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2.魔力、充填‼


目が覚めたら、森の中だった。


「あれ? 森?」


あのいまいましい魔術師の塔からは離れたようだな。助かったぜ。


お腹が減った……。


城門から脱出するとか、言ってたな。ここが森だとすれば、成功したのだろう。


隣で美女のゴーレムが座って俺を見つめている。


「わっ、びっくりした!」


距離が近い。うっかりすると触れられそうなくらいに。


俺は恥ずかしくて頭をかいた。


「あ、あの……名前とか、ないの?」


「おいらは、一○七式改だ」


それが名前なの? と言いかけたが、いやいや違うだろ、と思い直す。


「それ製造番号な。もしくは型番。なので名前とは呼べない」


俺が突っ込んでやったら、彼女は明らかにシュン……としおれてしまった。


「他に呼び名がないのなら、俺が名前をつけてやるよ」


「ほっ本当かっ!?」


彼女は目をキラキラさせて俺を見上げた。きれいな鈍色の瞳……と思って、俺はドキッとした。

体型といい、俺の好みド直球なんだよな。

胸の大きさなんてゴーレムには必須じゃないから、たぶん製作者の趣味なんだろうけど。


「名前はそうだな……アロニア、とかどうだ?」


「それいいな!」


あっさり採用。


「うん、じゃあアロニアで行こう。そういえば、アロニア。俺の傷は治してくれたのか?」


「いや、おいらじゃない。でも、少し口移しで、薬と栄養液は飲ませたんは、おいらだけど」


「口移しぃ!?」


そっぽを向きながら、顔を赤らめている。なかなか人間らしい、高性能だな。


いや、待て、待て、待て。ポーションを持ってきてくれて、飲ませてくれたのは有り難いんだけれど。


「地味に俺のファーストキスを奪った!?」


「えっ、おまえはモテるんじゃないの? おいらの記憶にはそう刻まれているけど……」


「俺、モテてたの?」


「鏡見たことないの? けっこうイケメンだと思うけど」


「鏡、見たい……」


「はあ?」


アロニアがグイと俺に迫ってくる。近い、近い。


「リンクス。おまえ、中身がおいらの知っているリンクス・アローじゃないな?」

と険しい顔で詰め寄ってきた。


「あはは……記憶、喪失……じゃないかな……?」


「記憶喪失」


苦笑いで答えることしかできなかった。


アロニアとの関係は、俺の元の体の主リンクスが、アロニアの製作者と親友だったからでしかない。


だけど、リンクスは死んじゃったらしい。記憶もない。


もし、俺の中身がリンクスでないと今、知ってしまったら、アロニアは俺を見捨てて、どこかへ行ってしまうだろう。

それだけは困る。


アロニアなしでは、この世界の地図も常識もない俺は、1日で死ぬ。


だからどうにかして、俺自身はアロニアをつなぎとめ、いち早く主従契約か何かで、強固に切れない関係を構築しなくてはいけない。


そんな悪辣なことをつらつら考えていたら、グウと腹が鳴った。


「あっ、ごめん! そろそろ食事にしようか?」


謝ってくれたアロニアたんが、可愛い。


「腹ペコだ……ぜひ頼む」


「おう、任してくれい!」


口調はオッサンなんだけどな。







材料は俺が眠っていた間に下ごしらえしていたようで、アロニアは、魔法バッグからいろいろ取り出し、最後の加熱調理をしてくれた。


「はい、お待ち! 熱いよ?」


「ありがと。いただきまあす!」


俺が病み上がりみたいなものなので、肉は少なかったが、今はこれで丁度いい。

味付けは西洋の料理って感じがした。

コンソメスープとかの味付けに通じるものがあるとか、そんな感じで。


「やっぱ、食事の作法とか……記憶とちょっと違うんだよね……」


ドキッ。


「そお? 美味しいよ?」


慌てて誤魔化した。

名前は知らんがリンクスの親友とやら、すさまじい観察力だな!

焦るよ……。


「そういえば、アロニアは食べないの?」


「おいらは、動力源は魔力なんだ」


「どうやって取り込むの?」


「おまえのような、魔力の高い者から直接供給してもらう」


「うっそ。俺、魔力高いの? 魔術師のオッサンには散々に言われたけど? 俺、空っぽなんじゃないの?」


アロニアは目を剥いた。


「エルゼパルの目は節穴か? 腕の魔術経絡を鑑別しても、問題なし。魔力も感じるぞ。おまえがちゃんと魔力を制御すればいいだけのことだろ?」


「その制御が難……というか、はなから無理って感じに言われたけど?」


てか、さらっと俺の腕を見たとか、言ってくれたな。まあ、きっと傷の確認で全身も見られたんだろうな……うわあ、恥ずかしい!!


