26.敵方の情勢分析と祝祭日の前に
(怜樹の仇、エルゼパルの視点)
冒険者ギルドに忍ばせた隠密から、頻繁に情報が入ってくる。
なんとリンクスは冒険者ギルドに住み込んでいるらしい。
「懸賞金をかけているのに、なぜ捕らえないんだ!?」
と嚇しをかけると、
「あっちはあっちで、宰相筋の後ろ楯を得たようですよ。下手に出ると、国家間戦争の引き金になりますよ」
と冷たく返ってきた。
「手を出すべきじゃないってことか?」
「エルゼパル様の私怨を公表なさるしかないようです。権力に負けて逃亡した者の亡命は許されますが、エルゼパル様が公式にウィクラシアまで赴いて、リンクスを捕獲すれば、あの王国は口出しできません」
なかなか骨のある間諜のようだ。今どき珍しい……。
冷静になってみると、彼の言う通りだ。
「ならば外交筋に、わしの訪問を伝えよ」
「はっ、では日程を調整しまする」
とりあえず、それで良し。
それと次は……?
「リンクスの魔術のほうはどれ程の進歩があったのか?」
「アイアン級での登録だそうですが、最近は、依頼を多数こなしているそうで、もうすぐブロンズ級の冒険者に昇格するのではと言われています」
中級の術師として。
「堅実に成長しているな。ギルドで把握している得意分野は?」
「主な魔術は、治癒魔法、火焔魔法、光線照射だそうです。なので、魔物討伐や治療院の依頼を受けることがほとんどだそうです」
「治癒と攻撃系だな。リンクスの適性とは全く異なる術師に成長しているようじゃな」
「ええ」
「では、記憶の蘇りの可能性は……なし、か」
「記憶の蘇り、とは何ですか?」
「生前のリンクスの記憶を、新しい魂が引き継ぐ、ということだ。そこまで至れば、わしの実験の完全なる完成形となる」
「記憶を引き継ぐと、得意分野や成長分野に差が出るという訳ですか……」
「リンクスの身体の記憶を呼び出さなければ、彼は魔道具も錬金術も使えず、わしに捕まる時の戦いは防戦一方になるだろう、という意味じゃよ」
「はっ、注視しておきまする」
「そうじゃ、これもおまえに見せておこうか。ここにいる小僧が、今のわしが用意できる最高傑作だ。ダークエルフの素体を使用し、オークジェネラルの筋力を移植し、魂には……。魔力はもうすでに中級を使いこなし……ふ、ふふふふふふふふ……」
◆
(怜樹の視点)
そろそろ祭りが近いようで、家々の軒先に色とりどりの布やペナントがはためいている。
先祖の顔を描いた仮面を被ったり、霊的な仮装をしたりするイベントだそうで、転移前のハロウィンを思い出す感じになりそうだ。
アロニアたちも一昨日からせっせとお面作りに励んでいる。
街中には気の早い屋台も数軒、出店している。
俺はその中の「伸びる飴玉、串つき」を買ってみては、歩きながらなめていた。
案外グミみたいな感触で、懐かしい味だ。俺の子供の頃にあった、練り練りできる色とりどりなグミを思い出した。
と、隣から背の低い子どもが駆けていて、俺にぶつかり。
「おいっ!? 待て!」
何か持っていったか?
あ、グミはちゃんとある。
だが、財布がない。
鈴は腰にくくってあったから、無事だ。やはり、金目のものだけわかって盗んでいったようだ。
子どもだから、正直に財布だけで済んだ、ということか。
俺は子どもに狙いを定め、
「空間魔法、縛り……固定!」
その子どもの動きを封じた。
そして風魔法で、財布だけ俺のもとへ飛ばして、無事に回収した。
うまく逃げろ、子ども。
これ以上、俺に絡んだら、厄介なことになるぞ?
次に目についた屋台で、今度は
「お好み焼きに似た見た目だが、ソースは妙に甘い」食べ物を頼んだ。
変な味だが、これも懐かしくて、いける。
祭りの前でも意外と楽しめるなあ、セラフあたりを連れてくれば良かったなあ、などと思った。
食べながら、路地を歩いていたら、やはり囲まれた気配がした。
「なんか用かね?」
俺はモグモグしながら言った。
「おうよ。羽振りの良さそうな治癒師よ、有り金をすべていただくぜ」
この辺は、なんとも……治安が良くないな。
そして案の定、1人目が剣を持って襲いかかってくる。
風魔法で剣をなぎ払い、次にまとめてきた二人の対処をする。
どこから現れたかわからない棍に、慌てる者もいる。
「武器が出てきた!? どこから?」
本当は収納魔法で出したが、この世界、折りたたんで背中に隠せるような武器はたくさんある。
三人を倒し、他に気配がないか探知する。
誰もいないようで、ほっとした。
その後は、ブラブラと歩いて、川辺まで行きついた。
もう祭りの雰囲気は微塵もない。
いや、少しあった。
日本の彼岸とハロウィンが一緒に来た感覚なのか、先祖を祀る風習もあるのがこの祭りの特徴だ。
墓場にはポツポツと人がおり、思い思いに祈ったり、花を供えたりしている。
墓場の隣には小さめな修道院があり、(俺のイメージの修道院が世界遺産クラスの大きさであるため、それよりは小さいと言うだけ)修道院には冒険者ギルドとは別に独自の「治癒術の依頼」がある。
修道院の中では、信徒と思われる女性1人と、聖職者1人が祈っており、しばらくすると2人は解散した。
聖職者が俺のローブに気づいて、こっちにやって来た。




