放課後は2人で
放課後になり、帰宅や部活に赴くクラスメイト達をよそに、俺たちは学校のすぐそばにあるコンビニへと向かう。
そこで飲み物とお菓子を買い込み、唯さんと一緒に空き教室へとやってきた。
「なんだか学校でお菓子やジュースを飲みながらゲームするって、いけないことしてるみたいですね」
「言い出しっぺが何を言う……」
授業や勉強じゃないので、なるべくリラックスして楽しみましょうということで飲食をしながらのプレイは唯さんから言い出したこと。
唯さんが真面目な生徒という印象は俺も持っていて、その提案はちょっと意外だった。
「だ、だって、お菓子とジュースですよ。何かちょっと特別な感じしませんか?」
「たしかに、休みの前の日とか暴飲暴食しながらアニメや映画を見るのは至福を感じなくはない」
「ほ、ほら、樋口君だって同じじゃないですか……」
ちなみに空き教室を使用することはいつの間にか担任に許可をもらっているらしい。やはりそういうところは真面目だ。
雑談しながら向かいあう形で席に座り、スマホを取り出す。
マーダーミステリ。通称マダミス。
元々は、欧米でディナーパーティゲームとして親しまれていたものらしい。
それが進化してボードゲームとして確立し、日本でも人気が出てきたということみたいだ。
「マダミスは推理小説の登場人物になれるゲームです。プレイ前にキャラクターシート、えっと、その人物の性格、生い立ち、事件前後の行動、記憶が配布されて、参加者はそのシートを元にそのキャラを演じて議論に参加して真相を解き明かすことに挑戦していくんです」
「ちょっと調べたけど、キャラごとにミッションがあるんだろ?」
「そうですね。そのキャラの目的つまり、何らかのミッションを持っていることが多いです。例えばほかの参加者が家族で、兄弟だとバレちゃだめとか、最後まで隠しとうして館を去りましょう。みたいな感じです」
唯さん、いつになく饒舌だ。
なんだか熱量がいつもと違う。
気を使わなくてもいい相手と認識してくれているならなによりで、本望だ。
対する俺も彼女に対しては口ごもったりせず素直に言葉が出てくる。
これが初めてでもないし、もう幾度も話をしているからかもしれないな。
「……ということは、犯人は犯行を隠してるのはもちろん、ほかの参加者もミッション遂行のため議論しているから、真相を解くのが一筋縄じゃいかなそうだな」
「そうなんです。どの登場人物も一癖も二癖もあって、自分じゃないほかの人になっている気がして面白いんですよ」
「自分じゃない他の誰か、か……」
「早速やってみましょうか」
「うん……」
参加人数が少なくプレイ時間が少なめの事件をスマホの画面とにらめっこしながら選ぶ。
これがいいかな、こっちも面白そうですと悩むこと数分、
『偶然居合わせた二人』
というシナリオをプレイしてみることになった。
目安のプレイ時間は1時間ほどとなっている。
☆銀行強盗が起こり、警察が到着した時には、犯人を含め3人が殺害されていた。
その場に居合わせていたのはジョンとベッキー(俺と唯さん)。
なぜ3人は殺害されたのか? 誰が3人を殺したのか?
