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14.いざ温泉だ!


翌朝、俺はたぶんいつもより早くに起きた。


さあ、温泉だ!!


村人の準備があるから、と思い、はやる気持ちを抑えていたが、結局、朝食を済ませたら、アロニアとセラフとともに出かけることにした。


セラフは今日は朝からちゃんと起きている。


「セラフ、今日は温泉に入りに行くぞ!」


「おんせんに?」


「昨日、魔獣は討伐したからな!」


「怜樹よ、湯浴みに未婚の女子を誘うのは罪深いぞ……」


アロニアが難しい顔をして近寄ってきた。


「あ、すまなかった。もちろん、別々に入るよ?」


セラフは割って入ってきた。顔を赤くして。


「あの……ますたぁと一緒でもいいですよ? 私……」


もじもじして。



俺だって混浴は夢だ。

が、さすがに、これは。


「セラフ……それは、ダメだよ?」


「怜樹よ、なぜ疑っているのだ?」





例の村には昼前に着いた。

早速、温泉の辺りを見に行くと、もう大工事がはじまっているようだ。


「ほう、これは……」


「昨晩、怜樹が絵に描いたように、4つの区分けがされているようだな」


「さすが仕事が早い……」


「村長もおまえの話に可能性を感じたんだな」


「すごいな、この棍の元手を温泉事業で回収する気なんだな!」


「それだけじゃないと思うけど~」


「すごい、すごい、泳いでいいの?」


セラフが目を輝かせはじめた。


「確かに、おいらも入り方は分からないなあ~」


「それは説明するから!」


最初に身体を洗い流して入るのだ、髪を洗ったら乾燥魔法をかけるのだ、と軽く伝えておく。


「しっかし、大した機動力だなあ。上流は卵などの食料・飲料用、中流は布の染め物や湯の花回収用、下流は左右に区切って男女別の湯治スペースにもう分けてある……」


「さあ、入ろう、入ろう!」




ピチャッ、ピチャッ。

カラコ~ン♪


隣で女性たちが奏でる水音。

温泉玉子の木箱をぶつけるちょっと高い音。


ああ……。

沁みわたる……。


ああ、いい湯、だ……。


この湯は酸性度は強くなく、肌にはやさしい。

とろとろと茹でられるような熱さはあるが、ひんやりした外気で、頭は涼しいのだ。


そして湯気……風が弱まると、霧に包まれたみたいに何も見えなくなる。


周りとは隔絶された自分1人だけの空間ができあがる。

風がふと強くなると、冷涼な空気とともに霧が晴れ、自分だけが浸かっている岩でごつごつした浴槽の全貌が目に入る。


はああー。

異世界に来てまで、温泉に入れるとは。

なんたる幸せだろうか。


魔獣討伐も、今までの逃避行も、この世界で出会った女性たちとの会話等も、俺……がんばってきたからなあ……。


人見知りで自身のない俺は、少しずつ変われているよね、と思うんだ。


だから、ここで、グッと羽を伸ばそ~!


俺は浸かったまま、ふと気が緩み。

ぼうっとしてきて……。


「よう」


すぐ近くに立っている亡霊に声をかけられた。


むにゃむにゃ……。すやすや……。


「よう」


ボチャ。

何かが水中に落ちた。


「ふわあっ!」


俺はガバリと起きた。「な、何だ!?」


頭から落ちてしまった布巾を拾い上げ、ビビりながら、前を見る。


何もいない。


「誰か……いたのか……?」


さっき、男に呼ばれたはずだが。


気のせいか……?

えっと、俺は光魔法使いのはずだから、何かの呪文で追い払えそうだ。

特に寒気もしないから気にしないでもいい気がするが。




しばらく経って、


「きゃあ!」


「誰よ!」


女湯が騒がしくなり。


いいなー、スケベな亡霊さんだな。

なんて、俺は呑気に思っていた。


「えっと、魔法陣は……あった!」


何だか不穏なアロニアの声がする。


「発動! あ、逃げた!」


「怜樹、そっちにスケベな霊体が向かったぞ! 気をつけろっ」


え、戻って来ちゃった……?


