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見た目も別人

 マダミスイベント当日。

 俺は朝から焦っていた。

 買い物等で出かけることはあってもいつも1人。

 誰かと一緒に出掛けたことなど最近の記憶にない。


 何を着ていこうかとまず迷う。

 こんな時妹と普通の仲なら気軽に聞いたりもできるが、生憎と会話すらままならない状態。


 仕方なく高校生男子・服装・外出とネットで検索し、自分の持っているラフな服から選んでいく。


「ううっ、もうよくわからない……えっと、この紺のシャツにジーンズでいい、か……やべっ、もうこんな時間かよ」


 そんなことをしている間に待ち合わせ時間は迫って来ていて急いで家を出る。


 待ち合わせ場所はいつもの最寄り駅の広場。

 家から走ってきたこともありまだ時間にはなっていない。

 何とか間に合ったようだ。

 あたりを見回してみると、目を引く綺麗な子がいて道行くほかの人と同様に一瞬凝視してしまう。

 広場には年配の人が楽しそうに話しているだけ。

 どうやら唯さんはまだ来ていないようだ。そばのベンチに腰掛け、文庫本を読みながら待つことにする。


 しばらくすると声を掛けられた。


「あ、あのう、もしかして……」

「……」


 唯さんかと思ったが声が違う。

 顔を上げてみると、少し年上の美人がそこにいた。

 美容院にいったばかりなのか、少し明るい色の入ったレイヤーロングの髪型はすごく似合っていて整った顔立ちとマッチして、似合っている。


「あっ、やっぱり。ヒーロー発見。もうずっと君のこと捜してたんだからね。やっと見つけられたよ。先日はお世話になりました……」

「……」

「んっ、何その顔……ええっ! なに、覚えてないの。お姉さんショックだよ。ほら私がバック取られちゃって、君が犯人を捕まえてくれたでしょ」

「っ! ああ。あの時の……」


 忘れもしないそれは高校初日のアクシデント。

 ひったくりの現場に遭遇してしまい、反射的に体が動いて捕まえられたのはよかったけど、相手は何か格闘技でもやっていたのか、思いのほか抵抗されて制服も汚れたし口の中を切ってしまった。


「あれから大変だったんだよ。お礼も全然のまま君、近くの人に任せてすぐ行っちゃったし……っていうか、ケガしちゃったみたいだったけど、大丈夫だったの?」

「ま、まあ、俺も色々と大変で……」


 あの後の対応は今思えば大失敗だった。

 上手く立ち回ってさえいれば人気者とはいかずとも今よりはマシになっていただろうな。


「ってことでさ、ちゃんとお礼させて。お姉さん、何でもしてあげるからさ」

「何でも……」

「そう何でもだよ。例えば週に何回かなら手料理御馳走してあげるし、あっ、お弁当とか作ってもあげられる、よ。こう見えても家事は得意だからねえ。まあその辺の今後のお礼はともかくとして、まずは軽くお茶でも……」

「いや、でも、俺、いま待ち合わせしてるんです。だから気持ちだけを受け取っておきます」

「年下の癖に、なにお姉さんをあしらおうとしてるわけ……そういうわけにはいかないんだなあ。私、ちゃんと受けた恩は返すタイプだし。かといって待ち合わせかぁ……うーん、それじゃあさ、時間空いたときにでもここにきて。うーんっとサービスするから……」

「え、えっと……」

「ちゃんとお礼したいから! 時間のある時に絶対来てよ。絶対ね! 約束! 守らなかったら学校に押し掛けて、君のヒーロー話を教室で暴露しちゃうんだから」

「っ! は、はい……わかりましたよ」

「じゃあ指切りね」

「っ! いやいやそんなことまでしなくても」

「何指切りくらいで照れてるの……ほらほら……よしっ! それじゃあまたね」


 なんでこんな恥ずかしい目にと思いながら、こんな目立つ場所で指切りげんまんをさせられる始末。

 お姉さんは満足したのか、店名が書かれたカフェの名刺のようなものを俺に渡して笑顔を作り遠ざかっていった。


 名前を聞きそびれてしまったなあ。

 そしてなんだかあの人とのやりとりはすごく疲れたなと思いながら、再び文庫本に視線を落とす。


 少し読み進めたところで、おかしいことに気付く。

 前に待ち合わせしたときは唯さんの方が早く来ていた。

 今日もまた待たせちゃっていると急いできたのに、まだいない、なんてことは……?


