放課後の約束
廊下を歩いているだけで、周りから内緒話のような声が漏れ聞こえてくる。
唯さんの身近にいるからだろう。
なんだか俺まで見られているような、そんな錯覚に陥った。
「それじゃあ、あたしはクラスこっちだから。唯ちゃんがんばっ」
「はい。ありがとうございます」
「敬大君、唯ちゃんのこと頼んだよ」
「お、おう……」
夏妃さんと別れ、教室に入るとやはり唯さんは途端に注目を浴びる。
四方八方から視線が飛び交い、
「えっ、あれ誰?」
「あんなかわいい子、いたか?」
「転校生ってわけじゃないよな……はっ、その席はじゃない方の……う、うそだろ!」
目を見開いて驚く面々。
クラスメイトなら前までの唯さんを知っているからな。
その変わりように驚くのも無理はない。
まだ時間が早いこともあり、教壇前で集まっている陽キャさんのグループはそろっていない。
それでも皆川さんは登校していて、唯さんを見るや駆け寄ってきた。
「うわっ、唯ちゃん……なんだか見違えたね」
「おはようございます、真理さん」
「おはよう……可愛いなぁ」
「ありがとうございます」
そんな短いやり取りを交わしていると、続々と陽キャさんたちがやってくる。
彼女たちが鞄を置いている間に、皆川さんは俺の傍へときて、
「おはよう。樋口さんもなんか変わったね。そっちの髪型のほうがいいよ」
「っ! そ、そう、あ、ありがとう」
はた目から見ればなんてことはないやり取り。
でも俺にしてみれば、唯さん以外のクラスメイトと朝から話すなんてことは今までないこと。
だからか、色々とこみ上げてくるものがあって、すごくうれしい。
「おは……あーっ、舞ちゃんみたく美少女オーラを纏ってる子が!」
「ちょ、なんでいきなり変身してんの……?」
「舞ちん、唯っちにイメチェンしたほうがいいよってアドバイスでもしたの?」
「ぶーぶー、私は何にもしてないってば。お姉ちゃんが自分から……」
嬉しさの余韻に呑気に浸っている場合ではない。
唯さんの周りを早くも陽キャグループが囲いこむ。
彼女たちからしてみれば、突然現れた美少女に興味を持たないはずはない。
妹の舞さんもいるし、それは当然の反応ともいえる。
その舞さんは姉を褒められてまんざらでもない雰囲気だった。
「みなさん、おはようございます」
「お姉ちゃん、朝早く登校したみたいだけど大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ。お友達も一緒だったし」
「へえ……」
「うーん、垢ぬけると甲乙つけがたい見た目。さすが双子だねえ」
「はっ、何言ってんの。お姉ちゃんは文学少女みたいにしてても全然変わらないってば」
「いや変わるでしょ」
「もうお姉ちゃんを全然わかってないんだから……」
俺はすぐにフォローできるように、ちょっと距離を取りながらも、陽キャたちに視線を向け、会話に耳を傾ける。
「もうすぐ地獄のテスト前……そうなると遊べないから、今週はいっぱい寄り道しようよ」
「おっ、今日からス〇バ新作出るって。放課後飲みに行こ」
「おお、いいねえ。あっ、唯っちも一緒にどう? いこうよ?」
「えっ……はい……なら、ぜひっ」
いきなり何の前触れもなく放課後のお出かけに誘われていた。
唯さん自身、放課後の寄り道に興味があったんだろう。
妹をいつも羨ましく思っていたのかもしれない。
あまり間も置かずに意思を示した。
変わるって意味じゃいいことかもしれない。
(……いや、待てよ)
確認の意味で陽キャグループに念入りに目をやる。
女の子4人のグループ。
そこに男子生徒が入り込む隙間は1ミリたりともなさそうだ。
フォローのため尾行したとしても、距離を詰めたら簡単にばれるだろう。
それだけならいいが、
『誰かが付き添わないと駄目なんだ』
なんて唯さんが言われるのは絶対に避けないといけない。
フォローするはずが足を引っ張る結果になる。
つまり放課後のお出かけはフォローできないってことに、なっちゃうよな……。
唯さんを信じてないわけじゃない。
むしろすごく信じているし、イメチェン計画は成功してほしい。
ただ、傍にいれないとなると、なんだか一気に不安になってきた中で朝の予鈴が教室内に響いた。
☆☆☆
イメチェン計画初日。
理想の子になりきっていることは、至る所でぷらすに発揮されるようだ。
授業中も唯さんは積極的に手を挙げ、己の存在を自然と周りにアピールする。
元々の頭脳明晰。
実力テストなどで常に上位というのは知っていたが、引っ込み思案もありその存在感は驚くほどに薄かった。
だが今日は言葉通りの別人。
お昼もいつもはボッチ飯だったが、陽キャさんたちのグループで自然と食べる感じに。
俺はといえば1人さみしく、そこは変わらない。
そんなこんなでイメチェンを果たし、驚くほど無難に学校生活をこなした唯さん。
陽キャたちと一緒にお出かけする約束の放課後となった。
「それじゃあ唯っち、いこっか」
「は、はい……」
心配でついていきたいのはやまやまだけど、さすがにそれはできない。
夏妃さんにそれとなく報告したが、彼女は放課後仕事が入っていて忙しいらしい。
『お出かけくらい今の唯ちゃんなら大丈夫でしょ。敬大君は過保護だね。不安をみせないで、きちんと送り出してあげて』
と言われる始末。
結構楽観視しているようだ。
陽キャさんたちが廊下に出る中、唯さんはゆっくりと俺の横で立ち止まった。
「あ、あの、樋口君……」
「お、おう……唯さんなら絶対大丈夫。思いっきり楽しんできなよ」
「は、はい! 行ってきます」
心配そうな胸の内が表情に出てたのかもしれない。
唯さんを安心させるような、背中を押すような、気の利いた言葉を俺としてはかけたつもりだ。
それが功を奏したのかはわからないけど、満面の笑顔を作り唯さんは廊下へと出ていった。