あなたたちは事件の一部を目撃している。
2人の記憶をもとに、事件の真実にたどり着こう。
☆目的、事件の真相をすべて解き明かすこと。
あなたたち自身が犯人という可能性もあります。
俺が演じるのはジョン。
ジョンのキャラシートを見れば、文字がびっしり。
先ほど唯さんが言っていた通り、生い立ち、どういう性格なのか、事件当時の記憶。ミッションもやはりあるようだ。
それを10分間でできる限り覚え、ジョンになりきって物語を進めないといけないらしい。
隣を見れば、唯さんは真剣なまなざしで画面に目を落としている。
キャラになりきって、か。
それってもしかしてゲーム内で俺が謎を解いても誰も不幸になることはないのでは……そう思えばワクワクしてきた。
「今から私たちは物語の登場人物です。緊急なことがない限り、リアルでのやり取りはなるべく避けた方がより楽しめると思います」
「そっか、そうだね……わかった……えっ?」
そう頷くと、唯さんはスイッチを切り替えたように、雰囲気がなんだか変わった気がした。
まるで舞台に上がる女優さんのようだ。
素人の俺、絶対足を引っ張りそうだぞ。
やがて時間になり、俺と唯さんが主役の物語が幕を開ける。
「も、もしもし警察ですか……銀行強盗が。場所は……ええ、大丈夫です。犯人、犯人は……」
「もう死んでるよ。と、とにかく急いで町中の~支店に来てくれ」
スマホで文字を打ち込みながら、物語が進んでいく。
小説を読んでいるときとは違う。
発する言葉一つで、打ち込む文字1つで、物語は微妙に変わってくるのがわかる。
俺と唯さんが紡ぐ二人だけの物語。
登場人物ということもあるのだろうけど、キャラをすごく身近で感じられる。
警察がすぐに到着し、犯人を含めなくなった銀行員の身元、生存している民間人の俺たちにこの事件の担当刑事が話を聞いてきた。
それが終わると、警察が事件の状況などを整理しているようで一度解放される。
「……」
「大丈夫ですか? まさかこんなことになるなんて」
「えっ、ええ……目の前で人が撃たれたので」
「よかったです。あなたが無事で……生き残った者同士、ちょっと事件を考察してみませんか?」
「そうですね。何か思い出すかもしれませんからね」
こうして俺たちは事件の出来事を整理しながら、その真相の解明をはじめた。
画面を見やりながら時々お菓子に手を伸ばし、登場人物になりきって時間を忘れ、物語にのめりこんだ俺たち。
やはり唯さんの立ち振る舞いというか、発する言葉はまるで別人で、これオンラインじゃなかったらもっとすごいことになりそうだなと思った。
途中で、キャラの所持品などを確認しながら、話が進みそろそろ制限時間が迫ってきた。
犯人が誰なのかを各自で画面に示すことに。
画面に映っている選択肢の中から選んで、その理由を記載する。
「「3人ともに犯人」」
唯さんと同じ結論に達してこの物語の制限時間となった。
エンディング後は参加者たちで感想戦というものがあるらしい。
自分たちが演じたキャラの物語を振り返る時間とでもいうのか。
「ひ、樋口君、事件の裏、キャラの関係性まで気づいたんですよね? い、いったいどこで? ちゃんと説明してくれないとむず痒くてもやもやしてしまいます。私をスッキリさせてください」
「そんな大層なことでもないんだけど、警備員が犯人を殺害してしまったのは、銀行内に万が一にも傷つけたくない人がいたからだと思ったから。つまりそれが唯さんが演じてたベッキーで、偶然居合わせてしまった生き別れた家族、なのかなって。なんか仕草なんかで」
「……気づいちゃったんですか」
「唯さんの演技が上手だったから。だから気づけたって感じだけど……ねえ、マダミスいつからやってるの?」
「っ! あ、ありがとうございます。えっと半年くらいでしょうか……これってもし、私、ベッキーが銀行に来ていなかったら」
「う、うん。おそらくその場での事件は起きなかったと思うよ。たられば、だけどね」
「そうですね……ジョンのミッションって何だったんですか?」
「ああ、それは……」
唯さんと事件の感想などを言い合い終わるころには、外がすっかり暗くなっていた。
「も、もうこんな時間……ど、どうでしたか、初めてのマダミスは?」
「すごかった! 本を読んだり映像を見たりするだけじゃ体験できないことを経験してるような。登場人物になるって、なんか気が抜けないし。発言一言で物語が動くし……それに、マダミス内なら誰かを傷つけちゃうこともないから」
「えっ……?」
「いや、ごめん……こっちの話。家に帰ったら違う物語をやってみるよ。もし時間が合うなら、また一緒に……」
「っ……はい、ぜひ、や、やりましょう……あ、あの、すごく気に入りましたか?」
唯さんはもう一度確認するように、聞いてくる。
「うん。気に入った、これ嵌りそうだ」
「な、なら、その、えっと……」
唯さんはなんだか恥ずかしそうに俯く。
「な、なに……?」
「オフラインのイベントが近々あるんです。私、前から興味はあったんですけど、一人で参加は……も、もしよかったら、一緒に参加しませんか!?」
「っ! そんなのあるのか。もちろん参加しようよ!」
こうして、唯さんに誘われる形で俺はマダミスオフラインイベントへ参加することとなった。
お時間を見つけてここまで読んでくださりありがとうございます。
次話からお出かけエピソードです。
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