いつもと違う唯さん
翌日、学校に登校するとさっそく皆川さんと唯さんに視線を送る。
まずは陽キャグループにいる皆川真理さん。
印象的なのは舞さんとの距離感だ。
「その髪型いいね、舞ちゃん」
「そうかな? 今日はちょっとウエーブ多めにかけてみたの」
「す、すごく似合ってるよ」
「ありがとう。真理」
昨日よりも舞さんとの距離は近づいている気がする。
いや、というよりも元の位置に戻ったという感じか。
それだけではなく、自分から積極的に話に加わろうとして以前よりも仲が良くなっている。
そんな印象だ。
表情も柔らかく、舞さんも強張ったりせずに自然体に映る。
きちんと話をしたのかもしれないな。
とりあえず心配することはなさそうだ。
唯さんの方はどうだろう。
「……」
「んっ……?」
一目見て普段とは違うことが分かった。
いつも唯さんは俺と同じく1人だ。
ぼッ―としている俺とは違い、唯さんは本を読んでいたり、授業の予習をしていることが大半。
というかそれ以外を見たことがない。
でも今は何やら熱心にスマホの画面を見やり、時折考え込みながら文字を打ち込んでいる。
それだけなら特に気にはならなかったかもしれない。
問題はその表情だ。
画面を見ながらたびたび自分の妹に視線を向けては、痛々しいくらい沈痛な顔になる。
よほどつらいのか、悲しいことがあったんだろうと察することは難しくない。
そのくらい見ているこっちの胸が苦しくなるそんな顔だった。
いつもの唯さんはあんなに悲しそうじゃない。
さらに気になって観察していると、次の休み時間には教室を抜け出す。
そしてチャイムが鳴っている最中にぎりぎりに戻ってきた。
明らかに普段の彼女と違う行動。
(おかしい……)
妹に話しかけて以来、それまでと違い教室でもやり取りを交わしていたはずなのに今日は互いにまだ一言も喋っていないのも不自然だ。
どちらかといえば唯さんの方が避けている感じさえする。
喧嘩でもしたのかと考えるのが普通だけど、唯さんは盗撮事件の真相を知る者。
そして被害者とこの場合評していいかわからないが、舞さんと近しい距離なのは言うまでもない。
唯さんに限って自分から話すとも思えないけど、何か聞かれたら真面目そうな彼女のこと。真相を隠しておけないんじゃないか。
そうなればなんで言ってくれなかったと責められるかもしれないし、隠していたことが原因で姉妹の関係に亀裂が入ることだってあるだろ。
「ああ、俺が推理してしまったせいでこんなことに……」
謝って済む問題でもない。
なんとか仲直りさせなければ、そうしなきゃ申し訳が立たない。
次の休み時間も唯さんはふらりと教室を出ていく。
俺も立ち上がり、見失わないように気を付けながら後をつける。
(えっ、そっちにある教室は……)
なぜか唯さんは美術室に入ったかと思ったら、すぐに独り言が聞こえてきた。
「どうして妹は隠しておいた秘密を知ったのかしら……ありがちなのは寝ているすきにスマホを覗き見したとかよね? 家族でもスマホの中は見られたくないし。もしあたしなら簡単には許せない……殺意に変わることも、かっとしちゃって殺しちゃうかもね」
「……っ!」
まるで唯さんとは別人みたいな物言いだった。
冷静だけど、どこか氷のように冷たく感じる。
ドアの隙間から覗き込めば、その姿も凍り付くようだ。
なんだろ、雰囲気すら違うようにも感じた。
唯さん、だよな……? 教室からつけてきたんだから間違いはないはず。
まさか二重人格ってわけでもないだろう。
舞さんとはまた違う印象なので、姉妹で入れ替わってるってこともない、よな……。
違和感が頭をめぐりながらも、様子見している場合じゃなかった。
「ご、ごめん。俺のせいで……」
「っ! えっ……ひ、樋口君。どうしてここに?」
開口一番、深々と頭を下げる。
「なあ、今ならまだ仲直りできるだろ。俺が間に入ってちゃんと説明するから」
「……な、なんのお話ですか?」
「妹との仲が拗れているんだろ……?」
「た、たしかに今の私の頭の中では姉妹の仲が拗れているって思ってますけど……あの、どうしてそれを?」
「わかってるなら、ちゃんと手を打とう。時間がたつと仲直りしにくくなるし。早いほうがいいんだ」
「……」
唯さんは瞬きを何度か繰り返し、そのうち小首をかしげたかと思ったら、じっと俺を見つめる。
「な、なに?」
「どうしてここに……?」
「唯さんの様子がなんか朝から変だったから。妹のほうを見てすごい悲しい顔してたし、いつもは授業の予習とかしてるのに、今日はスマホずっと見てるし。妹に事件の真相話しちゃって、それが原因で喧嘩でもしてる……そうなんだろ?」
「……ふっ、ふふふ……やだ。ほんとにすごい。そんなふうに組み立てたんですね……樋口君には私、敵いませんね」
俺の答えを聞いて、口元を緩めたかと思ったらお腹を押さえて笑い出す。
「ど、どういうこと……?」
「あっ、わ、笑ったりしてしまってすいません……た、たしかに舞を見て悲しくなりましたけど、たまたま姉役で妹が死んじゃっう物語をプレイしていたんです」
「…………はっ、姉役、プレイ?」
「誤解させてしまってごめんなさい……実はマーダーミステリをしていて」
「マーダーミステリ?」
「ご存じありませんか?」
「ありません」
ゲームの中の話ということだろうか?
自分で言うのもなんだけど、どちかかといえばアナログだ。
流行りものには疎いし、スマホも使えれば特にこだわりもないし。
ゲームとか、あんまりやらないからなあ。全然ピンとこない。
今度は俺のほうが目を細め小首をかしげているのを見て、唯さんは、
「プレイ中なのでルール違反かもしれませんが」
と、スマホの画面を見せてくれる。
そこにはキャラ名だろうか、数人の名前が記され、何やら事件の考察らしいやり取りが記されていて、今も更新していた。
「なんか進行してるね……」
「はい。事件はまだ解決していないので……」
「事件……」
「えっと、物語の登場人物になったつもりで事件の真相に迫っていくんです」
「っ! それは、なんていうか……お、面白そうだね!」
そんなものがあるとは初耳だったが、興味がふつふつと湧いてくる。
そんな俺の態度を察したのだろう。
「あ、あの、良かったら放課後一緒にやってみませんか?」
少し言いよどみながらではあったけど、唯さんは断る理由が見つからないそんな申し出をしてくれた。