「おまえもキレイだから、気をつけろ!」


アロニアが意味深なことを叫んでいる。

ちょっと待て……。


「あ、ほんとに戻ってきた」


浴槽の脇に小さくなって佇んでいる。

俺にとっては害がなさそう。

見られているわけではなさそうだ。


誰かを待っている?


このまま入っていよう……。肩までしっかり……。




まだゆっくり浸かっていると、ぬう、と村長が現れた。


「冒険者様、いらっしゃっていたのですね」


「ああ、すみません、勝手に入っていて」


「お湯はいかがですか?」


ん、何?

一介の旅行者としての温泉の感想を求められている?


「湯治向きの優しい泉質だと思います。このお湯は酸性すぎず、ちょうどお肌になじむ感じです。俺は好きなタイプのお泉質ですし、比較的、万人向けかと。ただ温度が高いので、夏場は熱すぎるかもしれません」


「そうですか。飲めると思います?」


「俺はそこまで分からないのだが」


飲めるかどうかの判断は、俺のような自称温泉愛好家には厳しい。

温泉ソムリエとかの、温泉分析書を読める人達が、温泉の成分を把握してからでないと、飲める・飲めないは言えないんではないか?


チャリーン。


何かの鈴の音がする。


(鑑定してみろ。それか、わたしの声を伝える)


またあの声がする。

もしかして、亡霊さんなの?


(え、はい)


行儀は悪いが、上流側に向かい、グビッと飲んでみる。


いける。


「うん……水で半分に薄めれば、このくらいの量は1日に1杯は飲んでも問題ないでしょう」


俺は手でコップの大きさを示した。


実は俺が言ったことは亡霊さんの指示の通りである。さすがに俺は鑑定までできなかった。


「どのような病に効くと思います?」


「えっと」


(これはわたしが今、教えてやる)


また天の声がした。

天の声?

いや待てよ……。


「入浴のほうは、不眠、肩こり、腰痛、古傷の痛み、飲用のほうは、鉄分の補給だから……貧血に効きます。ですかね」


「なるほど...…ありがとうございます」


スラスラという俺に、村長は特に疑念も抱かない。


「あの、ちょっと待って」


「何でしょうか、冒険者様?」


やけに詳しい奴だ……祖霊なのかな?

土地の精霊、という線もあるのか。


「この村には古い祠か、村の信仰の対象ってあったりするの?」


「あ、ええと、この温泉関係ですかね……昔、馬の女神が祭られていた場所になるそうです」


「あ、女だったのね」


スケベな亡霊という線ではなさそう。


「祠の変わりに、あの森の一画だけは立ち入り禁止で、月に一度、温泉玉子を供えております」


「あ、きっとその関係だね。うん、馬の女神は、今回の温泉開発のことを喜んでいるみたいだよ」


「そうですか。安心しました」


「あと……伝言だけど、もし温泉の関係で、村に観光収入が入って、村が栄えたら、供物の頻度を週1に増やしてほしいって」


むしろそっちが目的か。


「ははっ、かしこまりました」


「これで……君も安心だね。馬の女神さん」


ちょっと食い意地が強かった祖霊に思わず声をかけてしまった。




「温泉はどうだったかい?」


「うん……肌がスベスベになった。許されれば、本体のほうでも入りたかった」


なんか素が出てないか、アロニア?


「お空が見えて、気持ち良かった~!」


うん、こちらは子どもらしい元気な回答である。


「2人とも、満足いただけたようで、何よりだよ」


帰り際に、昨日救出した村の少女の様子を見に行った。

すっかり元気になって、遊んでいた。


呼び止めて、手をかざしてチェックしても、問題なさそうだ。


さて……と。俺の目的も果たしたわけだし、次は、物価調査かな~。


そして、セラフに俺の甲斐性を示す時だ!


