秘密にしていたこと
4人掛けのテーブル席に俺は唯さんと向かい合って座る。
俺たちの隣には夏妃さんとGMである米沢さんが。
寄りにもよって、今回の目的はひた隠しにしている謎を晒すことと来ている。
(どうすんだよ、これ……)
全員が一度顔を見合わせると、一拍置いて米沢さんのナレーションで俺と唯さんの物語が始まる。
「妹を持つ樋口敬大と双子の妹を持つ佐久良唯。二人は高校で初めて出会いました。ですが二人には何やら人にはあまり言えない秘密がある模様。深く知り合うきっかけとなったのは、互いに関心がある謎解きが関係した出来事でした」
自分のことだけに、なんだか恥ずかしい気持ちもある。
まして俺が唯さんの役だし。
その唯さんは一度大きく息を吐くと、たちまち俺になりきり、鮮やかに舞さんへの盗撮事件を解決に導く。
きっかけはそれで、マダミスが俺たちを深くつなげて――
俺が演じる唯さんは、至る所で何人もの理想の人になりきり人気者の地位を得ていく。
だけど躓いてしまう。
それは唯さんに原因があるわけじゃない。
その理由は、確信がなかったためにある程度ぼかして夏妃さんの質問に答えた。
唯さんが見ている俺の資料に、そこがどう記されているのかはわからない。
だけど、異変を感じていくパートに移ったとき、何かに気付いたように唯さんは眼を大きく見開いたのを見逃さなかった。
ほんとにこの物語を進めてよかったのかと少し不安がよぎる。
だが立ち止まらずに二人で言葉を交わし、
「私、元に戻ります……」
唯さんになりきってそう俺が口にすれば、彼女が演じる俺は胸が締め付けられるような悲しい表情になる。
相変わらずすごい演技力だ。
そうか、俺、そんな情けない顔をしてしまったのかと錯覚を起こしてしまうくらい。
そして物語はつい最近の出来事まで進み、ここからは特に台本などはなく俺たちで進めなくてはならないらしい。
「「……」」
唯さんが演じる俺も、俺が演じる唯さんもしばし沈黙してしまう。
互いの劣等感や、トラウマを知り、成りきって演じたからこそわかってくることがある。
俺は唯さんが舞さんに対して劣等感を抱いていることは少なからず気づいていたし、その積み重ねにより自信を無くしていったことも想像出来ていた。
せっかく変わろうと勇気を出した唯さんに対して応援していたのに。
なのに、俺はあの程度のフォローしかしてあげられなかったんだ。
いや今はそれよりも。
唯さんについてより深く知れたことが大きい。
妹に対して思っていることもちゃんとわかることが出来た。
元に戻ってしまったことで、舞さんに対して勝てないって想いが積み重なったのがいまだ。
元に戻るってあの言葉は、元の姿はいわば武装、防御力を高めているようなもの。
自分に自信のない唯さんが、妹が勧めた地味な姿を着飾って、本来の自分を偽装している姿なんだ。
何をしても目立つ妹に対し、垢ぬけてもどうせ勝てるわけもなく、結果的に頑張ってみたものの、今回も俺や夏妃さんが助けてくれたのに、妹にはそんなこと起きないのに、トラブルがいろいろと起きて折れている。
自分は何をしたって無理なんだって、今回の件でまた強く思ってしまっているんだ。
その気持ちは痛いほどわかる。
唯さんを知れば知るほどに、心が痛く苦しくなって、唯さんでなくたって諦めちゃうだろう。
(でも、それでもやっぱり俺は……)
だからといってどうすればいい。
変わろうと行動してきた最近のことは何一つ間違っていないと証明したい。
探るように唯さんを見ると、目が合い、
「本当は裏で糸を引いているのが誰なのか、最初から気づいてたんだ……」
俺を演じる唯さんが先制パンチのように、言い放つ。
その突きつけられた言葉に思わずドキッとして動揺してしまう。
最初から気づいてたって、それって気づかないふりをしてたってことか。
たしかに目を背けていたのは確かだ。
幼馴染のことを暴いてしまった件から、俺は妹との関係も冷やしてしまった。
だから今回も底を踏み込んでしまったら、姉妹の仲が拗れてしまうって無意識に思って行動して気づかないようにしてしまっていて……。
いやいやいや。
「そんなわけないじゃないですか……もしそうなら、樋口君は言ってくれるはず……」
「言えるわけないよ。そうするしかなかったんだ」
唯さんになりきり否定してみるものの、自分になりきっている彼女には全く通用しない。
どうやら完全に妹が関わっているということに気付いてるようだ。
そして俺のトラウマもちゃんと把握した上での言葉。
目的は、同じなのか……。
こうなったらしょうがない。
唯さんになりきっている今だからこそ、気づいていることを、俺の目から見て彼女が秘密にしていることを曝け出そう。
「それなら、私も言わなきゃいけないことが……ほんとはもう偽装はしたくないんです。わ、私だって……」
「っ!」
「ずっと思ってました。だから学校ではない、マダミスのイベントの時に……その偽装をいったん解いたんです。舞はそこにいないから。私がどんな格好をしていても、比べられる心配がない、からです」
「そ、そうなの……」
唯さんの反応を見る限り、それは事実の様だ。
互いに隠していたことを公に晒されて、困惑しながらも相手の気持ちを汲みとってみる。
すると、心につっかえていたものがすうっと浄化されていくような、そんな感じがした。
唯さんも俺もそれからは言い合うように、思っていること全部を言葉にする。
傷つけてしまうかもしれない、でもきっとこういえば大丈夫だって根拠は薄いだろうけど、ここまでの短期間での関りが信頼となっている気さえした。
そして、唯さんは俺が思っていることを自分に向けて言い放つ。
「唯さんが一番自分をわかってるはずだよ……」
「っ! わ、私だってもう元に戻りたくはないです。でもそうしないと周りにご迷惑を、あれ以上は……もう……」
相手になりきって思っていることをその胸の内を互いに吐き出す。
唯さんの言葉は、本当に俺が思っていたことで、吐き出されるたびに心に響く。
もし、唯さんの方も同じ気持ちなら、もしかしたら……そう思わずにはいられない。
「せっかく変わろうとしたのに、それを途中で諦めたら今までと同じじゃないか。唯さんが覚悟を決めれば……」
「その言葉そっくりそのままお返しします。過去のトラウマに縛られて、謎を解いたらどうなるか心配で出来ないなんて樋口君らしくありません」
「「……」」
両の手に力が入る。
唯さんと目があい、視線を逸らすことなく、しばし見つめあう。
それだけで、何を言おうとしているかは痛いほど伝わってきた。
だから確認の意味を込めて、同時にGMさんと夏妃さんの方を見る。
2人は安心したように、表情を緩め、力強く頷いてくれた。
「ほんとにいいんだね? 俺がその、この謎を解いても……」
「私なら大丈夫です。真相を解き明かすのは探偵の定めです。一緒にこの謎を解きましょう!」
自分に戻って、一番聞きたかったことを、思っていることを言葉にする。
唯さんも気持ちは一緒だった。
その覚悟をちゃんと受け取れば、今まで燻っていた感情は綺麗に浄化された気がする。
もう迷わないで済む。




