オフラインイベント
「20分が経過しました。皆様、テーブルの方にお集まりください」
透き通るようなお姉さんの声に導かれるように、キャラクターシートを読み込んでいた参加者がフロアへと集まって来る。
フロア中央には6人掛けのテーブル席。
あらかじめ名前が記された席に俺たちは腰かけた。
みなの手には先ほどもらった事件の概要と各々が演じるキャラ個人のキャラクターシートが記された分厚いファイルが握られている。
「改めまして、今回のマーダーミステリのGMを担当させていただきます米沢と申します。物語の進行途中何かわからないことがありましたら、お伝えください」
俺もまだ浅はかな知識だが、マーダーミステリはGMという人が、進行役や物語の説明、物語が円滑に進むように手助けしてくれたり、疑問を解決してくれる役割を持っているようだ。
それにより、スムーズにプレイヤーが物語により没入できるらしい。
GMさんがいるのは初めての体験で、一層楽しみさが増していく。
「どうやら皆さん、緊張しているようですが、まずは今この時を楽しんでくださいね。皆さんの言動、行動次第で物語の結末は変わっていきます。さあでは早速始めましょうか」
周りを見回せば、リラックスしているのは俺と夏妃さんくらいで、ほかの人たちは確かにすごく緊張しているみたいだった。
その中でも特に唯さんは手を震わせるくらいド緊張しているのが伝わってくる。
始まる前に何か一言でも声をかけてあげればよかったと思うもののもう後の祭り。
「物語の舞台は老舗の温泉旅館。今宵、そこで人気女優、久石真央のデビュー3周年を祝い、関係者をあつめた身内だけのパーティが催される予定でしたが、パーティの主役である真央が何者かに殺されてしまいました。外は土砂降りの雨で天候も悪く、明朝にならないと警察は到着できないとのこと。誰が真央を殺したのか? パーティ参加者であるみなさま方は互いに知恵を絞り、犯人を見つけることになりました」
GMのナレーションと共に、俺たちは物語の中に入っていく。
「ど、どうして真央が……」
「お、お姉ちゃん……」
「どうしてこんな天気の中で外出などしようとしたんだ?」
「警察に連絡しましたが、この悪天候、到着するまでは時間がかかるとのことです」
各々が第一声を順番に口にしていった。
唯さんの番のはずだが、見ると緊張がピークなのか、なかなか言葉を発せない様子。
「……わ、わたくしは先ほど、と、到着したばかり……は、犯人捜しをするおつもりなら皆さんの今までの行動を教えてくだしゃい」
顔を真っ赤にして噛みながらも、なんとか最初の台詞は言い切れたことにほっとする。
ちなみに俺は被害者とは幼馴染。
今日来たのは直接招待されたから。
被害者に好意を抱かれていたらしいが、小さいころから姉のほうが好きで、思いを告げようと何度かしているものの伝えきれていない。
彼女にもらったボールペンを今も大事に使っている。ということだ。
先日の唯さんとのマダミスでゲームの流れは理解した。
オフラインのイベントということで、こうして互いに顔を合わせることでよりリアルに物語を感じられる。
目的は犯人が誰かということ。俺のミッションは他の参加者に姉の優香が好きだということを最後まで悟られず演じ切ること。
「僕がこの旅館にやって来たときには、ほかの人たちはもう旅館にいましたね」
「ど、どうにゅう、り、理由でここに?」
「真央から来てほしいって招待されたんです。小さいころから知ってますし、彼女のことは高校を卒業してからも応援してました」
「1番最初にやってきたのは私ですね。就職してからは妹と顔を合わせる機会もありませんでしたが、私も良君と一緒で妹に招待されました」
そう発したのは、夏妃さんで、彼女の演じるのは真央の姉役。
夏妃さん、参加している回数が多いのか、随分と演じるのに慣れているような感じで、台詞もすごく自然な感じがする。
「おそらく次にやってきたのは俺たちです……彼女と、真央と一緒にここに」
憔悴しきった様子なのは、マネージャー役である50歳くらいの叔父さん。
少し大げさなそぶりだけど、そういうキャラなのかもしれない。
「皆さんがやってきたのは、優香ちゃん(夏妃さん)、美優ちゃん(被害者)とマネージャーさん(叔父さん)、聡さん(俺)、そして音無しずくさん(唯さん)の順で間違いありません」
旅館の女将さんがやってきた順番に間違いがないことを伝える。
「……」
「間違いないらしいですよ。しずくさん」
「そ、そうですか……で、では、な、なにから……」
唯さんの緊張はいまだ解けないようだ。
おそらく唯さんが演じるキャラが先導を切って、発言したり、調べたりするのだろうけど落ち着くまではフォローしてあげたほうがいいかと思い、
「えっと、まず、なぜ真央は悪天候の中外に出たのか? あいにくの土砂降りの雨、犯人にとって足跡などの痕跡を消してくれて運がいいなって僕は思うけど」
「そうですね。ここ何年もあっていませんでしたが、少なくとも私の知っている妹は雨に濡れるのが嫌いでしたね。気圧の変化でよく体調も崩すこと多かったですし……」
「僕の真央に対する記憶もそうなんです。ということは、それでも外に出なきゃいけない理由がないとだね。例えば誰かからの呼び出し、とか」
俺の指摘に唯さん以外の参加者は一様に頷く。
「けど知らない人の呼び出しに妹が簡単に応じるとは思えません。聡君なら呼び出せるでしょうけど」
「まあたしかに、僕なら昔ばなしでもと声を掛けられるけど、それなら旅館の広間や部屋で十分じゃない? むしろ外に誘う口実は浮かばないけど」
「大事な話がある……そういえば行けるんじゃないですか?」
「……」
行けるのだろうか?
