強化した対策の成果
金曜日の朝。
この日は、学校までの登校時から何かいつもと違う。
道行く生徒のほとんどがこっちを見ている、そんな感じだった。
唯さんだけじゃなく、夏妃さんもいる状況だからあり得るといえばあり得る。
だけどそれは昨日までも一緒だ。
だからなおのこと疑問が生じる。
「夏妃さん、今日発売のグラビア雑誌にでもドカンと載ってたりする?」
「載ってないけど。それにあたしが載るのは中高生向けのファッション雑誌」
「そう、なんだ……」
「ちょっと、その全く興味なさそうな反応はいただけないわね、敬大君。そりゃあ男の子をターゲットにしているわけじゃないけど、姉妹がいるなら勧めてくれてもいいんじゃ……って話聞いて!」
「今は興味ないよ……」
あてられる視線を眺めながらも本心で答える。
「もう……来月出る号は、結構いい写真撮れてるから、発売日前に連絡するね……はあ、全然聞いてなさそう……人がせっかく雰囲気和らげようとしてるのにさ……たしかになんかいつもより見られてるわね」
「……」
「昨日、何か目立つことしたとか?」
「いや、把握している限りではなにも変わらなかったと思うけど」
対策を強化したものの、まだそれをお披露目していない。
そのくらいしつこく言い寄ってくる男子生徒も影を潜めていた。
「唯ちゃんはどう? 何か見られるような心当たりある?」
「い、いえ、そんな……私も夏妃さんが雑誌に載ったのかなって思いました……」
ほらみろと夏妃さんの方を見れば横っ腹を結構強くつねられた。
校舎まではそんな調子で、ここ数日とは違いより注意しないとと思う。
「くれぐれも気を付けてね。二人とも。何かあったらいつでも連絡して」
「おう」
「はい」
いつもと違う空気から夏妃さんも真面目な顔で俺たちに注意を促すと、自分の教室へと遠ざかっていく。
俺たちも教室に入り、朝練から戻ってきた菊地と話をしていると、そこへ登校してきた女子が、
「佐久良さん、廊下にいる男子が呼んでるよ」
「わ、私ですか……」
「うん、唯さんの方だって」
「は、はい……」
舞さんが牽制したのにも関わらずまた呼び出し。
たしかに唯さんは可愛いし、すでに人気者で、学園のアイドルとも言われている舞さんと比べても何らそん色はない。だけど……。
「唯さん、その、断るのなら、もう1回だけこの前の舞さんがやったように」
「はい。大丈夫です……練習もしたので」
唯さんは気負うことなく笑顔で頷く。
その魅力的な表情を見てふと思う。
俺と夏妃さんが立てた作戦は断るのが前提での話だ。
もし唯さんがこの人いいなあ、カッコいいなと思う人がいたら、この作戦は当然無しになる。
想いを告げられて嬉しくないと思わない人はいないだろうし、この人ならっていう男子もいつかはめぐり合うかもしれない。
ふとそれを想像したら、胸が途端にざわつきだす。
朝の呼び出しは事なきを得た。
だがこの日は、休み時間になると男子生徒がいつもより多く集まっている。
その中には学園のアイドルと呼ばれている舞さん目当ての人もいるだろう。
「あの黄色いリボンつけてる子だよ」
「うわっ、あんな子から声かけられたのかよ……」
「マジでかわいいじゃん、あの子」
だけど、その大半のお目当ては突如現れたサラブレッドのごとく、偽装を解いた唯さんであることは会話を聞けば一目瞭然だった。
授業が終わるごとに、廊下に集まる人は増えていき昼休みを迎えることには――
教室のドアをのぞき込む男子生徒の多さにクラスメイト達は出入りするのすら一苦労な感じだった。
「また随分と集まっているね……」
「ああ、そうだな……」
菊地と共にその人だかりを眺める。
「こうなることを見越して先にパンを買ってきておくなんてさすがだね」
