☆寄り道3
ネイル、水着、ガチャガチャと横道にそれながらもようやくカフェへと向かうようだ。
これこそが正しい寄り道なのかもしれない。
それにしても、平日というのにお客さんが多い。
人混みに慣れていない私は油断すると、簡単に人込みに酔いそうだった。
3階まである広々とした店内をウオーキング場所として利用する人もいるというのもなんだか頷ける。
老若男女の人が集う場所だけあってか、みんなと店内をめぐっているだけで新たな発見がある、気がした。
なによりそれに楽しい。
樋口君以外のクラスメイトとも、うまく出来てる、よね。
有意義な寄り道、だったけどちょっとだけ疲れてしまった。
「あ、あの、私ちょっとお手洗いに……」
「OK。お店すぐそこだけどわかるかな? 混んでるかもしれないから、私たち先に行って席取っておくね」
「大丈夫です。お願いします」
「唯ちゃん、飲み物新作のレモンのフラペチーノでいい?」
「は、はい」
「じゃあ注文しておくね」
一時的にグループから離れトイレへ。
舞が親しくしていることもあって、真理さん以外もすごくいい人たちだ。
寄り道に誘ってくれたことに今更ながらに深く感謝する。
鏡で自分の姿を見つめ、もうひと踏ん張りと気持ちを入れお手洗いを後に。
ス〇バはすぐこそと歩いていると、
「君、1人? 良かったら俺とお茶でもしない?」
「……」
な、なんで私なんかに声をかけてくるのだろうと一瞬フリーズしかけたところで、樋口君と夏妃さんが言っていたことを思い出す。
「いまの唯ちゃんだと絶対に男の子たちから声を掛けられるから、その対策もしておきましょう」
「うん、そこは間違いなく備えておいた方がいい。やっぱり初見だと、どうしていいかわからなくなりそうだし」
「いい、唯ちゃん。知りもしない男の子が声をかけてきたら、理想の子ならどうする……?」
「え、えっと……そういうのは目にしたことが……ほ、朗らかに談笑、とか」
「「違う!!」」
私の返答に二人は即否定する。
「相手が唯ちゃんの気になる子ならともかく、それ以外の男の子なら情けを掛けずに粉砕すること。つまり肯定でなく、否定。それも全否定。ここ本当に重要だからちゃんと覚えておいてね」
「は、はい……わかりました」
「それじゃあ、敬大君相手に練習してみよ」
「えっ……ひ、樋口君は知りもしない男の子じゃないんじゃ……」
「「そこはいいの。練習」」
「は、はいぃ!」
声をかけられるなんて状況が全然想像できなかったけど、今がその時なんだ。
「1人じゃなくて、みんなが待ってます。私、見ず知らずの人とはお茶をしません」
「うはっ、連れがいるのかよ。了解、その子らも誘って」
「え、えっ……いえ、誘いませんし、お茶もしません」
「そうじゃけんにしないで……」
えっとこういう場合は……。
演じる子を意識的に切り替える。
「……あなたとは何もしません。これって時間の無駄だと思います。失礼します」
これがちょっとしつこい相手用の作戦。
とにかく冷たく、凍り付かすように、情けをかけない。
以上が夏妃さんの教え3か条。
効果はあったようで、声をかけてきた人はその場で立ちつくしていた。
心配してきてくれたのか、舞が駆け寄ってくる。
「お、お姉ちゃん大丈夫だった?」
「う、うん……ねえ、舞、どうしてあの人私に声をかけてきたのかな?」
「えっ、いやいや……天然入ったお姉ちゃんらしいけど。その辺無自覚だよねえ。ほら、みんな待ってるよ。席行こ」
舞に手を引かれ、カフェの店内へとやってくる。
空いている席を探すのも一苦労しそうなほど混雑していた。
「はいこれ唯ちゃんの分」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
これが新作。
手に触れると、その冷たさがじわじわと伝わってくる。
結構歩いたし、緊張と疲れもあってすごくのども乾いていた。
新作どころか定番メニューさえも飲んだことはないけど、きっとおいしいに違いない。
味のハードルを上げつつ。ストローに口をつけ吸ってみる。
直後、乾いたのどにレモンの酸っぱさと甘み、そして冷たさが通っていく。
「うわっ、美味しい……」
「ねっ、この新作あたりだよね……それはそうと、さっき声かけられてたけど、まあ1人だと当然だよね」
「そう、なんでしょうか……」
「でもそれよりも気になっていることがあってさ……」
舞以外のみんなは互いに顔を見合わせる。
「な、なんですか……?」
「やっぱりその変わりようは……ズバリ、好きな人ができたんでしょ!」
「え……えぇ!」
「私もそうかなって思ってたの」
「相手は誰よ? うちのクラスのバスケ部の菊地君? それともカッコいいって言われてる先輩? もしくは他校の人、とか」
みな興味津々な表情で、んんっというように顔をちょっと近づけてくる。
「い、いえ、そんなことは、なくて……」
ただでさえ明るく楽しそうな雰囲気を形成している人たち。
だが今はそこに一段階熱量が増したような様子だ。
「樋口さんかと思ってた……」
「っ!」
しばしの沈黙。
それを破る真理さんの一言に、なぜか胸がドキッとして鼓動が跳ね上がる。
「樋口……ああ、樋口って、うちらのクラスの怖い人だよね……そういえば最近唯っちと一緒のとこよく見る!」
「……ち、違います……あっ、いえ違うというのは、樋口君、全然怖くありませんよ。すごく頭が良くて、その優しい、です」
「そうね。私もちょっと挨拶したり話したりするけど、全然怖くないね」
私の言葉に真理さんも一緒にフォローしてくれた。
「そ、そうなんですよ。樋口君、自分から誤解解かないから。なんか私もやもやしてて……」
「へえ……それじゃあ私も話しかけてみようかな。ついでに唯っちのことどう思ってるのか、聞いてみよっか」
「い、いえ、そ、そんな、考えてもらうのすらおこがましいというか、時間の無駄というか……」
なんだか体が火照ってきてしまい、フラペチーノを一気にすする。
「よしっ、みんなで唯さんを応援しよう」
「……あ、あの、みなさん……」
ここからはどう否定してみても全く聞いてくれない。
その後も話は盛り上がり?
