さよならボッチ飯
舞さんが唯さんに対する嫌がらせを糾弾してからはや3日。
唯さんへの嫌がらせをこれ以上起こさないためか、舞さんが糾弾した相手がクラスで孤立しないためか、もしくは姉のことを良く思っていない相手がほかにもいるのかを聞き出すため、なのかはわからない。
わからないけど、舞さんは彼女たちに寄り添うように教室で話しかけている姿をよく目にした。
アフターフォローという言葉が正しいのかもしれないな。
それでいて一線は引いているようで、すぐにグループ内に入れることもせず反省させようとしているのか、
とにかくいい距離感で対策を講じている感じだ。
現にあれ以来嫌がらせのような行為はなく、実に平穏だった。
佐久良舞。
唯さんの妹にして、学園のアイドルのような存在。
どうやら彼女は俺では出来ないことを補える心強い子のようだ。
そんなことを考えながら入学以来ぼっちの俺はといえば、なんと前の席の菊地とお昼を一緒に食べるようになっていた。
それだけではなく――
隣の席の唯さんは陽キャさんの誰かと食べていて、コミュ力お化けの菊地は唯さんたちにも自然と話を向けたり、聞いたりするから必然的に4人でのお昼になる。
「うわっ、菊地君のお弁当、色合い綺麗でおかずがすごい!」
「……」
中身を見ればご飯の上にそぼろと卵ほうれん草、ベーコンとジャガイモの炒め物、あとはウサギりんご、か。
たしか昨日は生姜焼きに卵焼き、それとウインナーとミニトマトだったか。
「お母さんお料理上手なんだね」
「あっ、いや、これは母親じゃなくて……」
「えっ、まさか自分で作ってるとか」
「えっと、それも違って……」
「作っているのはお姉さんだろ」
なかなか言わない菊地をみて、つい言葉が出てしまった。
悪い癖だ。
「っ! そうだけど……樋口君、姉がいること話したっけ?」
「いや話してもらってない」
「じゃあなんで……?」
その答えを待ちわびているかのような視線に観念し、推測をそのまま言葉にする。
「この前の調理実習の時、お前は女の子に頼っていた感じだったからな……あれが演技でないのなら、料理は自分では普段しない、もしくはさせてもらえない。お父さんが料理人でないなら作る可能性も低いだろうし、もし作るならもっと肉多めとかのがっつりな飯になりそうだろ。同様に兄弟は除外する。おかず一つ一つに包丁の刃が入ったりして食べやすくなってるようだしな。手間がかかってる。となると残るのは姉妹。性格的な面からみて妹に作らせるなら、多少いびつでも自分でやるはず。残るは自慢できそうなお姉さんって、ところかなって。ただそれだけだよ」
「……すごいね。僕の性格的なことまでまさかお見通しなのかい」
「さ、さすが樋口君。素晴らしい観察力と洞察力」
「じゃあさ、姉が自慢できそうなっていうのは……?」
「それは……お母さん忙しいんだろ。だからお弁当は作りたくても作ってない。俺の家もそうだけど共働きだ。となると、ほかに家族がいるかもしれないけど、家ではお姉さんと過ごす時間は長いはず。いいやつだからな。そこはお姉さんの影響を少なからず受けている。ワイシャツには皺もなくボタンも取れてない。ガチの運動部のバスケ部でも汗臭くなくむしろいい匂いしたし。洗濯やアイロンがけがきちんとしている証拠だよ。だから出来たお姉さんって俺は思った」
「「すごい……」」
「その賞賛はお姉さんに感謝の言葉に変えてかけてやれよ。まっ、菊地なら毎日ちゃんとお礼を言ってそうだけどな」
「確かに僕の姉さんは自慢できるけど、子供っぽいところもあってね。約束事とかいまだに指切りを強要させられちゃうんだ」
「指切り……」
つい最近の恥ずかしい出来事が頭をなぜかよぎった。
「ちょっとひぐっち、私の家族構成も推測してみてよ」
「えっ、そうだなあ……」
誰かとこんなふうに話しながらのお昼。
それはごく平凡なことかもしれない。
だけどこれまでボッチ飯の俺にとってはちょっといい時間になっている。
そんなお昼時間も過ぎていき、購買で買ってきた惣菜パンを食べ終わるころ、なんだか廊下が騒がしくなった。
そっちに目をやれば他のクラスの男子が、緊張した面持ちでこっちを見て廊下に近い生徒になにやら話をしているようだ。
それから少しして唯さんを呼びに来る。
「唯ちゃん、なんか話があるって……」
「私、ですか……はい……」
お昼休みにわざわざ違うクラスに来て、女の子に話があるときた。
いい予感など全くしない。
その辺りの対策は入念にやったし、平気だろうと思うものの、気が気ではなく廊下の方をちらちらとみていると、
「樋口君、一緒に行ってあげなくていいのかい? その方が余計な心配しなくてもいい気がするけど」
「い、いいんだよ別に……お前、なんでちょっと笑ってるんだよ」
「いやぁ、わかりやすいところもあるんだなって」
「何を言ってるんだ……?」
チラ見をやめ、唯さんをじっと見てみる。
ちゃんとお断りモードになりきってやっていた。
でもそれでも、男子生徒の方は食い下がっているように思え、唯さんの方があれっという感じで小首をかしげてしまっている。
「出番なんじゃないのかい?」
「う、うるさいな……」
文句を言いつつも、言葉をかけてくれる菊地に背中を押されているようで、感謝しながら立ち上がった。
どうフォローするか、考えがまとまっていないまま廊下に近づいていく。
声をかけようとしたとき、俺の前に佐久良舞さんが割って入ってくる。
「ここは私が」
「え、えっと……」
有無を言わせぬ雰囲気で舞さんは唯さんに言い寄っている男子生徒に近づいていった。




