5.新たな仲間を得て、南へ!(◆地図あり)
「リンクス! おい!」
アロニアの張り上げた声。
「んんっ……俺は?」
「ああ、良かったあ、起きたか! おまえ……魔力枯渇してたぞ……あの倒れ方は、ちっとまずかった……!」
「まずかったのか」
「でも、少女は助かったぞ」
「おお! 良かった……!」
「あっちも、まだ眠っているみたいだが、とにかく、おまえが先に起きてくれて助かった」
「?」
「おいらは、ちょっと食料を探しに行ってくる。ここにいると、いろいろまずいんだ」
「えっ、どゆこと?」
「じゃっ!」
「ホントに置いて行くの!? 待って?」
「今は脅威はない。あと、その子の首に奴隷紋があったようだが、切り傷で消えてしまった。もう奴隷契約は存在しない」
「えっ?」
矢継ぎ早に説明して、アロニアは慌てたように駆けていった。
まるで、逃げているようだ。
この眠っている少女から。
アロニアが恐れるような何らかの能力がある……?
で、ある意味、無垢な俺を残して、俺たち、大丈夫なのかな?
しばらく少女の寝顔を眺めていた。
7歳くらいか?
俺の姪っ子を思い出す。
前に着ていた服は無残にも破けていたので、アロニアが魔法バックから出した薄桃色のシャツを着せたようだ。
この少女は、オレンジがかった赤髪で、肌は日に焼けている。
奴隷出身という割には、健康的な感じで、意外と元の主人が良かったのかもしれない。成長したら美しい娘に育ちそうだ。将来の妾候補に育てられていたのかな? 捨てられたというよりは、あの巨大鳥に襲われて、主人と離ればなれになったのか。
むくむくと膨らむ俺の妄想。あれこれ推理しているだけでも時間が経つ。
アロニア、まだ戻ってこないのかな。
「あ……」
か細い声がした。
「え?」
「あ、新しい、マスターですか?」
「え、あ、俺、そんなつもりじゃ」
「助けていただき、ありがとうございました……ますたあ」
「俺は通りがかりの旅人であって、きみの主ではないよ」
「でも、私の命の恩人ですよね……? 私、お仕えすることでしか、このご恩を返す方法がありません」
「いえ、拾って、連れていくつもりではいたけど……」
「では、やはり、私の新しいマスターですよね!?」
おい、グイグイくるなあ……。
アロニアが避けていたのはこれか?
この世界じゃ奴隷育ちというのはこんな感じになっちゃうのか?
それとも鳥の雛が初めて見た動くものを親と思うのと同じ系なのかな。
「あ、あのねえ。俺はきみの主人になるつもりはないし……そうだな……姪っ子のような感じに思ったから、助けたんだ」
「かぞく?」
「ま、そんなもんかな」
「やったあ! 助けてくれて、家族だなんて!」
いきなり少女が俺の首に抱きついてきた。
俺、この対応で良かったのかな……?
アロニアは、まさかこの役回りを俺に押し付けて?
抱きつかれたまま、童貞の俺は、こんな7歳児(?)相手にアワアワしていると、ふと、少女の背中にある2つの翼のようなものに気づいた。
「あれ、これって翼?」
「あ、うん。私、竜人の血が入ってるから、羽が生えてるの。首輪が取れちゃったから、羽が出てきちゃったのね」
少女が上目遣いで見つめ返してきた。
「魔封じの首輪かな?」
「お兄さん、びっくりしないのね?」
「珍しいなあっては思うけど」
「ふつうは怖がる人が多いのよ」
「なんで? こんなにかわいいのに」
俺は素の感想を返す。少女がフッと笑った後、いたずらしそうな顔になる。
「幼い竜人は、魔力を制御できなくて、危ないの。だから本当は、首輪で封じてたの」
「魔力? ああ、このモヤモヤしているものか」
「私に触れても、熱いって言わないのも不思議……」
「ああ、俺、治癒魔法は得意だからね。火傷しても自動で修復」
「何それ!? 便利ィ~!」
「ねえ、そろそろなんて呼ぶか困るから、名前を聞いてもいい?」
「生まれたときの名前は、セラフよ。熾天使から取ったの」
「じゃあ、セラフって呼ぶね」
「うん! それで、ますたあのお名前は?」
「俺は、とりあえず、リンクスって呼ばれてる」
「まるで別の名前があるみたいだね!」
「怜樹って名前もあったんだけど、こっちじゃ馴染みがないかなあって」
「れいじゅ? 変わった名前だね~」
推定7歳児にそう言われても、ただ人生経験が少ないだろうから、よくわからないが。
「お兄さんの耳、長いね~!」
「そ、そう?」
俺は思わず自分の耳を触る。確かに、エルフ耳のようだ。長くて尖っている。
逃避行でバタバタしているから、鏡で自分の顔すら見たことがないんだよなあ、これが。
「お兄さん、ちょっとイケメン」
ちょっとって何だよ!? ちょっとって!!