「無意識に自己治癒の魔法を使ってたみたいだから、たぶん大丈夫だと思うよ」


治癒魔法ってことか。

あの血を止めたのが俺自身の魔法だったってこと?

なのに……ぜんぜん意識なんてしてなかったぞ。


「どうやったか覚えてない……」


「そう? まあ肉体の自己防衛反応みたいなものじゃない? 鍛えれば、その無意識の感覚は、モノにできるはずだよ」


「マジか……」


なんだか途方もない難題な気がするけれど。

はあ……ドッと疲れた気がした。

魔法って、何なんだよ……。


アロニアが飛びっきりの笑顔でおねだりしてきた。


「ねえ、ご飯食べ終わったら、おいらに魔力注いでくれない?」


「ごめん、どうやってやればいいの?」


「はああ……」


おもいっきり、ため息をつかれた。


「すまない、頼む! きみが頼りなんだ!」


おもいっきり、渋い顔をされた。

何がいけなかったんだろうか。


「その頼む時の手の組み方も変だからッ!」


「すまな」


「決めた。おいら、おまえがほんっとうにイチからの出直しなんだっていう体で接する」


「え……? うん。そうしてくれると有り難い……」




仕方なさそうな顔で、アロニアは俺に言った。


「手を伸ばして。おいらの鎖骨に……」


「えっ、あっ、鎖骨ぅ!?」


俺は数歩後ろに飛び退いた。

女の人と、そんな距離に近づいたことなんて無いぞ。セクハラじゃん?


「ちょっと恥ずかしいだろうが仕方ないんだ。ここに魔法陣が収められているから、押してくれ。おまえの魔力を吸い取る」


しかも触れるのかよ……。

気まずいやつじゃん。はああ。


じっとアロニアの鎖骨を見る。

むう、柔らかそうだ。


やっぱり、俺のタイプだからな……。

こんな素敵な人の公認で触われるなんて、なんて運の良い男なんだ俺は!


おっと、いかんいかん、鼻の下を伸ばしてはいけないな!

真面目モードに戻ろうっと。


こほん。


「では、押すぞ」


「おう」


うん、やはり人肌のように柔らかい。俺の親友の趣味なんだろうが。


ブワッ、と何か温かいものが俺の手から抜けていった。


「うわっ!」


そして、程なくして魔力の吸い取りは終わった。


「これで、いいのか?」


あまり俺は疲れていない。お腹も気力も大丈夫だ。


「うん。良い魔力だ。助かった。質も良いみたいだ」


「今のが……魔力……?」


「今、おいらが吸って、出ていった感じ、わかったんだね?」


「わかる。こうでしょ?」


さっきの一瞬でわかった。

これならすぐに「できる」と思った。


腕の経絡がなんとか……と言うか、ひとつずつ順番に灯っていく感じで。

壁一面に貼られたイルミネーションの無数のライトが目まぐるしく点滅し、全体で波のような光の絵を浮かび上がらせ、肘から指先へ波を動かしていくように。


俺は両手を前に出し、ブワワワーッ! と魔力を吐き出した。


俺としては満点の出来だ。

初めて意識した割には、ごっそりと魔力を出せたんではないか?


さぞかしアロニアも喜ぶだろう……と思って彼女を見たら、あきれて、驚いた顔をしていた。


あ、俺、まずかったかな?


アロニアは、首を振り、悲しそうに言った。


「あのね……これでは魔力を地脈に返しただけだ」


魔力を地脈に返す?

ああ、そっか。

魔力はもともと地脈からもらっているってことか。


アロニア自身は地脈から魔力をもらえないから、俺を経由したってことか。

では、俺自身はどうやって地脈から魔力をもらったのか?

