学園のアイドル
その翌日も唯さんは筆箱の中を見て、小首をかしげたようにしている。
「唯っち、どうかしたの……?」
「い、いえ、さっきの移動教室の時、消しゴムを落としたか忘れてきちゃったみたいで……」
「あるある。私もよく落としちゃったり、無くしたりしちゃうよ……ほい、予備の持ってるからこれ使って」
「ありがとうございます」
近くの席にいる陽キャさんが今度は貸してくれた。
表現が正しいかわからないけど、また消しゴムか。
今日の1限目はちゃんと自分のを使っていたから失くしたのはそれ以降ってことになる。
でも、続けざまに同じものをというのが少し引っかかった。
顔を上げると、こっちを振りかえってみていた舞さんと目が合う。
彼女は小難しそうな顔をしていたが、すぐに前を向く。
(なんだ……?)
そしてその翌日も、さすがに今度は唯さんも大きく首をかしげていた。
「もしかして、また消しゴムないの……?」
「はい……筆箱の中身何度も確かめてたんですけど、あはは、私抜けてますね……ちょっと購買に行ってきます」
「いやその必要はないよ。今日は多めに持ってきておいたから。これ使って」
「っ! ありがとうございます……」
2度あることは3度ある。
そんなことわざがあるけど、さすがにおかしい。
そして、その後もおかしなことは続いた。
数学の授業後のこと、次の授業までにと課題のプリントが配られる。
問題数の多さにみんな怪訝な顔を浮かべたりしている中、唯さんにだけプリントが届かない。
少し慌てたようにしている唯さんを見て、俺は前の席の子に声をかけた。
「あ、あの、プリントが後ろに配られてないみたいですけど……」
「いや、もうなくて……」
心底怪訝な顔をされて、そういうので仕方なくプリントが足りないことを教師に伝えると、職員室に取りに来てということに。
1番後ろの席だし、よくあることだ。
唯さん自身は大して気にしてるそぶりはなく、職員室へと取りに行った。
どうにも嫌な予感しかしない。
今までは作戦通り順調に事が運んでいたけど、人気者になるってことは想像以上に妬んだり恨んだりさせてしまうものなのか。
プリントは列ごとに配られていた。
1列は6人。唯さんを除けば5人。
先生の数え間違いでないのなら、その5人のうちの誰かがわざと多くもらっていることになる。
のけ者にするためか。他に何か目的みたいなのがあるのか。
いずれにしろ5人の行動は監視してた方がいいだろう。
次の授業は家庭科での調理実習。
生憎俺は唯さんとは違う班に振り分けられている。
だけど唯さんの班には同じ列の子たちはいないようだ。
そのことに少し安心したら、材料などから甘い香りが漂いなんだか急にお腹がすいてきた。
ちなみに今日作るのはクッキーらしい。
「樋口君、だよね。よろしくね」
「あ、ああ……こっちこそ」
「樋口君ってさ、お姉ちゃんのことばっかり見てるよね」
「っ! い、いや、そういうわけじゃ……」
同じ班に唯さんはいないけど、妹の舞さんの方、つまり学園のアイドルが一緒だった。
入学以来もう何日もたっているが、やり取りするのは初めてのようなもので緊張する。
それにしても陽キャさんのグループにいる子たち、よく俺に話しかけてくれるようになったな。
「じゃあさ、何か見てる理由あるの?」
「……」
その探られるような質問に話すべきなのか迷う。
双子で顔は似てるけど、口調や性格はやっぱりまるで違うな。
舞さんの方は可愛い顔をしているが、なんだかスキがない。
「舞、さんだって……気づいてるんじゃないの? 何度も消しゴムがなくなってる時点で……」
「えっ、なにに? 何かお姉ちゃんのことで気づいてることがあるんなら教えてくれない? あっ、作業しながらにしよっか」
手を洗い、二人一組に。
話をしていた流れ上いつのまにか舞さんとなんだか組むことになってしまっているようだ。
周りの鋭い視線が飛んでくるけど、別に望んでこうなったわけではない。
舞さんはといえば、手際よくビニール袋に小麦粉と砂糖、冷たいバターを入れ混ぜ合わせて、それを俺に渡してくる。
「……」
「よく振ってね」
「う、うん……」
「で、話の続きは……?」
「前の授業で唯さんにだけプリントが行き渡らなかったのは知ってるでしょ。立て続けにそういうのが続いたから、ちょっと心配になってるってだけだよ」
「へえ、お姉ちゃんの言う通りだ……」
「えっ?」
「ああ、ごめんね。こっちの話だから」
「……」
「それでお姉ちゃんに下手なことしようとしてるかもしれない人の目星はついてるの?」
「いや、まだ……」
「その割にはたまに視線がお姉ちゃん以外の女の子にも向いてるね」
「……それがわかってるなら、考えてることもわかるだろ」
良く振ったあとは、牛乳とバニラエッセンス、サラダ油を加え少しだけこねる。
傍で見ていると舞さんの手際の良さが目立つ。
唯さんが妹に抱いている印象は正しいようで、本当にそつなくこなしている。
「よしっ、あとは好きな形にして、ナッツやチョコチップを混ぜて焼けばいいね」
「お、おう……ていうか今更だけど二人分にしてはやけに分量多くない?」
「たくさん作ったほうがいいでしょ」
「そりゃあそうだけど……」
焼き上がりもいい匂いがして、熱いまま頬張ってみる。
バターの香りと何とも言えない手作り感もあり、美味い。
舞さんのクッキーということで、味見してみたい人がやけにこちらを見ていた。
「作りすぎちゃったからよかったら1つずつ食べる……?」
その視線に対して、舞さんは恥ずかしそうな笑顔と共にどうぞと言わんばかりにクッキーが入った袋をちょっと前に押し出す。
そりゃあそんな風に可愛く言えば、男子連中は食べたくないわけがない。
なるほど。たくさん作ったのはお裾分けするためか。
あざといというのは言い過ぎだろうか。
自分のことをよく分かっている子だ。唯さんとはそのあたりもまるで違う。
そんな感じで実習は終わり、使った道具などを洗い片づける。
「公平にじゃんけんで決めよっか?」
何のじゃんけんかといえばぬめりがひどい排水溝の掃除だ。
どこの班も調理に貢献してなかった子やじゃんけんに負けた罰ゲームなどで決めていた。
「こっちのお皿方しておくね」
「じゃああたしゴミまとめよ」
「え、えっと……それじゃあ私はお掃除を……」
「なら佐久良さん排水溝も綺麗にしておいてよ」
「は、はい!」
だが唯さんの班だけは、じゃんけんとかではなく、なんだか押し付けられているような形になっているようで……。
「樋口君が見てた子たちはあの中にはいなかったよね……」
「えっ、ああ……」
「そんな心配顔しなくても、あのくらいお姉ちゃんならなんでもない。家でも毎日やってるし」
「えっ……」
確かに舞さんの言う通り、唯さんは嫌な顔一つせず、それどころか重曹を満遍なくかけてと、まるで解説するかのように綺麗にするコツを周りに教えている。
「ほんとは少し放置してからお湯で流せばもっときれいになるんですけど、時間がないので……」
どうやら唯さん家事が得意ということがわかった。
えっなにそんなに綺麗になるものなのと、なんだか人だかりができ始めている。
イメチェン効果もあるのだろうけど、唯さんの人柄の賜物か。
舞さんの言う通り、この場ではいらぬ心配だったようだ。




