3.魔獣たちの中に道を開けて、進め!
もらった剣に火花をまとわせた。
「火炎射出!」
アロニアが防ぎきれなかった魔獣を、俺は剣でいなした。
「ミットー・フラムモー!」
「おっリンクス、意外とやるじゃん」
「オミット、フラムモス!」
「なんか違うけど! せいやっ! ハアッ! まあいいか!」
アロニアは攻撃の9割は防いでくれる。
「ハアッ! とどめー!」
ただ、アロニアが攻勢をかけると防御の1割ほどが漏れてしまう。
パラパラパラ、と何かが落ちる乾いた音がした。
「うわっ、こっちにいっぱい針が降ってきた!?」
「それ毒だから」
「え、待って……」
毒針が降ってきたってこと!?
危ないじゃん!
「治癒魔法を使って。もうちょっと攻撃主体にしたいから、このまま踏ん張ってくれる?」
え、マジ!?
「はい……」
「背中は任せた!」
基本的には2本足のサイのような魔獣が襲ってくるが、ときどき巨大な蜂のような飛ぶ魔獣が針を突き出してくる。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
どうにか全ての蹄と針を躱して、ときどき剣をぶつけて威力を削ぐ。
親父が警察官だったのが、役に立った……。普通の剣道に加えて、軽く護身術は習ってた。はるか彼方の記憶だが。
刃を当てるだけでも、魔獣は「ギャン!」と鳴いて痛がり、怯む。その一瞬の隙を刺突し、胸元の魔石をえぐって飛ばす。
「ああ……よしっ!」
「リンクスがその調子なら、おいらはもうちょっと勢いを上げるぞ? おいらが殿を務めるから、おまえはその攻撃で魔獣たちの中に道を開けて、進め!」
「俺、そんな突破力なんて、ないよ!?」
「わかってる。それはおいらが回ってやる」
「え?」
アロニアが独特のリズムで足を動かしはじめる。速い。そして、回る、回る。
回転ではなく、弧を描いて飛ぶようにかける。ゴーレムのくせに、とてもしなやかで、滑らか。
アロニアも基本は剣術だ。レイピアを使う。
蜂に対しても基本はレイピアで切っているが、省略した詠唱も用いる。
「滔々たる水を司る神よ、蜂の大群を包み、地に沈めん。水流龍射!」
水球がゴゴーッと降り注ぐ。
巨大蜂は水の中で息ができず、溺れ死ぬ。
「おおっ」
俺も真似したい、とは思うが、火球のつもりで火花しか出せてないから、水球ではせいぜい霧……だと思うので、今はやめておく。あとで水を使いたい場面が来たら、練習しよう。
「えいっ! えいっ!」
だから俺は火花の剣で斬る、斬る、斬る。それしかない。
「大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫。たぶん……ヒール!」
白い光魔法が両腕を淡く包み込む。
「ああ。ぜいたくな治癒魔法の使い方」
「だから大丈夫。まだ、いける」
アロニアがニヤリと笑って白い歯を見せた。声を張り上げる。
「よっしゃあ! 突破したら、今晩はステーキを焼くぞ!」
アロニアのやる気に火が着いたらしい。着火理由はちょっと不明だ。
「余計に何かを誘き寄せるんでは……?」
俺はちょっと怖くなった。
◆
やや離れた丘の上から、リンクス(怜樹)とアロニアの奮闘を呑気に眺めている青い騎士がいた。
隣国ウィクラシア王国の騎士である。
ここは国境地帯であるからだ。
「おや? 派手な魔法を撃っているな。 あの魔獣の巣くう森に命知らずの2人の冒険者パーティーがいるのか? 助けるべきか?」
はじめはそう思ってヒヤヒヤしていたが、
「む。ジリジリと西側に移動して、魔獣の数も減らしているぞ」
有利に戦いを進めている様子で、途中から安心して見ている。
「うん。助太刀はしないで済みそうだな」
馬首を南のほうに向き直して、ドウ、と手綱を引く。
「偵察は終わりだ。こちらに来る魔獣はいない」
それにしても、エルフ耳の細身の男剣士と、女の美人めな魔術師か……と青い騎士は心に留めた。
エルフなら普通は弓使いなんだけどな。
ま、それは置いておこう。
◆
アロニアの水球の攻撃と、俺の火花の剣で、巨大蜂はほぼ全滅した。
「これで女王蜂が来る前に……どんどん逃げる!」
「女王蜂は嫌だ~!」
お代わりは御免だ。これ以上、蜂面を見たくはない。
なので、がんばって走る。
サイのような魔獣は、思ったよりスピードが出ないので、俺たちが走るほど脱落していき、数が減ってきた。
「あと3頭か!」
