11.死の行方
段々と気温が下がってきて、秋頃になってきたケリー領では、
サザギミ王国からの敵船の数が減った影響で、一時的に平和な日々が流れている。
最前線であるケリー領が平和であると言う事は、アロウティ国内全体が平和である事も同義であったため、各地で冬越えの準備が粛々と進められていた。
ケリー領も例に漏れず、冬越えの準備を進めている。
領主の書斎で、カトレアがまとめてあった書類を次から次へと決裁して行くケリー。
来る日も来る日も書類の内容を確認して、検討して、領主のサインをして行く。
昔からしている作業とは言え、ケリーは苦虫を噛む様な表情で仕事をこなしていた。
しかし。
「父上。今冬の暖房に使用する燃料の確保数ですが……」
カトレアから声を掛けられ、ケリーは堰を切ったように大声をあげる。
「ぐおー! 流石に数日連続で篭り続けるのには飽きたぞー!」
書類を放り投げる様にして両手を宙に掲げて叫ぶケリーを見て、カトレアは呆れ顔で書類を拾った。
「はぁ……。冬が始まる前までに決裁待ちの事案は、まだまだ有りますよ」
拾い集めた書類を綺麗にまとめて、カトレアはケリーの机に置き直す。
領主の仕事に終わりが見えない事に落胆して、ケリーは机に突っ伏した。
「ぐうっ……! 私もイサムと遊びたいぞ……!」
「イサム様は遊びではなく、父上の代わりに中隊の訓練と、
取りまとめを一時的に担って下さっているのでしょう。
権限を授けたのは、他ならぬ父上ではありませんか」
「それはそうだが! せっかくイサムが訓練に意欲的になったと言うのに……! 私もイサムと模擬戦をしたい!」
外に出たいと駄々をこねる父の姿を見て、カトレアは更に深い溜息を吐く。
私が領主の仕事を手伝い始めてからと言うもの、すっかり苦手になられて……。
頭を動かすよりも、体を動かす方が好きな質であるケリーにとって机仕事は大の苦手で、近年ではカトレアに領地経営を任せきりな部分が多い。
その所為か、余計に机に向かっている時間を苦痛に感じる様だ。
カトレアはケリーが決裁した書類の内容と、未決裁の内容をもう一度確認してから口を開く。
「分かりました。あと、こちらの書類に目を通して頂ければ、今日の所はお休みして構いません」
「本当か!?」
カトレアの言葉を聞き、ケリーはパッと顔を明るくして体勢を戻した。
そのケリーの目の前にカトレアは束の書類を置く。
「はい。〝今日の所は〟ここまでで結構です」
そう言いながらケリーの目の前に書類の束を置いた。結構な量の書類を見て、ケリーは再び落胆した。
「ぐうぅっ……!」
「唸ってる暇があるのでしたら、更に足しても宜しいですか?」
「い、いや! やる! やるから待ってくれ!」
更に仕事を増やされる事を嫌がって、ケリーは必死に書類に目を通して行く。
カトレアはその様子を見守ってから、直ぐ側にある自身の机で別の書類整理の続き始めた。
暫くして。
「――……終わった!!」
やり切ったと言う表情をして叫んだケリーを見て、カトレアは席を立ち決裁書類の内容を確認した。
全て確認し終えてから、カトレアは言う。
「はい。確認しました。ありがとうございます」
「よぉし! これでイサムで遊べるぞぉ!!」
いそいそと出かける準備をしながら、嬉しそうしている父の姿を見て、カトレアは呆れ顔で尋ねる。
「イサム様を随分と気に入られてる様ですが、事実はいつお話になられるのですか?」
「む? 事実?」
すっとぼけた顔をして言うケリーを見て、カトレアは真剣な面持ちになった。
「……どれだけこちらで時間が過ぎようと、イサム様の世界では一瞬も過ぎないと言う事実です」
こちらで長い時間を過ごせば、勇が帰還魔法で元の世界に戻る頃には、安全な時になってるかもしれない。
そう言って勇をこの世界に留めたのは他ならぬケリーだ。
あれから半年が経ち、勇はそれを希望に持って騎士団への訓練協力や、戦闘にまで渋々参加している。
その姿をこの半年、見て来たカトレアにとっては痛ましくして仕方が無かった。
どれだけ時間が経っても、結局、元の世界に戻る時は、
この世界での記憶も、時間も、勇にとっては全て無かったものとなってしまうのに。
その事実を隠し、いつまで勇を騙し続けるのか?とカトレアはケリーに尋ねているのだ。
カトレアの問いの真意に気が付き、ケリーはスッと表情を落ち着かせた。
軍将としての顔だ。
「言っても言わなくても、イサムが死ぬのは変わらん」
「……はい?」
冷たい声色で言うケリーの言葉に耳を疑ったカトレアは聞き返した。
ケリーは上着を羽織りながら更に言葉を続ける。
「私はイサムに「かもしれない」とは言ったが、「必ずそうなる」とは言っとらん。その私の仮定を聞いて残る事を選んだのはイサム自身だ。結果、イサムがこちらで死のうが、元の世界で死のうが、死ぬ事に変わらんだろう?」
ケリーの言い分を聞き、カトレアは納得できないながらも反論の言葉が浮かばなかった。
何かが違うと思いつつもカトレアはそれが何か分からない。
ケリーは続けて言う。
「少なくとも勇は生きる事に貪欲だ。ならば、こちらで生き長らえさせた方が結果を残せると思わんか」
不敵に笑ってケリーは言った。
結局は勇を利用しようと言う魂胆に変わりはないのだろうと察し、カトレアは目を伏せた。
「……いってらっしゃいませ、父上」
「うむ。イサムで遊んでくるぞ!」
いつもの大らかなケリーに戻って、勇〝で〟遊んでくると明言して書斎を出て行った。
屋敷の外をるんるんに駆けて行くケリーの後ろ姿を見送りながら、カトレアは溜息を吐いた。
「……父上は、ご存知ないのかしら……」
伝えるべきかどうか迷いに迷って、結局伝えられなかった事を思い、
カトレアは表情を曇らせるのだった。




