作戦開始
週明けの月曜日。
唯さんと夏妃さんと駅で待ち合わせのため、いつもよりも早く家を出る。
この日のために、マダミスのイベント後から入念に準備を重ねてきた。
まだ待ち合わせの時間にはなっていなかったが、夏妃さんはもう来ていて、すぐに唯さんもやってくる。
「おはようございます。樋口君、夏妃さん」
「「おはよう」」
美容室に行き、少しだけ髪を切った唯さんはハーフアップにして、黄色のリボンで縛っている。
眼鏡はしておらず、外出時と同じ今日もコンタクトだ。
これまでの学校時と髪型を変え、眼鏡をはずしただけでその印象は驚くほど違う。
その見た目は、初見ならば2度見してしまいそうな変わりようだ。
以前はおそらく周りには暗く見えていただろう。
今は、がり勉風から垢抜け、清楚系と癒し系を足して割ったような美少女に様変わり。
「ほい敬大君、今の唯ちゃんを見て偽りのない言葉をかけてあげて」
「なっ! え、えっと……か、可愛い」
「っ! み、み、身に余るお言葉、あ、ありがとうございます」
偽りのない言葉ではあるが、なんとも気恥ずかしい。
「あはは。さっ、準備はいい? 歩き始めた時から作戦開始だからね」
「はいっ!」
ゆっくり深呼吸すると、唯さんは自分の理想の女の子へと切り替える。
「「……」」
「行きましょう」
途端に凛々しくなった表情になり、足取りも軽やかに歩き出す。
「お、おい、あれ誰だよ……あっちの子は蒼井夏妃ちゃんだと思うけど、もう一人は……」
「あんな子、学校にいたかよ……」
「……惚れた」
すれ違う生徒たちからの反応も上々。
そんな中、唯さんの方から積極的にあいさつを交わす。
「おはようございます」
「あっ、えっ、お、おはようございます」
「マジかよ。なんていい子」
口ごもることもなく、ごく自然に言ってのけた。
それだけではなく、その表情も口元が緩んでいて魅力的な笑顔。
なんだか楽しそうで、雰囲気も明るい印象を与えること間違いなしだ。
先日のイベントを思い出してみると、決して要領がいいってわけでもないだろう。
おそらく、最初からそつなくこなすことは難しい。
でも一度コツさえ掴めば、周りを凌駕するほどの才を発揮する。
作戦はまずあがり症の改善に重きが置かれていた。
そこをこなしながら、理想の子への変身。
俺たちの前でもだいぶ練習したし、真面目な唯さんのことだ。
おそらく一人でも挨拶の練習は反復したのだろう。
俺にはそれが努力のたまものであることがわかり、そんな唯さんを見れてなんだかうれしくなる。
まずは計画通り。
夏妃さんと目が合うと、お互いほっとしたように俺たちも口元が緩む。
多少なりとも手ごたえを感じたのか唯さんは躊躇うことなく男女問わず、誰にでも挨拶していく。
なかには挨拶を返せずに、無言で頭を下げたり顔を赤くしてそそくさと言ってしまう俺のような人もいた。
だがその反応を見る限りいやな印象は与えてはいないだろう。
される相手は唯さんだからな。
男子なら嫌な気持ちになる人がいたらこっちが拝みたいくらいだ。
さてここまではいい。
「おはようございます」
「……おはよう。うわっ、舞ちゃ……じゃない。唯じゃん。見違えてるけど、なに、何かあったの?」
「そ、そのイメチェンです」
「へえ、そっか……」
「は、はい……」
クラスメイトではないが、やり取りからみて全く知らない関係でもないらしい。
習い事が一緒だったか、同中か。もしくは舞さんと親しくしている友人か。
なんにせよ最初の難関だった。
挨拶だけなら練習通りでいいけど、アドリブが必要な予期せぬ会話は理想の子が崩れるおそれがある。
「その髪型いいじゃん。どこの美容室?」
「えっと、駅の傍のところで。知り合いの方に紹介していただいて、な、名前は……」
みるみる唯さんの表情が曇っていく。
美容室の名前を忘れてしまったのか、覚えてないのか。
スマホを使えばすぐ検索できそうだけど、そんな余裕はなさそうなくらい、いっぱいいっぱいでそこまで頭が回ってなさそうだ。
尋ねた女の子も、んっと曇った顔になっている。
周りの生徒もあれという感じで様子をうかがっていた。
「あ、慌ててる姿もすごく可愛いぜ!」
俺はといえば、対策通り出番だと感じ、思ったことをそのまま言葉にする。
途端に男子生徒たちから同意の頷きやら、その通りという声。
唯さんはといえばあたふたしながらも丁寧に何度もお辞儀をし、
「お店の名前、あとで調べておきますね」
女の子にそう告げる。
なんとか大丈夫だったようだ。
「グッジョブ! うわっ、すごい顔赤いよ、敬大君」
「しょ、しょうがないだろ。なんかあの人たち俺の方すごい見てるんだけど」
「でもさ、全然怖がられてはいない感じじゃない。髪型変えた成果と唯ちゃんのフォローのおかげね」
「……」
俺とて学校でお喋りなどしてきていない。
コミュ力は皆無に等しいんだ。
そんな俺がフォローするっていうのはやはり恥ずかしいし、言葉が出てこないこともある。
それでもちゃんとやろう決めてここにいた。
今の場合夏妃さんのほうがうまくやれただろうと不満を覚えるも、たしかに周りには全然怖がられなかったなと感る。
みんな唯さんに夢中でそれどころではないのか、ほんとに成果がでているのか。
そうだったらいいなあと思いながら、唯さんから離れすぎないよう距離を保ちながら校舎へと入っていく。




