14.いざ温泉だ!
翌朝、俺はたぶんいつもより早くに起きた。
さあ、温泉だ!!
村人の準備があるから、と思い、はやる気持ちを抑えていたが、結局、朝食を済ませたら、アロニアとセラフとともに出かけることにした。
セラフは今日は朝からちゃんと起きている。
「セラフ、今日は温泉に入りに行くぞ!」
「おんせんに?」
「昨日、魔獣は討伐したからな!」
「怜樹よ、湯浴みに未婚の女子を誘うのは罪深いぞ……」
アロニアが難しい顔をして近寄ってきた。
「あ、すまなかった。もちろん、別々に入るよ?」
セラフは割って入ってきた。顔を赤くして。
「あの……ますたぁと一緒でもいいですよ? 私……」
もじもじして。
俺だって混浴は夢だ。
が、さすがに、これは。
「セラフ……それは、ダメだよ?」
「怜樹よ、なぜ疑っているのだ?」
◆
例の村には昼前に着いた。
早速、温泉の辺りを見に行くと、もう大工事がはじまっているようだ。
「ほう、これは……」
「昨晩、怜樹が絵に描いたように、4つの区分けがされているようだな」
「さすが仕事が早い……」
「村長もおまえの話に可能性を感じたんだな」
「すごいな、この棍の元手を温泉事業で回収する気なんだな!」
「それだけじゃないと思うけど~」
「すごい、すごい、泳いでいいの?」
セラフが目を輝かせはじめた。
「確かに、おいらも入り方は分からないなあ~」
「それは説明するから!」
最初に身体を洗い流して入るのだ、髪を洗ったら乾燥魔法をかけるのだ、と軽く伝えておく。
「しっかし、大した機動力だなあ。上流は卵などの食料・飲料用、中流は布の染め物や湯の花回収用、下流は左右に区切って男女別の湯治スペースにもう分けてある……」
「さあ、入ろう、入ろう!」
ピチャッ、ピチャッ。
カラコ~ン♪
隣で女性たちが奏でる水音。
温泉玉子の木箱をぶつけるちょっと高い音。
ああ……。
沁みわたる……。
ああ、いい湯、だ……。
この湯は酸性度は強くなく、肌にはやさしい。
とろとろと茹でられるような熱さはあるが、ひんやりした外気で、頭は涼しいのだ。
そして湯気……風が弱まると、霧に包まれたみたいに何も見えなくなる。
周りとは隔絶された自分1人だけの空間ができあがる。
風がふと強くなると、冷涼な空気とともに霧が晴れ、自分だけが浸かっている岩でごつごつした浴槽の全貌が目に入る。
はああー。
異世界に来てまで、温泉に入れるとは。
なんたる幸せだろうか。
魔獣討伐も、今までの逃避行も、この世界で出会った女性たちとの会話等も、俺……がんばってきたからなあ……。
人見知りで自身のない俺は、少しずつ変われているよね、と思うんだ。
だから、ここで、グッと羽を伸ばそ~!
俺は浸かったまま、ふと気が緩み。
ぼうっとしてきて……。
「よう」
すぐ近くに立っている亡霊に声をかけられた。
むにゃむにゃ……。すやすや……。
「よう」
ボチャ。
何かが水中に落ちた。
「ふわあっ!」
俺はガバリと起きた。「な、何だ!?」
頭から落ちてしまった布巾を拾い上げ、ビビりながら、前を見る。
何もいない。
「誰か……いたのか……?」
さっき、男に呼ばれたはずだが。
気のせいか……?
えっと、俺は光魔法使いのはずだから、何かの呪文で追い払えそうだ。
特に寒気もしないから気にしないでもいい気がするが。
しばらく経って、
「きゃあ!」
「誰よ!」
女湯が騒がしくなり。
いいなー、スケベな亡霊さんだな。
なんて、俺は呑気に思っていた。
「えっと、魔法陣は……あった!」
何だか不穏なアロニアの声がする。
「発動! あ、逃げた!」
「怜樹、そっちにスケベな霊体が向かったぞ! 気をつけろっ」
え、戻って来ちゃった……?
