇は観念して月餅について答えた。

小麦粉を焼いて作った皮の中に、砂糖を使って作る餡子を入れた物だと説明しつつ、如何に良いものかを勇は熱く語る。

その仮定でカトレアからアロウティには餡子と呼ばれる物は無いと知らされ、食べられない事を突き付けられ勇はガックリ肩を落とす。

「――……まぁ、食えないだろうって事は分かってたけどな……」

「似た様な物を作れないか料理人と相談してみましょう」

当然の様に代案を言うカトレアに、勇は眉を寄せた。

「……いや、いい。砂糖自体貴重なんだし、無いもんは仕方ない」

砂糖は貴重だ。それを大量に使って作られる菓子類も当然貴重で高いものだ。

だが、代々続く神社の家系だった勇は、砂糖菓子を口にする事も普通よりは多く、特に月餅は好物の一つだった。

しかし、勇の時代よりも、更に砂糖が貴重なこの世界では、

貴族の家でない限り砂糖を使った物なんか口には出来ない。

その上、今は戦争中と言う事もあって、砂糖の供給がかなり少なくなっていて、貴族でも砂糖菓子が出るのはかなり贅沢だった。

初めて戦闘に参加した時、怒り狂った勇にカトレアはお菓子を用意した。

カトレアに宥められながら、口にしたお菓子は相当贅沢な物だったのだ。

それ以降も勇が怒りに駆られる度に甘いお菓子を振る舞われて来た。

どれだけ優遇されていたか分かった今となっては、無茶は言えない。

仮にも世話になってる家に、これ以上負担を強いるのは勇の自尊心が許さないのだ。

「月餅だけじゃない。他の菓子も用意し辛いだろ。今後は無理に用意しなくていい」

勇の言葉を聞き、カトレアは少し思案してから言う。

「けど、今のイサム様を慰めるには、お菓子が一番だと思うのですが……」

やっぱり気を遣って用意してくれていたんだな。

そう思って勇は苦笑した。

「砂糖の消費でケリー家に負担をかけるほど俺は図太くない。その分、冬備えに使えばいいだろ」

カトレアが手元の蝋燭の火を消したのも、冬に備えてなるべく燃料を取っておく為だろう。

それだけではない。

ケリー家が先頭に立って、燃料消費を抑え気味にして

倹約しているのに、自分の我儘でそれを無駄にはさせたくない。

勇がケリー家の家計事情を気にして言った言葉にカトレアは言う。

「けど、故郷の味は忘れ難いでしょう?」

ガツンと頭を殴られた感覚がした。


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