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学園のアイドル「じゃない方」の女の子と友達になった俺は、彼女の見た目が偽装であることを知っている  作者: 滝藤秀一


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大好きだから

 その日の放課後。

 部活に所属していない生徒はとうに下校していて、校内は静けさに包まれている。

 そんな中、あたりを警戒しながら下駄箱へ近づいていく女子生徒が一人。


 俺たちは気づかれないよう遠くからその様子を眺めていた。

 足跡を殺しながら近づき、下駄箱に何かを入れようとしたとことで声をかける。


「想定とは違う、予想外のことを前にすると、誰でも冷静さを失いがちだ。焦りが生まれ、感情的になればなるほど、普段は気づけるものでも感づかなくなる」

「っ!」

「唯さんがまたイメチェンするとは全く思わなかった、でしょ」

「……樋口君……お姉ちゃん……」

「舞、やっぱりあなたが動いてたんだね」

「……」

「ここじゃ誰か来ちゃうかもしれない。ゆっくり話が出来る場所に行こう」


 俺の提案に舞さんは静かに頷き、以前にも何度か使っている空き教室へと移動する。


 舞さんは観念したように肩をすくめ、


「ねえ、お姉ちゃんどうして……? 私の行動に不信を持ってて、誘いだそうとしたところまではわかる。けど、どうしてあそこで、下駄箱で待ち伏せ出来るの? 何かするなら教室だって……」

「そ、それは樋口君が……」

「今日の出来事は全部舞さんを誘うための俺たちが仕掛けた罠だ。イメチェン後の唯さんの姿を見れば、舞さんは動揺して必ず動くと思ってた。そしてその選択肢は3つ。1つ、唯さん自身に再度嫌がらせをしてもう一度元に戻す。2つ、舞さん自身が言葉でそのままじゃだめと無理やりに説得すること」

「……」

「1つ目はまた嫌がらせをするような人たちを生まなきゃならないし、たぶんもうそれ舞さんが望んでいないだろうなって思った。2つ目の説得をしなかったのは、決めたらやるって姉の割と頑固って性格を誰より知ってるから、言っても無駄になる。だから残った3つ目、もう一度イメチェンを後押ししただろう俺に矛先を向ける。そこから崩そうとするだろうって思って。そして頭に浮かんだはずだよ。最近の出来事で自分が恐れたことを、唯さんが誹謗中傷の手紙を入れられたことは気づいただろうし、だから同じことをってわけ」

「なるほど……ほんとに頭いいね。樋口君」

「舞さん、今度はこっちが聞く番だ」

「舞、どうして私のイメチェンを邪魔したの?」


 少し口をつぐんでいた舞さんだけど、しばらくしてからゆっくりと話し始める。


「お、お姉ちゃんが大好きだから」

「……えっ?」

「大好きだから、変なことが起こらないように守りたかった」

「変なことって……?」

「人のいいお姉ちゃんにはわからないかもしれないけど、目立つだけで妬む人も逆恨みする人もいる。異性だったら綺麗なだけで声をかけてくる。そこに耐性のないお姉ちゃんがいくら策を労しても結局は傷つくことになる。落ち込むことになるんだよ……でも、なかなか諦めてくれないし、樋口君は私よりももっといい策を講じてくるし、だからどんどんエスカレートしていっちゃって」

「で、でも最初は応援してくれてたよね……?」

「応援してたよ。寄り道の時、ナンパされるまでは……あれを見て、ああやっぱり危ないなって。元に戻れば色々考える必要も策なんて練る必要もないから。ずっと戻ってって思ってた」