でも、造形悪くないのかあ……。と俺は自分の頬を撫でながら、しみじみと思った。
本当に、人生やり直しできるかもしれない。
「ねえ、お兄さんのパーティーって、もう一人いる?」
「うん、今、食材を取りに行った」
「あ、あの人も仲間なのね? あの人、すごく変わっているよね?」
「変わっているとは?」
「外側は土人形っぽいのに、しゃべるんだもの。核の中にも入れ物があって、瓶の中に小さい人造人間が入ってるよね」
「人造人間って錬金術の?」
「お兄さんこれ作った人じゃないのね?」
「作ってない」
「これ作った人は天才よ。人造人間と土人形製作の両方をやり遂げたの」
「やはりアイツはすごいのか……」
会ったこともないけど。おかげで俺は生きていられる。
「連れているお兄さんも異質ね。混ざっているものね?」
「きみって、鑑定視ができるんだね……」
「あ、まずい」
「言いたくないのか」
これがアロニアが逃げた理由か。納得だ。
ホムンクルスってヤバいんじゃないの?
リンクスの親友だったヨアキムって、凄腕の錬金術師だったんだな……。
「……うん」
やっとセラフの減らず口が閉じた。一安心だ。
「あ、アロニアが帰って来たぞ。お待ちかねの朝食だぜ!」
なお、俺は炊事に関して、俺も早く生活魔法で調理できるようにならねば! とは内心焦っている。
「アロニア、俺も……何か作りたいんだが……」
「蒸し料理とかどう? 霧と火の応用でさ」
「おっ、いいね~!」
「お嬢さんも、おはよう。気分はどう?」
「はい、怪我が嘘のように治って、とってもうれしいです! 助けてくれて、ありがとうございました!」
「別においらは、助けたわけじゃないから。お腹は空いた?」
「はい、食べてみたいです」
「お腹がびっくりしないように、少しずつね」
アロニアはいつもの野菜スープと、芋を焼いている。
「じゃあ、リンクスは肉、焼いてみる?」
俺は肉を蒸し焼きにする役目を仰せつかった。
たぶん例の鶏肉なんだろうが、すでに昨日焼いてある肉だ。
アロニアが先ほど摘んできたらしい香草を上に被せて、大きな葉で覆ってから、砂地に埋めた。
そこに霧の魔法と火花の魔法をかける。
うん、火力が弱いが、気長にやろう。
「セラフって、どこの国から来たの?」
「生まれた国はわからないの。ザンツ神聖国から来たの」
「その国に帰りたい?」
「ううん。元のマスターは、私を売りたがってたくらいだから。帰らなくていい」
「そうかあ」
「南に進むべきかな」
ふとアロニアがつぶやいた。「ヨアキムはもっと南にいる」
「南の国に入るの?」
「たぶん」
「じゃあ、身分やら名前の準備がいるかな」
「身分はおいらが考えておくけど、リンクスは偽名を考えといてな」
「偽名ねえ……」
怜樹で良くない?