樋口君に迷惑をかけないだろうかとそのことだけが心配になりながらも、初めての寄り道はなんとか成功を収めた。
☆☆☆
夕食後、私はお風呂に入って自室へ。
タオルで髪を拭きながらなんとなく室内を眺める。
我ながら女子高生っぽくない部屋だ。
本棚にはミステリ本とマダミスのシナリオがぎっしりと並んでいる。
棚の真ん中には料理とお菓子の本。
料理はいろんなものがあり、食材や調味料、作る人の気持ち1つで味が違うものになる。美味しいものが好きというのもあるけど、常に新しい発見があることが面白くて毎日台所へと立っているのかもしれない。
もう一方の本棚には漫画本がずらり。
ラブコメミステリ漫画が特に好きで、いつか誰かとその話をしたいと思ったりもしている。
机の上には今日買った水着などを置いていた。
明日の予習をと勉強机の前に座ろうと思ったが、ベッドに腰かけスマホを見つめる。
「少しでも早く報告、しておいた方がいいよね……」
帰り道からそう思っているのに、なかなかそれを実行できないでいた。
カフェでの話からなんだか樋口君を意識してしまう。
それに連絡先を教えてもらってはいるものの、まだ一度も連絡していないし、来てもいない。
今日に関しては私の方からしたほうがいいよね……。
そう思っているのに、いざ文字を打ち込もうとすると、指先が硬直したように思うように動かなかった。
「ううっ、夏妃さんにはもう連絡しちゃったし、は、早くしないと……」
ご報告です。
寄り道から無事に帰ってきました。
すごく楽しかったです。
「……さ、さすがに、味気なさすぎるような……でも、関係ないこと書いても読むのはおっくうかもしれないし……」
ご報告です。
寄り道から無事に帰ってきました。
失敗しそうなこともありましたけど、みんな優しくて大丈夫でした。
すごく楽しかったです。
「……このくらい、かな。もっと色々と書きたいけど、それはあった時に話した方が、いいよね……? えいっ!」
自問自答を繰り返し、書き込みのボタンを押す。
短い文章なのに、なんだかすごく疲れた。
画面を見つめているとすぐに既読になって、ちょっとほっとする。
『ちょっとだけ心配してたから安心した。やっぱり唯さんはすごいよ。明日詳しく話を聞かせて』
内容を走り読み。
すぐさま、もちろんです。と打ち込む。
よかった。今日は頑張ったな、私。
口元が緩み、自分の頭をなでなでしていると、ノックの音がする。
「お姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「も、もちろん」
「あれ、なんか今ご機嫌?」
「そ、そんなことも、ないけど……なに?」
「あのさ、その、カフェで言ってた樋口君のことなんだけど、ほんとに安全なの?」
「舞まで……樋口君、ほんとはすごく優しい人だよ……みんな誤解してるのが勿体ない」
「でも……なんでお姉ちゃんは優しい人ってわかったの? 今は髪型変わってるけど、前までは見た目もそうだけど、第一印象はお世辞にもいいとは言えなかったじゃん」
「えっと……うーん、そこは内緒」
「えっー、なんで内緒なの……お姉ちゃん」
「なんでもだよ。舞には恥ずかしくて言えない」
むっと口を尖らす妹の顔を見ながら、申し訳ないと思う。
でも、本当に恥ずかしくて言えないんだ。
あの時、どれだけ私が嬉しかったかなんて……。




