9.夜襲
翌朝の調理はあくびを噛み締めながらとなった。
◆
昨晩は、警鐘の音で起こされた。
「魔獣です! 皆さん起きて、警戒してください! 大蝙蝠で複数います! 戦える人はご助力願います!」
外に出てみると、もう1人の少年のほうが、すでに大蝙蝠とやり合っていた。
アロニアも起きてきて、言う。
「怜樹、魔法を使うのはちょっと待て。今のおまえだと、前方に人がいたら巻き込むかもしれない。乱戦になったら、剣に魔力を漂わせるだけで、戦え」
「そうなの!? わかった!!」
少年に加勢をする。
ときどき身体を反転させて、背中を預けあう。
もちろん剣だけで戦う。
大蝙蝠は、数は多いが、巨大百舌に比べると弱い。
近接戦闘で数匹ずつまとめて剣で切る。
アロニアの忠告を思い出し、剣に魔力を漂わせると、蝙蝠が剣を避けられなくなったのだ。
なす術もなくなって放物線を描く的ならば、容易に当てられる。
ミラビリスは馬車にとどまり、セラフを背で守りながら、剣で戦っている。
「さすが、大国の魔術師だけはあるなあ!」
だから、ミラビリスが盛大に勘違いをしている。
「そんなこと、ない!」
俺、まだ、水以外はちゃんと試せてないのに!
「魔法では余裕だから、あえて苦手としている剣を用いたか! その心意気や、天晴れだ。今度、我と練習しよう! さすれば、もっと伸びるぞ」
いやいや、待て待て待て。
俺は、アロニアの言いつけを守っているだけだ。
剣を振るいながら、ミラビリスの獲物を見つけたような獰猛なまなざしと笑みが、俺を捕えて、離さない。
「治癒魔法もあるのだから、大丈夫だろう?」
いやいやいや、痛いの、やだよ?
逃げられるなら、痛いのは避けるよ?
俺は脳筋・痛みにも耐える系の鋼のメンタルじゃないから。
まあ、剣道していた時点で、木で打たれるのと床の冷たさには慣れているが。
「ふむ。魔術師出身だから、やはり実戦経験は足りぬか。でも剣が使えるのは良いぞ」
「確かに実戦用の型は教えてもらいたいが」
「貴族用の殺しの型か? いいぞ」
必殺技なのか。ちょっと怖いぞ。
「搦め手も知りたいが、まずは基本から、ね?」
「いいぞ、いいぞ!」
結局、蝙蝠退治は1時間ほどでおおかた終わった。
数は多かったが、向こうも学習したのか来なくなった。
「ああ疲れた。もう大丈夫、かな?」
「あとは見張りの俺たちで対処できます! ご助力、ありがとうございます!」
俺とアロニアは馬車へ戻る。
ミラビリスが少年たちに声をかけている。
「疲れただろう。あとで我が少し早めに代わってやろう」
面倒見の良い上司だ。
「えーと、それよりも蜂蜜入りの携行食で労ってくださいよー」
「もう~。わかった、わかった」
少年たちが、もうわがままを言えるほどに、ミラビリスは慕われているようだ。
やはり人を率いる才がある、とミラビリスが自負していただけあって、この人の、人たらし能力は抜群だな。俺も見習わなくちゃ。
「なにニヤついてるの~?」
アロニアが絡んでくる。
「良い夢を見られそうだな、と思ってさ」
俺もキザに決めてみようとする。
翌朝、料理しながら、あくびをかみ殺していた。
まだちょっと眠いな。
蚊帳みたいなものを張れれば、昨日の蝙蝠のような弱い魔獣は近寄れなくなるのでは……?
小さい結界でも良いんだけど。
「アロニア、魔法の中で、数ヵ所に固定して、一晩中、小さい魔獣を避けられるものってないのかな?」
「うん、さすが、良い発想だ。魔方陣を複数地面に描けば、盾のように使えるものがあるが、総じて持続時間は短い」
「ミラビリスの反射魔法も、位置の関係で見られなかったからなあ。仕組みは同じだろうか」
「怜樹の魔力量なら、魔法陣を使えば行けるだろう」
「魔法陣も教えてくれるの?」
「おいらはそっちのほうが得意だぞ?」
「へえ!」
「でも魔力の制御が先だ。まず今日は、薪への着火をよろしくね。詠唱でも威力を調整できるかの実践だ。怜樹なら、強くすること自体は簡単かもしれないけど、魔力の調節が大事だから。ちょっとずつ魔力を注ぐ感じで」
魔法は、俺が調理人アロニアの補助役として、頻繁に使用する。
そして、魔力を絞りながら発動させる練習がはじまった。
俺はささやく。
「ミットー……フラムモー……」
パチッ、パチッ。
キャンプ場で聞くような火花が爆ぜる音がする。なんだか懐かしい。
「最初は、小さい火で……そう、そう、良い感じ」
俺のイメージはろうそくの先に灯す火だ。そよ風で揺らいで消えそうで、また魔力を注ぐ。
メラメラメラ。
「おっ、おっ、良いぞ!」
アロニアも顔を心なしか近づけて、火を見つめている。
「燃えた~!」
「うん、じゃあ、煮込んだら、あとで消火の水をお願いね」
「任された!」
騎士ミラビリスは、すぐ近くで、騎士見習いの2人と打ち合い稽古をしている。
なお、もしも剣が弾かれて俺たちのところへ飛んできたら、アロニアが防ぐ予定になっている。
セラフも近くにいるみたいだが、よくわからない。
見た目より大人びているため、彼女の好きにさせている。鑑定眼持ちだし、俺よりずっと上手くやるだろう。
ジューッ!