「さあ~、セラフちゃん、俺が新しいお服を買ってあげるよ~!」


「えっ、うれしいけど……私も討伐報酬をもらったのに、買ってもらうなんて...…」


「報酬の分は、貯めるなり、自分へのご褒美に使うといい。俺は、セラフの衣食住は面倒を見るつもりだ。いちおう保護者だからな」


「よっ! 怜樹、やるじゃん」


アロニアが茶化してくる。




アロニアとセラフも買い物に乗り気だったので、すぐに街に戻り、市場に繰り出した。


セラフは新しいかわいい衣服を買ってもらえてうれしそうだ。

姪っ子といちいち被るのだ。

俺が甲斐性を見せなくてどうする! という気に余計になる。


俺は、ふと、あるお店の前で立ち止まった。

セラフにはまだ早い。だから……。


「ん、どうした?」


「あああ、アロニアはちょっとあっちに行ってて!」


どうしよう……お金、足りるかな?



俺はあるものを買った。

道中世話になったミラビリスのために。




その夜、アロニアによる怜樹への魔法指南にセラフが加わった。

セラフに治癒や結界をかけて守りながら、セラフの魔法習得を目指す。


泊まっている宿の中庭を借りている。

万が一にも、セラフが暴走するといけないからだ。


「まずは、水の詠唱を試してみよう」


「滔々たる水を司る神よ、蜂の大群を包み、地に沈めん。水流龍射アクア・サーペンス!」


何も出ない。セラフの中でも魔力が動いている感じもしない。


「次は、風の詠唱かな……」


「集まり来たれ小さき塵旋風、我、請い求めん、巻き上がれ、怒涛の疾風迅イラトゥス・ウェルテクス!」


これも反応無し。さあ次だ。


「怖いけど、いちおう火も試すか?」


「炎武神エラストノヴァよ、苛烈なる地底の全てを呑み込む女神デアよ、我、この身に宿りし魔力を糧に汝を顕現し、我の眼前に迫る脅威を焼き尽くせ。〈出でよ焔の掌〉、火焔射ミットー・フラムモー!」


火花すら出ない。アロニアの予見通り、火属性ではないのか?


「次は土……」


こちらも不発。


「ダメかぁ」


「あれでも魔力はちょっと揺らいだ気が」


「適性はあるってことかなぁ。でも、魔力を放出できないと、またアレになっちゃうから、他の適性も探りたいなぁ」


「セラフはそれで良い?」


「うん、もう少し試してみる!」


「うーん、4属性は終わっちゃったから、他の希少属性か……次は、氷とか?」


「それはないだろう?」


さすがのアロニアも突っ込んでくる。


「でも、俺も詠唱を知らないしさ。教えてくれよ?」


「言っておくが、希少属性の詠唱は、基本的に師匠から弟子への口伝だ。こんな大っぴらな場所でむやみに詠唱するべきではない。だから、怜樹……」


「俺の結界の練習がてら、試してみると?」


「そういうわけだ」


俺は空間魔法をリンクスだった頃には習得していたらしい。


それを再習得する必要がある。

1つには、盾として使える「結界」を使用するために。これは初級レベルだ。

2つには、リンクスがしまいこんだ収納ストレージ魔法の中にある埋蔵金のために。これは上級レベルだ。


そして俺が今求められているレベルは中級のものだ。


「えっと……防音サイレント……バリアーシールド!」


「出た。怜樹の独自の詠唱省略……セラフ、これは、真似しちゃダメだよ……あっ」


「雪やこんこん、あられやこんこん……」


セラフが何やら唱え始めた。


「新手の呪文? 流派が違うとか?」


「その可能性もあるけど……」


俺とアロニアがささやきあう中、セラフの魔力が練り上げられていく。


「危ない! 念のため、ヒールプロテクション!!」


「われは雪の女王、ブリザード!!」


セラフが最後に叫ぶと、辺り一面が白になった。


「ヤバい……寒い」


「怜樹の結界をかけておいて良かったよ。……これ、近隣に迷惑かけるところだったよ……」


「もう一回、温泉に入りたい……」


「激しく同感……」




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