夏妃さん、妹役だけあって被害者である姉のことについては誰よりも詳しいようだ。
「考え込んでますね。もしかしてほんとに呼び出しました?」
「い、いや、そこはきちんと否定させてもらう。真央に話したいことはあったかもしれないけど、僕ならきちんと場所は選ぶさ」
「そう、ですね。聡さんが人殺しなんてできないだろうし」
「ほかに呼び出せそうなのは、真央の傍にいるマネージャーさんの矢代さんか」
「俺かよ! 真央がいなくなって発見されるまで俺は温泉に入ってたんだぜ。いわばアリバイがあるわけだ」
「でも男湯に入っていたのはあなただけ。誰もそれを証明できないし、たしか露天風呂から真央が発見された場所までは行けるんじゃない?」
「っ! そ、それはそうかもだけど」
「それに犯行後に濡れていてもお風呂に入ればわからないし、着ていたものは傍の川にでも投げ込めるだろうし」
集中しているからだろうか。
やり取りを交わすだけで、一人一人のアリバイやその抜け道が手に取るようにすぐにわかる。
マダミス内では、今の俺のキャラなら存分に謎解きをしても誰にも迷惑をかけない立ち位置。
このまま真相まで一気に……。
そう思った。
思ったんだけど、唯さんをふと見ると俺をじっと見つめている。
(えっ、なんでそんな顔を……)
唯さんは心底傷ついてしまっているようなそんな悲しげな顔をしていた。
それでいてまだ緊張しているのか唇を震わせてて、なんだがこれ以上喋ってはいけないような、いつものストップがかかりだす。
(俺、気づかないうちに、なんかしちゃったのか……)
そうなったら、先ほどまでとは打って変わって発言出来なくなるのが必然だった。
唯さんは緊張で、俺は過去のトラウマで全く身動きが取れなくなってしまう。
なんで。どうして。いったいどこで失敗したんだろ?
唯さんが緊張してたのはわかってたのに、もっと早くフォローしてあげるべきだったのか。でもどうやって?
1度不安が、トラウマが過っただけで胸をえぐられてしまったかのように、おそらく表情まで青ざめてしまっている。
結局俺は自分が楽しむことばかりだった。
マダミス内なら大丈夫だと思ったのに、これじゃあ、あの時と同じじゃないか。
突然、二人ともが口を閉ざしてしまう状況になり、段々と周りがざわつき始めた。
そんな時、
「君までフェードアウトしだしたら、事件は迷宮入りじゃない」
ふさぎこんでいた俺に、夏妃さんの声が聞こえわずかに顔を上げる。
「……」
「なんで突然あの威勢のよさが消えちゃうかな……」
「そ、その……」
「まあ、なんとなく理由はわかるけどね……すいません。ちょっとだけ時間もらってもいいですか?」
夏妃さんは口元を緩め、米沢さんに視線を向ける。
「構いません。お二人は今日が初めての参加ですから。少し休憩しますか?」
「いえ、すぐに済みます」
了承をもらうと、夏妃さんは隣に座る唯さんを見つめる。
「私も初参加の時、すっごく緊張しちゃって……。緊張は不安をどんどん生んじゃって、過去の失敗とかが次々と浮かんじゃう。そうなっちゃうとこういう場だとなかなか話せなくなっちゃうよね。だから……あっ、この後ろにある証拠品拝借します」
夏妃さんはテーブルの上にあったクマの被り物を唯さんに被らせる。
「っ!」
「はい、これで私たちからはあなたは見えなくなった。あなたからも誰も見えないでしょ。これで緊張もしないはずだよ。さあ、あなたが演じる人を、あなたが思う音無しずくを物語の舞台に上げてよ」
唯さんの緊張を解こうとしているのはわかる。
だけど、そんな視界を遮ったくらいでどうにかなるものなのか?
俺以外の参加者も疑問が顔に出ているが、夏妃さんだけは何か確信を持っているような自信満々な表情だった。




