席替え
唯さんが陽キャさんたちと寄り道をした翌日。
アスファルトは夜間に雨が降ったようで、少し濡れていた。
それでも今は雨が上がり、ほんとに梅雨はどこへやら今日も暑くなりそうだ。
俺は思っている以上に陽キャさんたちとお出かけ心配してたのだろう。
唯さんから昨晩大丈夫だったと連絡が来て、上手くいったと聞いて、心底安心し昨夜はぐっすりと眠れたのか欠伸も出ない。
「ひ、樋口君、おはようございます」
「お、おはよう……唯さんと夏妃さん……」
改札を出た途端、唯さんが目に入る。
わざと抑えていたような目立つ容姿はイメチェンによりすっかり垢抜けた。
だが今朝はなんだか昨日以上に、明るく可愛さが増しているような、そんな気がする。
「あの……な、何か顔についてますか?」
「いや……みんなと出かけてなんかメイク道具とか買ったの?」
「い、いえ、ネイルシールは買いましたけど、メイク道具は何も……」
「……」
あれと俺が小首をかしげていると、
「敬大君の目が曇ってるわけじゃないよ。あたしもなんか昨日より可愛くなってるって思ったし」
「やっぱり……」
「うーん、でも髪型もまた変えてるわけじゃないしね。なんでだろうね……」
「なんでそんな嬉しそうに……それに、最初に聞いたの俺だからね」
今朝も一人ぼっちではなく、唯さんと夏妃さんとの登校。
まだイメチェンしてから2日目。何があるのかわからない。
浮かれずに唯さんを応援しなくてはと心のうちは変わらずに教室へ。
どうやら唯さんの言葉以上に、陽キャさんたちとのお出かけは上手くいったようだった。
グループの子たちが登校してくれば、皆唯さんに挨拶している。
そればかりか、なぜだろうか俺にまで声をかけてくれる始末だ。
「おはよう、唯っち……え、えっと、ひぐっちもはよう」
「えっ……ああ、お、おはようございます……」
「ほんとだ。全然怖くないじゃん」
「ひ、樋口君、す、すいません……」
こんな具合だ。
俺に挨拶してくれた後はみな唯さんに確認するように、はしゃいでいるような笑みを浮かべる。
唯さんはといえばなんだか大きく首を横に振ったり、俺の方に謝ったり反応に忙しそうだ。
何はともあれ、その様子はすっかりなじんでいる証拠のように見える。
グループ内に入っても、すでに違和感はない。
それにしても、夏妃さんの言ってたことは当たっているのかもしれないな。
唯さんを応援してるだけなのに、クラスメイトから挨拶されるなんて。
このままぼっちを抜け出せる、なんて思うのは甘い考えだろうけど。
「今日も姉妹ともにイケてるぜ」
「ほんとこのクラスで良かった。見てるだけで日々の活力がわいてくるよな」
「他クラスで対抗できるのは、蒼井夏妃さんくらいだろ」
男子たちのやり取りでは唯さんも自然に話題に上がるようだ。
全くついこの前までじゃない方などと呼んでいたくせに。
ほんと現金な人たちだ。
というか、夏妃さんもやはり有名人のようだな。
あれだけの容姿と明るい性格を併せ持っているし、夏妃さんも仕事さえ落ち着いて来ればより校内で有名になるだろう。
イメチェン作戦は功を奏していて、唯さんを見る周りの目にも変化が見て取れるようになったその日の朝のホームルーム。
「そろそろ、クラスメイトの顔や名前もみんな覚えたと思うので、ええっと、席替えをしてみたいと思います」
小柄で小動物を連想させる担任の先生が生徒たちを見回してそう切り出す。
その途端、ざわざわと湧く室内。
慣れた席が変わってしまう不安、隣周りがシャッフルされることの期待、~さんの隣になりたいなんて恥ずかしさを感じないお調子者の声も聞こえる。
「公平にくじ引きで、黒板が見えにくい子は優先的に前の席にするので、言ってくださいね」
黒板に各列の席が書かれていく。
何人かが手を上げ、前の席のいくつかが埋められた。
それから、前の席から番号が入ったお菓子の缶が回され始める。
席替え。
たいていのクラスで年に何回か行われるある意味イベントと言ってもいいだろう。
特にこの席がいいというのはないなと思いながら、頬杖をつきちょっとずつ席が決まっていくのを眺めていた。
やがて、席の番号が入ったお菓子の缶が回ってくる。
その結果、俺は窓側の後ろの席を引き当てた。
悪くない席だ。後ろを気にする必要もないし、前の席にはイケメンの男の子がいてちょっと周りが騒がしい。
だけどその子は迷惑かけてごめんとでもいうように軽く頭を下げてきた。
それを見るに話したことはないけど、悪いやつではなさそうだ。
あとは隣の席に来るのが誰になるか。
わずかな希望を言っていいのなら、今までのように正直なにも話ができないのはきつい。
せめて喋りやすい子がいいな。
だがそんな人は俺にとってはこのクラスでわずかしか、いや1人しかいなかった。
そう思っていると、室内がやけに盛り上がりだす。
「うわあ、マジかよ!」
「きゃー、唯っち引き当てちゃったよ。日頃の行い良すぎ!」
「だ、だから、そ、そういうわけじゃ……」
唯さんは担任に自分の引いた番号を見せていた。
その直後、男子からは悲鳴、女子からは悲鳴と拍手が。
唯さんはそれを恥ずかしげに何やら否定しているようだ。
何かあったのかと思っていると、唯さんが机を隣に運んできていた。
「ひ、樋口君、お、お隣になりました……よ、よろしくお願いします……」
「えっ……」
「えっ……?」
「い、いや、びっくりしただけ。よろしくね」
室内が熱いのか、唯さんの顔が少し赤い気がする。
知り合いが隣というのはありがたいけど、嬉しさと同時に何とも言えない気恥ずかしさも覚えた。
「……」
「具合でも悪いの?」
「いえ、そんなことは……」
「唯さんが隣で良かったよ。こうやって少しは話ができるから」
「っ! きょ、恐縮です……」
授業中は陽キャさんたちの視線を時々感じたりする。
それは悪い視線ではなく、唯さんを見守っているような感じだ。
仲が良くなったからこそのものなのだろう。
俺はこそばゆいけどな。
休み時間になれば、陽キャさんたちが唯さんの近くに集まってくる。
ときに揶揄われたりしているみたいだったけど、唯さんも楽しそうに談笑しているみたいだ。
成績のいい唯さんに授業中などは気軽に質問することも出来て、願ったり叶ったり。
数日間、そんな日々が続いた。
唯さんはすっかり陽キャグループに溶け込み、クラスの人気者。
でもそんなとき、
「あ、あれ……」
「どうかしたの……?」
隣の席を見れば唯さんは筆箱の中を覗き見し、中身を全部出していた。
「そ、その消しゴムを忘れちゃったみたいで……」
「俺、二つあるから一つ貸しておくよ……」
「すいません、ありがとうございます」
普段真面目で家を出るときの確認もしていそうな唯さん。
そんな彼女が忘れ物をするなんて珍しいな。
この時はまだ楽観的にそう思っていた。