 再度周りを見てみるけど、やはりいない。

 何かあったのかなと思っても、生憎と連絡先は聞いていなくてどうしようかと考えていると、俺の周りをさっき見かけた綺麗な子がうろうろとしている。


「……あの、何かお困りごとでも……」

「っ!」


 そんな風に声をかければ、その子はあたふたしだし涙目に。

 その反応には見覚えがあるけど、いや、まさか……。


「も、もしかして、唯さん……?」

「はい……」

「え、いや……気づかなくてごめん。でも……」


 気が付いてもらえないことが、ショックだったのか唯さんはううっと俯く。

 今日はいつもかけている眼鏡をやめてコンタクトをしているようだ。

 三つ編みにしている黒髪は縛ってはいなくて、小花柄のワンピースを着こなしている。

 めちゃくちゃ可愛い。現に道行く多くの男性は今も彼女に視線を向けている。

 わかってはいたけど想像を超えているほどの美少女が目の前にいた。


「ご、ごめんなさい……私、あんまり外出することないので、た、たまにはと思ってこんな格好で……ゆ、唯です」

「ほんとにごめん……あ、あのさ、いつもは何か理由があって変装でもしてるの?」

「えっ、変装……あ、あの、そ、そんなに違いますか?」

「うん、別人みたいで。普段とのギャップが……あっ、でも、その、か、かわいい、です。お世辞抜きで」

「っ! きょ、恐縮です」

「……」

「……」

「い、行こうか」

「そ、そうですね」


 マダミスイベントが行われるのは、数駅離れた新幹線の乗り入れもされている開けた市だ。

 駅前の開発も進み、駅のすぐそばに電気屋やデパート、アニメの専門店などがあり、平日でも大勢が利用している。


 俺の目が特別扱いしている感じじゃないようだ。

 唯さんは電車内でも男子の目を独り占めしていた。

 そりゃあそうだよな。もはや見た目で隠せない魅力を解き放っている。

 だが当の本人はあまり気にしているそぶりはなく、車内では昨日プレイしていたマダミスの物語について熱く語り、ほかには、


「あの、さっき話していた人って……」

「ああ、あの人は入学初日に、なんていうか助けた人だよ」

「そ、そうですか……」


 あれ、あの現場を唯さん見ていたわけじゃないのかな。

 てっきりそうだと思っていたんだけど。


「ねえ、前に言ってた灰色の脳細胞のことだけど……」


 俺がそう言いかけたとき、電車が目的の駅へと到着した。

 俺たちはそのまま会場へと向かう。


 駅前ビルのいくつかのフロアでマダミスを運営しているらしく、週末にはこうやってときたまイベントを催しているようだ。

 ほかにもオフラインのイベントはいろいろとあるようだが、今回俺たちが参加するのは屋内型のもの。


 受付を済ましてフロアに入ると、すでに何人かの参加者が集まっていた。

 同年代らしきこれまた目を引く美少女もその中にいる。

 俺たちに気付くと、その子は躊躇いがちに俺たちのそばへとやってきた。


「や、やっほい……」

「や、やっほい……?」

「あはは、ちょっと癖になりそうな挨拶でしょ……ねえ、二人も参加するの?」

「は、はい……」


 小顔にすらっとした細身の体系、スタイルがいい女の子だ。

 髪はストレートミディアムでつやがあり、季節感を演出しているかのように水色のニットワンピを着こなしている。

 モデルさんなんじゃと思ってしまうほど、本当にスタイルがいい。

 日に何度もこのレベルに遭遇していいのかと心配なる。

 まあ唯さんは見た目が違うだけで初めてというわけではないけど。

 その唯さんは見知らぬ人におびえているのか、いつの間にか俺の後ろに隠れるようにしている。


「私、蒼井あおい夏妃なつき。高1です。よ、よろしく」

「え、えっと俺たちも高1で。オフラインのイベントは今回初参加で……」

「やっぱり。同世代の子だぁ。しかも二人も! 仲良くしてくれると嬉しいなあ……あっ、ごめんね。また後で」


 夏妃さんは挨拶を済ませると、軽く手を振ってスタッフさんらしき人のもとへ駆け寄っていく。

 声が透き通っていて、笑顔だからか話すのがなんだか心地いい。

 あんな子がクラスに居たら、さぞ人気者だろうな。

 唯さんの妹の舞さんとはちょっと違う明るさと雰囲気がある子だなと思う。


「唯さん、緊張してるの? 大丈夫……」

「は、はい……知らない人が多くて……オフラインイベントって、こ、こんな感じなんですね……」


 もともと人見知りなのだろう。

 いつも以上になんだかきょろきょろあたふたとしている。

 本人の言葉とは裏腹にあまり大丈夫ではなさそうだ。

 俺も見知らぬ人を何人も前に緊張しないといえば噓になる。

 だがそれよりもオフラインのマダミスが楽しみすぎて感情が高ぶっているのを自覚していた。


「唯さんなら大丈夫だよ。一緒に楽しもう」

「は、はい……」


「それではお時間になりましたので、ご参加の皆さんはキャラクターシートをお渡しするので、お名前を呼ばれたら取りに来てください」


 いよいよ始まるようだ。

 緊張が解けない唯さんを横目に、俺はどんな事件でどういうキャラを担当するのかワクワクしてきていた。

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― 新着の感想 ―
ひったくりに対して咄嗟に身体が動いたまではいいとして、なんだかんだで単独制圧してるのは強すぎて驚きますね。物語の探偵にあこがれて身体を鍛えていた時期があったのかなと想像が膨らみますね。
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