「おや、その香草肉、いい香りがしてきたぞ」
「初めての俺の料理~!」
「火、ちゃんと通ってるかな?」
「失礼なッ!」
地中に埋めちゃった感じなので、見た目はアレだが、アロニアが土の魔法かなんかで掘り起こして、いざ一切れを口に放り込む。
「う、旨い!」
意外にも、会心の出来だった。これで俺も自炊能力を手に入れた! ただ、食べていいものと悪いものの識別ができないので、まだアロニア任せだけれども。
「リンクスのくせに、ちゃんとできたな……」
「俺だって、料理したかったんだよ!」
「お兄さんとお姉さん、いつもこんな感じなの!?」
セラフはかわいそうに、俺たちのじゃれあいを、ケンカなのかと思って、戸惑っているようである。
でも、きっとすぐに慣れるだろう。
食後の恒例のアロニアへ魔力充填をすると、俺たちは荷物を魔法バッグにまとめて、出発する。
「じゃあ、とりあえず南へ」
「「おう!」」
その日は、特に追ってくる魔獣もおらず、他の魔獣にも出くわさなかったので、俺たちは快調に進んだ。
「例の鳥の縄張りだったのかなあ……他の魔獣がいない」
きょろきょろと周りを見回すアロニア。俺もまったく魔獣の気配を感じない。
セラフが正面を指差す。
「あの崖を登るの?」
「たぶんそうだ」
「私が2人を運ばないといけない?」
「翔んで運ぶってか? その必要はない」
「おいらはパワーごり押しタイプだから、自分で登れる」
「ほら、アロニアもこう言っている」
「リンクスには風の詠唱を教えようか。飛んで越えられるぞ?」
「集まり来たれ小さき塵旋風、我、請い求めん、巻き上がれ、怒涛の……ってやつ?」
「それは攻撃用だから、少し違う」
「じゃあ、えっと……霧と合わせたら?」
「ジェット噴霧で飛ぶ気か。まあ、いいんでは?」
まずは右手から。
「滔々たる水を司る神よ、蜂の大群を包み、地に沈めん。水流龍射!」
次に左手を。
「集まり来たれ小さき塵旋風、我、請い求めん、巻き上がれ、怒涛の疾風迅!」
俺は霧と風の魔法を使って飛んでみた。が、1メートルくらいしか飛ばない。
「うーん、失敗かあ……」
俺には今回も残念な失敗であった。
しかし、アロニアはそれを見て、額に汗までかいたのだった。
(リンクスは気づいてないけど、二重術式の発動は……さすが元・魔術師の塔の所属なだけはあるな……)
俺は気を取り直す。
「あきらめて、じっくりと登山するか!」
100メートルほどだが、ほぼ垂直な崖なのだ。
「仕方ない……セラフは、おいらの背中にしがみつけ」
「えっ」
「怖かったら、目をつぶってくれ。足場を土の魔法で作れば、大丈夫だろう」
「俺は?」
「縄の端を肩に結んでおいてくれ」
「ああ、命綱ね。はいはい」
幸いにも、「ファ○ト~! ○発~!」の状況にはならない。俺とアロニアは、魔法でせり出させた足場を握って、スタスタと登攀していく。
崖のてっぺん直下でアロニアがしばらく止まり、上部の平地に魔獣や人影がないか確かめた。
「よし! オールクリアだ!」
「アイアイサー!」
登り終えると、すぐに近くの茂みまで駆けていき、やっとそこで休憩となった。
セラフが聞いた。
「崖の上を走ったのはなぜ?」
「鳥形の魔獣への警戒さ。念のためな」
「なるほど~!」
もちろん答えたのはアロニアだ。俺はうなずくだけだ。
アロニアは嬉々として魔法バッグから食材を取り出しはじめるが、俺は小さな違和感を覚えて、森の奥を見通した。
「おや、またリンクスの地獄耳か?」
「何かいるの?」
「うん、人の気配がする。あと、馬車も」
俺は言った。
「はあ……すでにおいらより索敵能力が数段上になっちゃったか……。これから先はリンクスに先鋒を任せよっと」
「あれ、向こうも俺たちに気づいたみたい」
「えっ」




