冷え切った妹との関係
盗撮事件の謎解きにかかわってしまったその翌日の放課後。
俺は学校から帰ってくると自室に籠もりベッドに腰かけてミステリ小説を読んでいた。
小気味いいペースで3分の1ほどページをめくったところで、思案する。
「犯人は家政婦。トリックはあたかもドアが閉まっているように密室に見せかけた錯覚。動機はおそらく復讐かな。家政婦として働きだす前になにをしていたのか、序盤ではあいまいだったし隠しておきたいことがあったんだろう……」
顎に手を当てながら、導き出した解をつぶやくときにはしかめっ面になっているのを自覚した。
ラスト付近をぱらぱらと捲ってみれば案の定の結末。
「ああ……」
思わずベッドへと倒れこむ。
探偵役のキャラが立っていて魅力的だった。
すごく面白かったけど、それでも何か物足りない。
ベッドの周りには、同じように前半部分だけ読まれた本が山積みされている。
いつからかそんな褒められないことが習慣化されていた。
大きなため息をついてなんとなく部屋を見回す。
棚には、プラモデルがずらり。
説明書を読まずにパズルのように作成していくのが好きで最近はまっていた。
マイブームというやつだ。
他には漫画だったり、海外ミステリのDVDだったりが並んでいる。
壁に目を向けると、日本人メジャーリーガーのポスター。
連日のようにニュースで報じられるほどの活躍で、俺も常に記事や試合内容はチェックしている。
筋書きのないドラマとはよく言ったもので、野球は先の展開が読めず、戦略通りにいかないところが面白い。
窓の外を見ればだんだんと薄暗くなり始めていた。
そろそろ出かけるかと体を起こして支度を始める。
両親は共働きで、帰りは遅いため夕食は自分で用意しなければならない。
お小遣いとは別に食費代はいただいているものの毎日デリバリーを頼めないし、自炊も何度かしてみたのだが……。
炒め物一つとっても、調味料の分量、野菜の切り方ひとつで味や触感が変わり嵌りそうだった。
けど、台所での作業は問題がある。
いつ《《妹》》と鉢合わせするかわからない。
今はいい関係ではないので、なるべくなら避けたかった。
というわけで、スーパーの値引きが始まるタイミングで買い物に出かけるのが懐にも優しい。
今のところの最適解だ。
家から15分ほど歩けば、目的地のスーパーへと到着する。
隣にはドラッグストアもあって、日用品はだいたい揃う。
この時間は値引きになることを知ってか買い物客も多く、総菜売り場は大混雑だ。
今日はお寿司の巻物にしようか、カツのお弁当にしようか、幕の内にしようかしばし悩む。
結局、カツ丼を手に取り人込みから抜け出す。
半額で250円はお買い得だ。
翌日が休日なら夜更かしすることも考えて2個買うこともある。
値引きになっていたサラダも籠に入れた。
お菓子売り場を覗いてそろそろ会計に向かおうとしたところで、パン屋に併設された休憩所に友達連れの妹がいるのを発見した。
「っ!」
髪はショートボブにしてて、整った顔立ち。
性格は俺以外の前では明るく活発で異性にも人気があるだろう。
目立つのか、兄だからかなのか、由加が近くに居ればすぐに見つけてしまう。
向こうは気づいているのか、無視されているのかわからない。
知らんぷりを決めかねているのかもしれない。
さっさとこの場を去ったほうがよさそう空気だった。
「あっ、お兄さんじゃん。おーい」
「や、やめてよ……」
だが踵を返そうとしたところで、妹の友達に気付かれてしまったらしい。
無視するわけにもいかず、軽く会釈する。
「私、ここで帰ろうか?」
「べ、別にいいよ……一緒になんて絶対帰らないし」
俺と顔を合わせた瞬間に由加の表情はあからさまに曇っていく。
「うわっ、冷たいな……なに、喧嘩でもしてるの? 前はいつも一緒で超仲良かったじゃん。たしかもう一人すごくきれいな人もいて」
「っ! その話はやめて!」
その場を氷つかせるような冷たい表情と拒絶反応だった。
俺と鉢合わせしたばっかりに友人との仲が悪くなるのは勘弁してもらいたい。
もう一度軽く頭を下げて、この場から逃げるように遠ざかる。
スーパーの自動ドアを通り自宅へと戻りながら、つい昨日のことのようにも感じられる、忘れちゃいけない苦々しい記憶が蘇ってきていた。
幼馴染がアイドルをしているということを、その秘密を、謎を暴いてしまった件。
そのせいで幼馴染と仲が良かった妹との関係は、さっきのようになってしまったこと。
俺が好奇心で謎を解かなければこんなことにはなっていない。
不用意に解いて、それを公にすれば誰かが不幸になるんだと実感した。
すっかり暗くなった帰り道を歩きながら、今朝は問題なさそうだったけど、あれから時間もたっている。
本当に皆川さんは、唯さんは大丈夫かなと不安が一気に募っていった。