無意識だが、それができるってことが、この世界の魔術師ってことか。


さっきの魔力は出ていっただけで、なんの役にも立たなかった。

風すら起こしていない。

流れていっただけだ。


元あるべきところへ、ただ戻っただけ。

まるで借りたお金に、何の利子も付けずに返しただけ。

それではきっと誰も喜ばない。銀行も儲からない。


「勿体ない……っていうことかな?」


俺は聞いた。


「そうだ。魔力の有効化ができていない」


「有効化? もしかして、水や火に変えるとか?」


「そうかも」


そう言われて、俺は試す気になった。


「ウォータースプレー」


不発。


「ファイヤーボール」


なにも出ない。


「ウィンドカッター」


風は起こらない。


「あ、あのさ……」


ひとこと言いかけるアロニアを無視し、次の魔力を。

ちょっと痛いけど、腕に爪を立て、ギイイっと引っ掻いた。


みみず腫れになり、血がにじむ。


アロニアが俺をじっと見ている。


俺は息を吸い、魔力が動いて、怪我を治すイメージを脳裏に描いた。


「ヒール。おっ」


腕に白い光が広がり、傷の部分を治癒した。


「できた、できた! 治癒できた! 俺、ちゃんと魔力を有効化できた!」


俺ははしゃいだ。生まれて初めてだ、こんなすごいことをしたのは!

魔力だよ。

魔術師だよ。

こんな夢みたいなとんでもないこと、しちゃったよ!


受かれている俺に、アロニアは戸惑った声をかける。慌てているようでもあった。


「えっと、ちょっと良い? その呪文、ちゃんとした呪文じゃないよね? 全部呪文認定ができない」


ちゃんとした呪文? 何それ?

呪文認定って何なんだ……ああ、そっか。長い呪文が必要なのか。

外国語のように抑揚をちゃんとつけ、発音をしっかりし、きちんとネイティブにも通じるようなきれいな構文で...…。


えっ、でも俺、できてたじゃん。

ちゃんと傷が治ってたじゃん。

やっぱりヒールのかけ声だけで良くないかい?


でもさ、いちおうこの世界の先輩であるアロニアたんの顔を立てて、ちゃんと理論を聞いてみよう、と思ったわけで。


「えっ、じゃあヒールは?」


「効いてたけど、それも正式な呪文じゃないってこと」


あーあ、やっちまったか。

アロニアたんのお小言モードなのかな、俺の呪文が気に食わなかったらしい。


「だからそれって無詠唱なの」


「え?」


そこまで行く? 詠唱省略じゃないの?

あ、もしかして……ヒールっていうのは英語だから、この世界で通じる言語体型ではない?

俺自身の独自の呪文ってことになるかもな。


ただ、先輩のアロニアの意見は俺の予想とは違って、無詠唱なんだと言ってきた。


「無詠唱」


知ってる。ラノベで読んだから。

俺はちょっとドキドキしてきた。


異性とこんなに長くお話ししたこともないからそれ故の胸の高鳴り? いやいや、それはない。

これは、俺自身の魔法と魔法体系に対するワクワクの気持ちの現れだ。


魔法の体系によっては発動が速くなるし、相手にも気づかれないという一種のチート。


もしや、俺って、そんなチート能力を授かって転移したわけ?

嬉しい。

チートで無双できたら有頂天になっちゃうけど?


そんな妄想をアロニアの一言が打ち砕く。


「おっと、だけどね、他の魔力は詠唱が必要そうだから、呪文を教えてあげる」


ああ、確かにウォーターボールと火球は不発だったよな。ヒールと同じやり口でやったのに。


「助かる……。ところで、無詠唱って珍しいの?」


念のため聞いてみた。さっきみたいな勘違いがあったらいけないからな。


そしたら逆に聞かれてしまった。


「エルゼパルは詠唱してたのか?」


ほう、アロニアでも詳しくないのか?


「あまりしてなかった。魔法陣の起動くらいだった。……そうか、チートでは、ない……」


俺は何かを悟った。

エルゼパルはいちおうこの世界で俺が初めて見た魔術師で、俺を殺そうとしたやつだ。

彼を基準に魔法の適性を考えないと。俺が無双になる前には必ず立ちふさがる存在だ。


「おいらも無詠唱は一部できるが、威力は弱い」


アロニアたんも一部分は無詠唱できるって!?

ああ……!


