相談
学校に戻ってきた時にはすでに下校時刻となっていた。
病院で診察が思いのほか待ち時間が長くかかってしまったからだ。
教室に鞄を取りに行けば明かりはついていたが、テスト前ということもあり他の生徒はすでに下校したあと。
スマホを見れば唯さんから、
『先に帰ります。お大事に。すいませんでした。そしてありがとうございました』
そんなやけに端的な文が送られてきていた。
自分の席に腰掛け、なんとなく窓の外を眺める。
すっかりと陽が伸びてきたようで、俺の心とは裏腹にまだ外は明るい。
「なんだかおかしなことが立て続けに連続していた。あれはいったい……いや、今更考えたところでどうにもならない、か……」
唯さんの元に戻りますという言葉が脳裏によみがえり、胸が苦しくなる。
結局俺は何の役にもたってない。
全然フォローも出来なかった。
どうしてこんなことに……。
思わず天井を仰いだところで、
「鞄があったから戻ってくると思ってたよ」
「……菊地、まだ帰ってなかったのか」
「一緒に帰ろうと思ってね。大丈夫……?」
「ああ……毎度やることがイケメンだよなあ。その、唯さんは……?」
「妹さんと一緒に帰ってたよ。それからあんなことをした女子生徒たちは毎日掃除するよう言われてたみたい。反省の色はあるってことだったけど、どうしてああいうことをしたのか、その点は的を得ないみたいだね」
「そうか……」
教師相手でもおいそれと理由は明かさないだろう。
反省の弁を口にすれば、あとはのらりくらり交わせる術はあるはずだ。
声をかけてくれなかったら、しばらく席に鎮座していたかもしれない。
ため息が出ながらも鞄を持って、菊地と共に校舎を出る。
テスト前でいつもとは違い、誰も使っていないグラウンドを横目に校門を抜けた。
「樋口君のけがの程度は?」
「ああ、軽い打撲だってさ。このくらいならテスト受けるには全く支障はなさそうだよ」
腰には湿布薬を張られ、腕は血も出ていたこともあって大げさに包帯を巻かれてしまったが、明日には大きいばんそうこうでいいだろうってことだった。
「それはなによりだね……ごめん、こんな時に……僕、タイミング悪いよね」
「そんなことはないだろう。待っててくれて、よかったよ。今日一人で帰るのはちょっと、きつそうだったからな」
「あっ、いや、でも……どうしても君に聞いてほしい話があったからだから」
「わかってるよ……昼間それっぽいこと言ってたしな。役に立てるかはわかんないけど何でも聞くぞ」
「それじゃあ立ち話もなんだから……」
昼間の言葉を真に受けているのか、菊地についていくと、駅前にあるバーガーショップへと入っていく。
食欲はあまりなかったけど、シェイクと共に何か食べようよというのでポテトを頼む。ちょうどアニメとのコラボバーガーが発売されたからなのか、店内は混雑していた。
学生が特に多く、楽しそうにおしゃべりしている。
二人用のテーブル席がちょうど空いていたのでそこに腰かけ対面する形となった。
「なにかほかに頼みたいものがあれば……」
「そこまでサービスしなくていいって。で、話ってなんだよ?」
「バスケ部のことなんだけど……」
「ああ、ちょうど今予選の真っ最中じゃなかったか?」
「う、うん……一応スタメンで出てはいるんだ」
「そりゃあ知ってる。女子たちが話してるのを耳にしてるからな……」
「いるんだけど……」
その先を言いよどむ菊地を察し、ポテトをつまみながらその背景を想像して考えてみた。
「3年の先輩にでも、スタメンを譲るつもりか?」
「っ! ど、どうして……?」
「簡単なことだ。結果を出してないから、悩んでるって相談をお前がするとは思えない。仮にそうなら練習して次の試合で結果を出そうとするだろ」
「そうだね。そうすると思う」
「自分だけのことじゃないからお前は悩むんだ。いいやつだしな。自分じゃない他の人のことを考えちゃうのはわかるよ」
「敵わないなあ、樋口君には」
以前に唯さんに同じようなことを言われたのを思い出し、眉間にしわが寄る。
「……その台詞はちょっと特別なんだ。だから今から禁止な」
「どうしてさと言いたいけど、なるべく覚えておくよ。話を戻すと、三年生にとっては最後の大会だからね。実力もそこまで大差はないんだよ」
「それならお前なら相談なんてしなくても……」
「えっと、その、先輩以外の3年生になんどか呼び出されてね、今年は譲ってあげてくれないかって。今年入ってきた1年がいきなりスタメンで、頑張ってきた3年生が控えに回ることになって、なんていうか部の雰囲気も悪くなって」
「なるほどなあ。本人以外の3年生に裏でそういうことを言われると悩むし、せっかく試合に出れるのに先輩を差し置いてって雰囲気なら居心地も悪いよな……んっ……?」
本人以外が裏で……っ!
「どうかしたのかい?」
「い、いや、なんでもない……」
何か引っかかっていたものが全部繋がっていくような、そんな気がした。
「その当人の3年生も僕のスタメン起用に納得はしていないみたいでね。直接嫌がらせとかされてはないんだけど、態度とかでなんとなくはわかるから」
だから菊地は相談してきたのか。
その根底にあるものが話を聞いていてぴんっと来た。
「実力に大差はないっていったけど、それでも差はあるんだろ?」
「っ!」
「そして、お前は《《本当》》はスタメンを本心では絶対に譲りたくない」
「っ! そ、そりゃあ僕だって試合に出たいからね。そして勝ちたいんだ」
「ならことは簡単だ。監督以外の納得していない全員にお前の実力を認めさせればいい。バスケ部は強豪校だ。上手い奴が試合に出る、監督はそう考えてるからお前をスタメンにしたんだろうし、控えの部員だって本音では全国に行きたいはずだろ」
「そうだけど、それどうすれば……?」
「そうだなあ……みんなが見てる前でその先輩と試合してみたらどうだ? ワンオーワンでも、勝った方がレギュラーってわかりやすい局面を作れば、誰も文句は言えないし、上手い奴が勝ってそいつがレギュラー、見事に問題は解決。まあそううまくはいかないかもだけど、少なくとも今より状況は好転するだろ」
「う、うん。そうだね。樋口君の言う通りだ。監督にそう進言してみるよ。ありがとう。君に話を聞いてもらってよかった」
「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。話していて、最近感じてた違和感の正体がなんなのかがはっきりとわかった」
「えっ……」
驚く菊地をよそに、俺は頭の中で最近の出来事を振り返っていた。
「……」
「でも、わかったのなら、どうしてそんなきつそうな顔を……」
「わかっても、どうすることもできないことはある。俺はこの謎を解いちゃいけないんだ……」
菊地相手だからか、つい苦しい胸の内を気が付くと少しだけ吐き出していた。