「じゃあ、水をかけるよ!」
「はい!」
「アクア・サーペンス!」
指先から、やさしく注ぐ。
育てているアサガオの花に水をやるように。
「はい、じゃあもうちょっと強くして~!」
「応っ!」
ちょっと強く注ぐ。
水鉄砲で遊び回った昔の思い出のように。
ミラビリスがやってくる。
「おやおや、生活魔法の練習かい。良いなあ」
「ミラビリス殿は?」
「我はお昼の前こそ怜樹殿をお借りしたい」
「ほえっ?」
「打ち合い練習のお誘いだよ」
とびきりの笑顔とウインクをされてしまった。まずい、俺はこういう色仕掛けに弱いんだ。
「は、はい……」
鼻の下を伸ばしそうになる。
「あとでな!」
馬車は南へと、いちおう王都方面に進んでいる。
まだ子どもであるセラフ、御者をしているミラビリスを除いて、俺とアロニアと少年2人は外を走っていた。
「体の鍛練になるからな!」
と機嫌よく言っているのはアロニアで、一番鍛練が不要な人物だ。
単純に走るのと、俺に絡むのが好きなのだ。
少年2人も素直についてきたが、さすがに疲れていそうだ。
午後は走らないだろう。
俺が2人をチラチラ見ているのにアロニアも気づいて、
「治癒魔法を使えば、疲労も取れるんじゃないかな?」
とか言ってきたが、俺は首を横に振った。
「まだ若いし、短期的に見ればヒールで疲れは取れても、心も疲れるんだよ」
「なあんだ、まともに優しいこと言うじゃん」
「俺は優しいよ?」
「怜樹、お昼は、おいらとセラフで用意するから、好きなだけ鍛練してきていいぞ」
「おう……」
昼は料理の補助役を免除され、俺は騎士ミラビリスと騎士見習いの2人との打ち合いを行った。
「トメスとネシリも一緒だ、良いな?」
「はい!」
ミラビリスはかなり手加減をしてくれているのがわかる。
試しに聞いてみた。
「落ちてきた葉っぱとか斬れるの?」
「うん、斬れるよ? 良い歳だろうに、子どもみたいなことを聞くんだねえ」
あきれられつつも、笑って答えてくれた。
最後に型を2つ3つ教えてくれた。
「見せるだけだけど、できれば覚えて、練習して?」
「「「うっす!」」」
「1の型、静かなる剣先」
刺突と横一文字。
なぜかほとんど音がしない。風の魔法入ってる?
「2の型、荒れ狂う横波」
逆袈裟斬り、左逆袈裟斬り。
ただ、すごい圧迫感を感じる。
幻術? それともやはり風魔法の一種?
「3の型、研ぎ澄まされた精神の糸」
ミラビリスはそう言ってから、
「誰か試しにかかってこい」
「じゃあ、俺が」
ミラビリスは俺の放った剣檄を次々と避ける。
そして、剣が勢いよく弾かれた。
パッシーン!
「うおっ! これが……反射?」
ミラビリスはまったく動いていない。いや、手首と剣先は返されていた。
「反射ではない。身体強化と、あとは兆しを読むと言うことかな?」
機を見るということかな?
「最後に。怜樹はその剣じゃ厳しいのかな? もっと長い得物が好みなんだろう?」
「え……あ、図星……です」
「棍でもやっていたのか?」
「棍ではないけど、似たような感じです」
「棍をやりたいなら、筋力をもっと付ける必要があるぞ」
「筋力」
「怜樹は治癒魔法を自分の体にかけられるか?」
「うす」
「じゃ、それ使っていいから、少年らの2倍は体を動かせ」
「え?」
「年齢も、彼らの2倍以上は行っているのだろう? ちょっと精神的にキツくても耐えられるよね?」
「ちょ、待て」
「怜樹の目標は何だ?」
「おう、待てったら!」
「訳ありで偽名も認めている身の上だ……これ以上は我からは詮索することはない。だが、己の胸に手を当てて、思い出してみるのだ。自分が何処から来て、なぜ自分がここに在り、そして何処に行こうとするのかを。幼き時の自分が、この胸にいたら、何をしたいのかを」
「お、おう。……良いこと言うなあ」
「よく考え、感じるのじゃ」