「たまたまパン屋さんの配送が来たみたいだったからなあ……お姉さんのお弁当、今日は鮭弁かぁ、俺もたまには手作りのお弁当が食べたいものだ……」
「……じゃあ姉さんに広瀬君の分頼んでみようか?」
「いや、さすがにお姉さんと面識のない俺のお弁当作りなんて頼めねーよ。俺はそこまで非常識じゃない」
こうやって何気ない話を菊地とすることにも慣れてきていた。
いいやつだと評価したのは間違ってなかったようで、気遣いもしてくれるし、傷つくようなことは言わない奴だ。
そんなところへ、
「唯っち、廊下の男子がね、なんか話があるってさ」
「は、はい……」
付き合う人の条件を提示して、2度断ったにもかかわらずこれか。
唯さんの人気ぶりは1生徒という枠を超えている気さえする。
実際のアイドルを間近で見たわけではないけど、もしいたら多分こんな感じなんじゃないだろうか。
まあそこを見越して対策は立てたわけだけど。
ちらりとこっちを見る唯さん。
もう披露しないとダメそうだと思い、首を縦に大きく頷いた。
「菊地、食べてる途中で悪いけど、ちょっと一緒に購買でも見てこないか?」
「……そうだね。僕もパン1つくらい買おうかなって思ってた」
唯さんから少し離れてついていく。
心配してないと言ったら嘘だ。
イメチェンしてからはずっと頭の片隅に上手くいってほしいって気持ちと共に不安や心配があって、それがどうしても消えない。
だが今はそれよりも、夏妃さんとの策でどうなるのかを見極めておきたかった。
「お待たせしました……佐久良唯です」
「あ、あの声をかけてくれてありがとうございました」
朝の登校中などに挨拶をした生徒だろうか。
言葉を交わした生徒全員を覚えているかと言われたら絶対の自信はないけど、この人は見たことがない。
菊地と教室を出て男子生徒を横目で見ながらそう思う。
無関係を装い、ゆっくりと二人から離れながらもそのやり取りに耳を澄ませる。
「い、いえ……それで私にお話があるとか?」
「その、付き合ってくれませんか!」
予想していたにもかかわらず、いざ近くで勇気がいるであろうそれを聞くと心がざわついて足が止まってしまう。
「樋口君、帰りに飲み物も買ってこよう」
「お、おお……」
そんな俺の存在を不審に思われないよう菊地がさりげなくフォローしてくれる。
「ごめんなさい。妹が言ったかもしれませんが、私、付き合う人は背が高くて、頭が切れて、優しい人って決めていて……」
「それって……」
「○○君です……知ってますよね。アニメも凄く人気ですし。彼に解けない謎なんて1つもないんです」
「知ってます、が……」
男子生徒は唯さんの熱量に若干引き気味な様子なのは聞こえてくるやり取りで分かった。
「ほんとにすごいね、彼女。いくつもの顔を演じられるというか……」
「あー、いや……今の唯さんガチな感じだぞ……」
「えっ……」
俺と夏妃さんは舞さんの条件をより具体的にしようとしただけ。
その中で芸能人や二次元を含め好きな人がいれば、それを相手に伝えればいい。
つまり具体的な人物の構築だ。
それならいますとちょっと恥ずかしそうに告げて、その直後唯さんが某アニメキャラを熱弁しだしたのだ。
その作品はミステリであり、ラブコメでもあるのだが、俺も心底好きなこともあって2人で熱く語ってしまったが、聞いている夏妃さんはちょっと引いていたかもしれない。
ちらっと後ろを振り向けば、興奮したように頬をピンクに染めた唯さんがいた。
引き気味の男子生徒に言葉をかけるなら、
「今の唯さんも可愛いだろうがよ!」
そんな感じだろう。
唯さんが申し出を断ったからか、先ほどまでのざわつきは嘘のように消え去っていた。