「……本当にそれだけ? 他にもなにかあるんなら、ちゃんと全部吐き出して」

「……わ、私、本気になったお姉ちゃんには勝てないって思いもやっぱりどこかにあったのかもしれない……」

「勝てない。舞が私に……? な、なに言ってるの?」


 唯さんは心底驚いたように瞬きを繰り返す。

 やっぱり舞さんは気づいていたのか。

 最初はダメでもコツをつかみさえすれば、唯さんが別人になることを。

 それは何もマダミス内だけのことじゃないからな。


「小さいころから負けっぱなしだもん」

「そんなこと……だって、スイミングも絵画もピアノも習字だって、私、舞に追いつけたことなんて……」

「それは……お姉ちゃんがコツを掴んだ瞬間に、私の方が飽きた振りしてみんな辞めてたからだよ」

「っ! そ、そういえば……もっとやりたいなって思ったタイミングで習い事みんな辞めちゃってる……」

「さすがお姉ちゃん……今の今まで気づかなかったなんて……中学のころまではお姉ちゃんがほんとはすごいこと知ってるのは私だけだった。でも今は違う……お姉ちゃんをちゃんと見て、その願望を応援して、自信のなかったお姉ちゃんを変えちゃうことが出来る人がいる」

「……」


 少し寂しそうな視線でなんだか俺の方を見ている気がする。

 そんな大層なことをしようとしていたつもりはない。

 ただ少しでも力になれるんなら、とは思っていたが。


「1回折れたのに、また元に戻るなんて、今までのお姉ちゃんじゃないもん……」


 薄っすらと溜まっていた涙が頬を伝い床に落ちていく。

 そんな舞さんに唯さんはゆっくりと距離を縮めて、ぎゅっと抱きしめる。


「ごめんね、舞。あなたが考えてることに、私、今まで気づかなかった。なんでもこなす舞がいつも羨ましくて、私は何をやってもダメで、同じことをするのも怖くなっちゃって……」

「そ、それはお姉ちゃんのせいじゃない……」

「うんうん、私のせいだよ。ちゃんと舞に話をしていれば、思ってること言ってくれたでしょ。悩みも、つらい気持ちも、こうしたいって想いを話せなかった、相談できなかった私のせい」

「お姉ちゃん……」

「これからは悩みがあったらお互いなんでも話そう。普通の姉妹が出来ない相談でも、私たち双子なら出来ることもあるよ」

「で、でも、私、お姉ちゃんに……」

「うん、理由はわかったけど反省はして。特に……樋口君に結果として怪我をさせちゃったことを」

「っ! く、苦しい」


 唯さんは目いっぱい、舞さんを抱きしめている両手に力を込めた気がした。

 俺はそんな様子を苦笑いしながらただただ見守る。


「今回のことで一番迷惑をかけたのは樋口君なんだから。何かお詫びを……」

「そ、それだけでいいの……?」

「他に何することがあるの? ないですよね、樋口君?」

「いきなり振らないでほしい……ああ、ないね。必要ない。そもそも舞さんは裏で動いたって言っても、片思いをしている女の子の相手に声をかけただけでしょ。まあなびくような相手を選んでそうだけど、それを本気にした男子もそれで逆恨みする女子のどちらにも落ち度がある。そんな二人をフォローしてたらそれこそきりがない……俺へのお詫びも必要ない。理由もわかったし、それを聞いて唯さんが納得しているのなら俺からは何もいうことはないよ。二人の中が拗れなかったのを見れただけで十分だ」

「私、スッキリしました。ありがとうございました、樋口君」

「いやこちらこそ。いいものを見せてもらったよ」


 抱き合っている姉妹をもう一度目に焼き付ける。

 謎を解いたら関係が崩れてしまうと思ったけど、この二人にはいらない心配だった。

 ちょっとやそっとじゃ崩れない強い絆があるんだろう。


「目的は果たした。それじゃあ帰る」

「えっ、ま、待ってください。私も一緒に……ほら、舞。一緒に帰るよ」

「う、うん」


 俺が歩き出すと慌てたように二人もついてくる。

 なんだか舞さんのお姉ちゃん度合いが増したような、初めて見る光景のようで新鮮な感じだった。

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― 新着の感想 ―
敬大さんと夏妃さんの二人からナンパ対策を叩き込まれなかったら唯さんは確実に引っかかっていたことを考えれば、舞さんが無理矢理にでも元の格好に戻させようとするのは頷けますね。唯さんのイメチェンに関して一番…
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