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敵う気がしない

 入学して以来いろんなことがあった。

 デビューに失敗しボッチになり、盗撮事件があったり、唯さんとマダミスを通じて仲良くなって、自分のトラウマから少し前を向けたり……。

 まあほんとたくさんのことがあったが、早いもので、高校1年生の1学期もそろそろ終わりを迎える。


 教室内も入学当初とはがらりと雰囲気が変わった。

 なにしろこのクラスには人気者が2人もいる。


 1人増えた人気者のおかげで、陽キャさんのグループはさらに明るく、楽しそうな話声が聞こえ、クラスの空気もそれだけでより陽気になっていた。


「唯っち、ついにあの水着を樋口君に見せるときが迫ってきたじゃん」

「な、なっ、なにを言ってるんですか!」

「せっかくの夏休み、思いで作りたいでしょ、プール、夏祭り、花火大会、イベントは盛りだくさん。その時に、その場に一緒に居たいと思わない?」

「そ、それは……」


 すっかりイメチェンが定着し、舞さんも動かなくなったことから人気まっしぐらの唯さん。

 グループ内ではこのところ茶化されているような感じだったけど、その表情は暗い感じは一切なく、むしろ楽しんでいる様子で、もはやフォローの必要はないだろう。


 男子からも熱い視線を浴びているけど、以前のようにしつこく言い寄られることもなくなっているようだ。


 ひょっとすると――


「揶揄うのはいいけど、お姉ちゃんをあんまり困らせるのはダメだからね」

「舞……」

「わかってるよ。でもこういうのは応援部隊必要でしょ……それにしても舞ちん、ほんとお姉ちゃんっ子だよね……」

「い、いいでしょ、別に……」


 もう一人の人気者、舞さんが助言や裏でフォローなどしてくれているのかもしれない。

 それにしても、なんだか唯さんと舞さんの距離間が一気に縮まっているように感じる。

 入学当初は随分と離れていたが、今はすぐそば、なんというか唯さんに甘えてるみたいに近かった。


 そこに、あの謎を解いたことが関係しているのかはわからない。

 だが目の前の光景を見るだけで、なんだか安心してしまう。



 そういえば昨夜、唯さんからメッセージが来ていた。



『樋口君のおかげで、舞と今まで以上に仲良くなれた、気がします。

 同じクラスに樋口君がいて本当に良かったです。

 え、えっと、それから、その、舞には気を付けてください。

 いえ、その、気を付けるというのは、やっぱり注意しなきゃいけないとかじゃなくて、いえ注意はしてほしいんですけど……。

 樋口君へのお詫びに、お弁当を作るとか言い出しかねないので。

 そ、その、手作りのお弁当が食べたいって言っていた気がします。

 もし今も変わっていないなら、わ、私が!

 いつも作っているので、負担とか全然ならないので。


 す、すいません。寝る前にちょっと妹と話をしていて不安になってしまい、こんなどうでもいいことを。口下手なので、こういうことは直接言える自信がないので、ご検討いただけると嬉しいです。

 もうすぐ夏休みですね。

 マダミスのイベントなどにまた一緒に参加したいです』



 唯さんにしてはやけに長文で、送られてきた時には少し驚いた。

 寝る前だったので、あまり考えが及ばずに手作りのお弁当に飢えていたこともあり、お願いしますと飛びついてしまったが、いいのだろうか?

 本当に作ってきてくれたら、その時は何かお礼を考えないといけないだろう。


「仲がいいね。あの二人……」

「えっ、ああ……姉妹は仲がいいに限る」


 窓によりかかるようにして、クラスの人気者2人を眺めていたら、菊地が傍に寄ってくる。


「そういえば敬大君、僕がいい人ってなんで思ったの?」

「ああ、それ言ってなかったっけ……最初に話をしたとき、お前は唯さんのことを変なあだ名じゃなく、周りに流されずちゃんと佐久良さんって苗字で呼んでいたから。いいやつ、だって思った。ただそれだけだよ」

「そういうこと……僕は君みたいに女の子を名前で呼べないからね」

「っ! あ、あのなあ、お、俺だっておいそれと名前呼びなんてしねーわ」


 と言っては見たものの、唯さんと舞さん、それに夏妃さんまで俺は名前で呼んでしまっていた。


「おいそれとねえ……」

「な、なんだよ……苗字より名前で呼ばれた方が嬉しいだろが。お前だって俺を名前で呼び出してるじゃないか、勇也」

「僕は敬大君ともっと親しくなりたいし」

「……同性に言われてもあまり嬉しくはないが、まあ、その、ありがとう」


 そんな話を男子2人でしていたら、陽キャさんたちのグループがこっちに近づいてくる。

 その先頭は唯さんで、なんだか背中を押され、顔は熱でもあるかのように真っ赤になっていた。


「ひぐっち、なんか唯っちが話があるってさ」

「えっ、う、うん……」


 唯さんはなんだかもじもじしている。


「あ、あの、け、敬大、く、くうん」

「っ!」


 その声は緊張に満ちていた。

 苗字呼びから名前呼びに切り替えるってわりとタイミング難しいのを知っているし、名前で呼んでくれようとしたことが何よりうれしい。


「そ、その夏休みのご予定は、い、いかがでしょう?」

「えっ、夏休み……基本的に家でゴロゴロしてると思うけど……」

「ならその、どこか一緒に、で、出掛けませんか! その、み、みんなでも……」

「……」


 マダミスのイベント、とかかな? いやそれならメッセージで昨夜聞いてるし。

 んっ、みんな……。

 さっき何か夏のイベントがどうとか話していたなあ。

 陽キャさんのグループに入るのは忍びないけど、また名前で呼んでくれている友と一緒なら平気だろ。

 なんにせよ、断る理由がない。


「あの……」

「ああ、うん……その、よろしく」


 唯さんの恥ずかしそうな顔を目の当たりにして、俺も恥ずかしくなり心臓がどきどきしてきた。

 俺の返答を聞けば、不安そうな表情がぱっと明るくなる。


 その顔を見るだけで、心を奪われてしまいそうだ。


 ああ俺は、唯さんには敵う気がしない。

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