変わりたいわけ
マダミスのイベント後、長い話になりそうなので場所を移動する。
目的地は、今朝お姉さんにもらった名刺に書かれた場所。
家の方に戻ることになるが、夏妃さんも方向は一緒のようで異論はなかった。
というより、
「あれ、そのカフェ雑誌に掲載されてたお店だよ。パンケーキが特に美味しいんだって。あたし、行ってみたかったんだよね」
「それはよかった。そういえば夏妃さん、どこの高校通ってるの?」
「東校だよ、二人は?」
「わ、私たちも一緒です」
「そうなの! じゃあ学校でも話せるね」
むしろ好感触。
向かう途中の話では、夏妃さんが俺たちと同じ高校に通っていることも判明した。
お店が近づくにつれ、俺は少しずつ緊張してきている。
珈琲や紅茶は読書中に飲んだりするが、それは家でのこと。
誰かとお店に入ったりすることなど記憶になくて、だからドキドキするのはしょうがないだろう。
「ここみたいだ」
スマホで住所を検索して案内してもらったこともあり、一切迷わずに来ることができた。
昼時を過ぎた時間帯。
ピークを過ぎてると思ったけど、カフェの店内はこの時間でもまだ混雑していた。
どうやら人気店らしい。
「いらっしゃいませ……あっ、ちゃんと来てくれたんだね」
「こんにちは。あそこまで言われたらさすがに俺でも来ますよ……え、えっと連れが2名いるんですけど」
うんとサービスすると言っていたけど、連れと一緒とは予想していなかったはず。
怪訝な顔を浮かべたりしたなら、二人の分は最悪俺が支払うつもりだった。
「3名様ね。ちょうど奥のテーブルが空いたからどうぞ」
だが、このお姉さん営業スマイルなのか、満面の笑みで俺たちを迎え入れる。
ゆったりした店内は、クラシックが流れていて居心地のいい雰囲気だ。
オープンしてまだそれほど時間もたっていないこともあるだろうけど、店内はピカピカで清潔感にあふれている。
「こちらがメニューになります。まだランチメニューも頼めますので、よろしかったらぜひっ。お連れ様もお好きなものを何なりとご注文くださいね。どーんっとこのお姉さんにお任せあれ」
「「えっ……?」」
「あれ、何も聞いてなかった。ちょっとこの子に恩があって。ぜひここは私に任せてくださいね。ふふっ、君両手に花じゃん。やるねえ」
「いや、何言ってるんですか……」
そう言ってウエイトレスさんは颯爽とカウンターへと戻っていく。
コミュ障のはずなんだけどな、俺。
あの人の前だとなんだか調子が狂う。
よほどひったくられた鞄には高価なものが入っていたのだろうか。
3人分の食事代の負担、高校生から見れば躊躇もあるけど、お姉さんにしてみればそうでもないのかもしれない。
正直に言って、そこまでしてもらうほどの恩があるとも思えないのだけど……。
あの人のこと。
また断ったら断ったで、お礼を連呼されそうだしここはおとなしく申し出を受けることにしたほうが無難だろう。
「ああいってるし、お言葉に甘えようか……」
「いいの、マジで! 君、いったいどんな得積んだのよ」
「い、いいんでしょうか……」
手書きのメニューもいい感じで、料理には想像しやすいように絵も添えてあった。
ランチと飲み物を注文する。
パンケーキも食べたかったけど、食後のお腹の具合でかなと二人が悩んでいたので俺も合わせることに。
先に各々の前に飲み物が運ばれてきた。
「それじゃあマダミスイベント、お疲れさまでした」
「「お、お疲れ様です……」
夏妃さんの言葉で乾杯し、各々改めて自己紹介。
そして、話題は唯さんのことに移っていく。
「まずは唯ちゃんがなんで変わりたいのか、そのわけを聞いてもいい……?」
「も、もちろんです……わ、私、双子なんです。その、何をやっても私はうまく出来ないんですけど、妹の舞は何でもすごくて……小さいころから習い事とかたくさん通わせてもらったんですけど、そのたびに羨ましいなって思うようになっていました。きっと、今日も舞があの場にいたら、樋口君みたいに目立って、その活躍はまぶしく映ったと思います。でもいるのは私で、樋口君が妹みたいで、つい自分と比べてしまったら余計に何もできなくなってしまって……」
唯さんの話を聞いて、イベント時の態度の合点がいく。
おそらく周りから日常的に妹と比較されてきたのだろう。
それが積み重なるうち唯さんがだんだんと自分に自信を無くしていったことは容易に想像できる。
たしかに佐久良舞。
唯さんの妹は目立つし、人気者になる要素を持ち合わせているのは想像しやすい