「このまま逃げる? それとも反転して攻撃するの?」
「まだ女王蜂が来てもおかしくない。もっと逃げる」
けっこう遠くまで来たはずじゃ? でも魔獣だから常識外の能力を持つはずだ。
「蜂って確か……匂い?」
「目もよく見えるはずだよ」
しかし、サイの魔獣もしぶとい。まだ付いてくる。
「アロニア、火球は?」
「あと3発分か? 魔力の残が足りない」
「充填すれば良いか?」
「頼む」
駆けながら、左手を伸ばし、アロニアの首元に魔力を注ぐ。
シュウウッと、それなりに魔力が抜き取られる。ただ、俺の残量はまったく心配いらなそうだった。
「よしっ、反転するぞ!」
「おう!」
アロニアは無詠唱で火を放ち、ドドドンッと3連射した。
全ての火球がサイの魔獣に命中した。
3頭とも一気に倒れる。
「とどめは?」
「魔石を抉ってくれ!」
「了解!」
俺は火花を散らしながら、最後の3頭の分厚い皮膚に突き刺す。今までで一番硬い。
「えいやっ!」
3回同じことを繰り返す。
「お見事。ご苦労さん」
「ふう。徐々に相手が強くなった気がするな」
「それはおまえもだよ。戦いながら強くなるなあ」
「ふう……」
「それより、魔力は大丈夫か?」
「大丈夫」
最後にアロニアが言った言葉は風に紛れて、俺には聞こえなかった。
「……えげつない魔力量をしているな」
しばらく歩いた。
日もだいぶ傾いた。
「そろそろ夜営しようか」
「蜂はもう大丈夫?」
「絶対はないけど、大丈夫」
微妙に安心できない言い方で、パーティーなら士気に関わるな。まあ俺一人なら平気だ。俺も前世はやや悲観的だった。気持ちはわかる。
「リンクス、あの辺でステーキにしようか」
「やった!」
アロニアはいくつかの生活魔法をゆっくり見せてくれ、詠唱もわざわざ丁寧にしてくれた。
「覚えた?」
俺はふるふると頭を振る。
「ごめん、俺、1回じゃ覚えきれない」
「わかってる。おまえの詠唱を聞けばな。だから毎回繰り返す」
「はい……」
「おっ、良い形に切れたぞ!」
えっただの失敗作では。
「リンクス。見ろ。これがおいらたちのいるエリクモール大陸の形だ」
「エリクモール?」
「中央にあるのがウィクラシア王国、その東がザンツ神聖国、北がおいらたちが脱出してきたエリクス魔道国、西は……何もない砂漠の地だ」
「エリクス魔道国? 俺のいた『魔術師の塔』っていうのはどの辺りなの?」
「エリクス魔道国の第2の都市モノマスのことだ。この辺り。エリクス1の魔術師養成・研究機関、通称『魔術師の塔』で有名だ」
「ほう」
「あとはウィクラシア王国の南に、エルフの隠れ里やら、獣人国家や、魔族などの小規模国家が複数ある。山がちなんだ」
「魔族ってのは、どういう種族を指すの?」
「オークとか角を持っている種族ぜんぶ」
「ドワーフっているの?」
「ドワーフはエルフ同様に隠れ棲んでいる。一部の商人しか知らない。ちな、おまえの親友っていうのもドワーフの隠れ里に潜んでいる」
「すまないが、その……親友の名は?」
「おまえ本当に記憶がないのだな……ヨアキムだ」
「ヨアキム……」
俺の声が沈んでいく。アロニアがいきなり明るい口調で話題を変えた。
「さぁて、焼き加減はこのくらいかな!?」
「おう、できた?」
「塩と胡椒をひと振り~!」
それよりも、胸が揺れている。実に精巧だ。
俺は今日という日を生き抜いたのだ。
アロニアというゴーレムに欲情しそうだ。
「アロニアたん、あとで……」
「あとで?」
「いや何でもない」
最低限の調味料だったが、ステーキは沁みるほど美味かった。
「おいしい……」
なぜか涙が出た。
「そういえば、今晩、どうする?」
「うっ、グッ!」
ステーキが気道に入りかけた。
「大丈夫?」
「うん……」
「2人しかいないし、おまえは精神的にも堪えただろう、おいらが寝ずの番をしようと思う。……ただ、魔力をその分ももらうけど」
「おっおう」
俺はどぎまぎした。これは俺のやり直しの人生だ。
「アロニアたん、抱きしめても、いい?」
「どういう意味だ?」
冷ややかに切り返された。
「いや、大したことでは……ないよ?」
明らかにそういう機能を持っていそうなのに、アロニアの性格が厳しい。
「また運ばれたいのか? 抱っこで」
「きみはそれでいいんだ……」
「リンクス。ステーキに酔ったのか?」
俺はアロニアに魔力を分けてから、眠った。
浅い眠りの時、なぜかカラスのような鳴き声が気になった。