9.菓子
「……分かっていたなら、どうして教えてくれなかったんだ?」
「出会ったばかりでしたから」
「……あぁ、なるほど」
知り合ったばかりの異世界人に情を掛けて、騙されている事を教えるほどカトレアは優しく無い。
その理由に納得して勇は更に溜息を吐く。
「結局は容易く信じた俺が馬鹿だったって訳か……」
自分で言って、がっくりと落ち込む勇にカトレアは言う。
「ひとまず、お茶とお菓子を口にして落ち着かれては?」
言いながらカトレアは、お菓子が載せられた皿を勇の方へ押し出す。
盛られたお菓子を見て勇は生唾を飲み込んでから、膝で手を拭き、菓子に手を伸ばした。
「いただきます」
手に取ったお菓子を口の中に放り込み、味わいながら咀嚼する。
ごくんと飲み込んでから、用意されたお茶をグビグビと飲み干す。
口に出さずとも、甘いお菓子を心から楽しんでる様子を見せる勇。
もう一つ。と思いながら手を伸ばし、また口に放り込んだ。
そんな勇を見て、カトレアは追加のお茶の指示を出しながら言う。
「お好きなだけ食べて下さい」
カトレアの言葉を受け、勇は次のお菓子に伸ばす手をピタリと止めた。
動きを止めた勇を不思議そうに見るカトレア。
「お前の分は?」
様子を伺うように眉を下げる勇を見て、カトレアはふっと微笑んだ。
「元よりイサム様の為に用意させたお菓子ですので、お気になさらず」
「……そうか」
カトレアの答えを聞き、勇は遠慮なくお菓子を食べ始めた。
医者が到着する頃には、用意されたお菓子はすっかり無くなり、お茶も飲み干された。
お茶とお菓子の効果あってか、すっかり怒りを鎮めた勇は大人しく医者からの治癒を受ける。
全ての傷が治癒された後、自室に戻ろうと立ち上がった勇はカトレアを見下ろし言う。
「気遣い、ありがとう」
「いえ」
勇の礼を受けカトレアは短く答えた。
まるで、そうする事が自分の仕事であるかのように。
その対応に特別不満は無い勇だったが、ある一点だけは注意する事にした。
「ただ、婚約者が居る身で無闇に男に触るな」
傷を確かめるために手を頬に充てがったとは言え、その行動自体に違和感を覚えて勇はカトレアを注意した。
こんな調子を他でも発揮されて婚約者の耳に入ったら、困るのはカトレアだろうからだ。
その思いで注意するとカトレアは目を丸くさせて驚きながらも、勇の注意を素直に受け止めた。
「確かに……。少し軽率でした。以後、気を付けます」
「あぁ。そうした方が良い。俺もお前の婚約者に恨まれたくないからな」
恨まれた時の事を想像してか、嫌そうな顔をして言う勇を見てカトレアはふっと笑う。
「私自身、二ヶ月に一度の紙面でのやり取りしか出来ていませんもの。
イサム様を恨むほど、私の事を想って下さっているかどうか……」
遠い地に居る筈の殆ど顔を見た事が無い婚約者を思いながら、カトレアは自嘲気味に言った。
それに対し勇は呆れ気味に言う。
「いっその事、とっとと結婚して嫁に行ってしまえ」
「今の戦争が終わり次第、そうする予定です」
勇の言葉を受けカトレアはいつも通り淡々と答えた。
戦争中だろうと結婚してしまえば、敵対国と近い最前線の地である、ここから離れられるだろうに。
その思いで不満そうにカトレアを見つめていると、カトレアは立ち上がって言う。
「父上が戦争で最前線に立たれている以上、その間、領地を経済面で守る役目が私にはありますので」
女の身では後継者になれない事は周知の事実であるにも関わらず、カトレアはケリーに代わり領地経営をしている。
尤も、最終決定の結印はケリーでなければ押せないため、それまでに資料をまとめたり、情報を精査するまでがカトレアの仕事だ。
それでも相当な仕事量である。
カトレアが嫁にいけないのは、戦争中だからではなく、領地経営が足枷となっているのは無いか?と勇は首を捻った。
そんな事を考えながら、結婚や婚約者の言葉から連想して、フと勇は故郷に残して来た婚約者を想う。
「……優子」
名前を呟きながら自室に戻り、勇は来る夜を身構えて待った。