俺は膝から崩れ落ちた。


「おい、大丈夫か?」


アロニアが手を差し出す。


「そっか、チートじゃないんだ……」


俺は手を掴む気にさえなれない。


チートでもない。

無双じゃない。


俺の自信は失われた。


だが、アロニアが手を差し出している。


「では、実演だ。手を出せ」


「えっ」


「おいらの出す炎を感じろ。それで、火傷したら自分で治癒しろ。行くぞ!」


「えっ、えっ?」


差し出された救いの手があり、その手はとても親切で。

俺は、その手を取ることができる。

俺に教えてくれる人がいる。


その温かな事実に、俺は、ちょっとうれし泣きをしたくなった。

ああ、俺は恵まれている……。


そうだ、この手を取り、彼女から教わればいいんだ。


俺の腕を握りしめたまま、アロニアは詠唱をはじめた。


「炎武神エラストノヴァよ、苛烈なる地底の全てを呑み込む女神デアよ、我、この身に宿りし魔力を糧に汝を顕現し、我の眼前に迫る脅威を焼き尽くせ。〈出でよ焔の掌〉、火焔射ミットー・フラムモー!」


最後の瞬間に俺の腕を離した。十分熱い。俺はすぐさま腕にヒールをかける。


できた。


アロニアが放った火球は放物線を描いて飛んでいき、樹を一本燃やした。


「燃やしちゃまずいんじゃ?」


「ああまずい。でも今ので火の魔法の流れを感じただろ?」


「うん」


「では早速、実戦だ!」


「実戦??」


アロニアがなぜか大慌てで魔法バッグを開けて、調理器具や食べ終えた食器類を収納した。

もちろん「プリフィコ!」と、洗浄魔法もかけて。


流れで洗浄魔法だとわかったが、英語じゃないなあ……。

さっきの長い前置きと、最後の何かの外国語っぽい音が詠唱には必要なんだ。

なるほど、なんか掴めた気がする。


俺は息を大きく吸い、詠唱をはじめた。


「ええと……我、この身に宿りし魔力を糧に汝を顕現し、我の眼前に迫る脅威を焼き尽くせ。出でよ焔の掌、火焔射ミットー・フラムモー・インフェルノス!」


「えっなんか違うけど」


アロニアがなんか異論を挟んだ、えい、いいや!

もう魔力は流れ、何か有効化をしなくてはいけない……!


パチパチッ。


なんか乾いたかわいい音がした。

え……小さくない?


火花が出た。でも、それだけ。


「駄目だ、間に合わなっ」


体勢を立て直したアロニアが追撃の構えを取った。


「えっ、ここ安全な森じゃないの?」


「ん? 魔獣の森だよ。だから魔物が出ることも……ハアッ! 集まり来たれ小さき塵旋風、我、請い求めん、巻き上がれ、怒涛の疾風迅イラトゥス・ウェルテクス!」


土煙の混ざる茶色い竜巻トルネードを、アロニアは呼び出した。


「おおっ! さすがアロニア!」


すごい!

すごいよ、俺の先輩は。

美しくて、物知りで、魔法も素晴らしい!


突進しようとしてきた何かを、竜巻が樹ごとなぎ倒す。


「よしっ」


満足げな声をあげるアロニア。

だが、俺の勘がざわついた。

何か来る。


「あれ、でも他にも魔物が……」


きょろきょろと辺りを見渡し、アロニアの顔が青ざめる。


「なんか集まってきてる!?」


慌てるアロニア。意外に思うが、心当たりは、ある。


「さっき俺が魔力を吐き出したからじゃん?」


「そ、それだ~!! おまえはまだ戦闘は無理だろうッ。逃っげろ~!」


俺の逃げ足は残念だが速くはないだろう。

逃げ切れないから、迎撃をしたい。

幸い俺は……自信があった。


「ちょっと待て。剣とか持ってない?」


こればかりは昔の自分をほめたい。

あの鍛練は、無駄にはならなそうだ。

この世界で、俺は、生き直すのだから。


「剣? あるぞ」


「用意がいいな」


アロニアが渡したのは、黒いひと振りの剣だ。

俺は剣をかまえ、


「炎武神、苛烈なるデアよ、我、汝を顕現し、我の眼前に迫る脅威を焼き尽くせ。出でよ焔の掌、火焔射ミットー・フラムモー!!!」


と叫んだ。


バチバチと火花が飛び、剣が煙を立てた。刀身は熱く、赤みを帯びている。


「まさかおまえそれは」


「ヘッヘ、なんかできそうだよ、俺の新形態が」


俺はアロニアに背中を向け、にじり寄ってくる魔物と対峙した。

心臓はバクバク、額からもドッと汗が吹き出ているが、これが……俺が、生きている! という実感だった。



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