現にクラスでは人気者だし。
きっと唯さんの言うように、何をやってもそつなくこなせるのだろうな。
でも、だからといって……。
「えっ、な、なんですか、樋口君。そんなに見つめられると……」
「あっ、ごめん……その、いやなんでもない」
「それでその、舞みたいに、わ、私もみんなの前で堂々と出来たらなあって思っていて、そんな感じで高校生活が始まったんですけど、でもやっぱりそんな簡単に変われなくて……」
「なるほど……さっきのイベント、緊張が解けて本来の自分を取り戻した唯さんの活躍は誰が見ても凄かったよ。キャラに一番なりきっていたのは唯さんだったと思う」
「そうね、それは間違いようのない事実。それをなんとなく唯ちゃんも感じたから、今度こそ変わってみたいと思ったんでしょ?」
「そう、なのかもしれません。か、変われるでしょうか?」
「唯ちゃんなら絶対変われるよ。私たちが保証する。ねっ」
「お、おう……」
「唯ちゃんが演じる理想の子を、私たちで人物設定作っておこうよ。そういうのがあると演じやすいでしょ」
「えっ、ああ……たしかにそのほうがやりやすいだろうね」
あれ、何も聞かれずとも、知らない間に手助けする側にカウントされてしまっているが、そこに異論はなかった。
イベント前ならもしかしたら断っていたかもしれない。
なるべく人にかかわりたくないし、プライベートとかに踏み込むとまたいけない謎に出くわしてしまうかもしれないから。
でも今は、唯さんを応援することに何のためらいもない。
「えっと、敬大くんだっけ……唯ちゃんと同じクラスならいざとなったら君がフォローしてあげるのよ」
「わかってる」
マダミス内のように誰かを演じる。
その助言はかなり有効性があると思う。
なんせ俺は唯さんが演じてるキャラに騙された経験があるし。
「で、できるでしょうか……? わ、私、人前だと凄く上がってしまって」
「上がり症の子はたくさんいるし、それを完全に克服しなくてもいざとなったら、周り、というより敬大君を頼ればいいから」
「は、はい。お二人とも、よ、よろしくお願いします」
「敬大君からは何か助言ある?」
「うーん……少し遅い高校デビュー。でも遅いことでメリットもある。入学時と違って唯さんの印象はだいぶ固まってるから、今日のその姿で登校するだけでも度肝をぬけるんじゃない」
「ふぇ!」
「えっ、なに、学校では見た目も違う感じなの? まあその格好ならクラスで目立たないはずないけど」
「クラスメイトの俺から見ると、普段はもっと抑え気味というか、ブレーキ踏んでいる感じかな」
「なら敬大君の言う通り、まず見た目から注目されちゃおう。すっごく可愛いし、ブレーキ踏んで減速する意味あんまりないでしょ。今のままでもいいんけど、そうねえ……この際私の行きつけの美容室に行ってみようか。ああ、でもちょっと高いからなあ」
「そういうことなら、私が行きつけの美容室紹介してあげるよ。お値段も格安ってわけじゃないけど、相応だし、イメージ通り変身させてくれると思う」
いつの間にか聞き耳を立てていたのか、お姉さんは配膳トレーを抱きしめ、俺の後ろにいてそんな申し出をしてくれる。
いやいつから聞いていた。
「ほんとですか、教えてもらえると助かります」
「じゃあちょっとメモって来るね」
お姉さんの髪型をみて、イケると夏妃さんは判断したようだ。
「……あと挨拶とかの練習でしょ。想定されるトラブルの対応……事前準備完璧にして、週明け、唯ちゃんイメチェン作戦開始よ」
「あうう、は、はい……」
唯さんは次々に提案されて、頭で処理しきれていない感じだった。
夏妃さんはモデルさんってことだから、髪型以外の見た目のことも全面的に任せて良さそうだ。
あとは順序だててやっていけば、準備期間は短いけど唯さんなら大丈夫だろう。
「……あ、あの、便乗する感じになるんだけど、俺の方も何か再デビューする策ない、かな」
「とりあえず、敬大君は美容室で髪染めなおして、見た目変えたほうが絶対にいい。うちまじめな生徒多いし、目立つ方向性を修正かな。勿体なすぎるよ、君……」
「やっぱり悪目立ちもダメだったのか」
「ダメってわけでもないけど、敬大君の方は唯ちゃんのイメチェンに協力してれば自ずと評価も変わってくる、と思うよ」
その夏妃さんの前向きな言葉にちょっとでも変われる気がした。
俺も唯さんの何か役にたてれば本望だ。
あれ以来、人と関わることを避けてきた俺が、そう思っているなんてなんだか少しおかしかった。