「おまえもキレイだから、気をつけろ!」
アロニアが意味深なことを叫んでいる。
ちょっと待て……。
「あ、ほんとに戻ってきた」
浴槽の脇に小さくなって佇んでいる。
俺にとっては害がなさそう。
見られているわけではなさそうだ。
誰かを待っている?
このまま入っていよう……。肩までしっかり……。
まだゆっくり浸かっていると、ぬう、と村長が現れた。
「冒険者様、いらっしゃっていたのですね」
「ああ、すみません、勝手に入っていて」
「お湯はいかがですか?」
ん、何?
一介の旅行者としての温泉の感想を求められている?
「湯治向きの優しい泉質だと思います。このお湯は酸性すぎず、ちょうどお肌になじむ感じです。俺は好きなタイプのお泉質ですし、比較的、万人向けかと。ただ温度が高いので、夏場は熱すぎるかもしれません」
「そうですか。飲めると思います?」
「俺はそこまで分からないのだが」
飲めるかどうかの判断は、俺のような自称温泉愛好家には厳しい。
温泉ソムリエとかの、温泉分析書を読める人達が、温泉の成分を把握してからでないと、飲める・飲めないは言えないんではないか?
チャリーン。
何かの鈴の音がする。
(鑑定してみろ。それか、わたしの声を伝える)
またあの声がする。
もしかして、亡霊さんなの?
(え、はい)
行儀は悪いが、上流側に向かい、グビッと飲んでみる。
いける。
「うん……水で半分に薄めれば、このくらいの量は1日に1杯は飲んでも問題ないでしょう」
俺は手でコップの大きさを示した。
実は俺が言ったことは亡霊さんの指示の通りである。さすがに俺は鑑定までできなかった。
「どのような病に効くと思います?」
「えっと」
(これはわたしが今、教えてやる)
また天の声がした。
天の声?
いや待てよ……。
「入浴のほうは、不眠、肩こり、腰痛、古傷の痛み、飲用のほうは、鉄分の補給だから……貧血に効きます。ですかね」
「なるほど...…ありがとうございます」
スラスラという俺に、村長は特に疑念も抱かない。
「あの、ちょっと待って」
「何でしょうか、冒険者様?」
やけに詳しい奴だ……祖霊なのかな?
土地の精霊、という線もあるのか。
「この村には古い祠か、村の信仰の対象ってあったりするの?」
「あ、ええと、この温泉関係ですかね……昔、馬の女神が祭られていた場所になるそうです」
「あ、女だったのね」
スケベな亡霊という線ではなさそう。
「祠の変わりに、あの森の一画だけは立ち入り禁止で、月に一度、温泉玉子を供えております」
「あ、きっとその関係だね。うん、馬の女神は、今回の温泉開発のことを喜んでいるみたいだよ」
「そうですか。安心しました」
「あと……伝言だけど、もし温泉の関係で、村に観光収入が入って、村が栄えたら、供物の頻度を週1に増やしてほしいって」
むしろそっちが目的か。
「ははっ、かしこまりました」
「これで……君も安心だね。馬の女神さん」
ちょっと食い意地が強かった祖霊に思わず声をかけてしまった。
◆
「温泉はどうだったかい?」
「うん……肌がスベスベになった。許されれば、本体のほうでも入りたかった」
なんか素が出てないか、アロニア?
「お空が見えて、気持ち良かった~!」
うん、こちらは子どもらしい元気な回答である。
「2人とも、満足いただけたようで、何よりだよ」
帰り際に、昨日救出した村の少女の様子を見に行った。
すっかり元気になって、遊んでいた。
呼び止めて、手をかざしてチェックしても、問題なさそうだ。
さて……と。俺の目的も果たしたわけだし、次は、物価調査かな~。
そして、セラフに俺の甲斐性を示す時だ!
「さあ~、セラフちゃん、俺が新しいお服を買ってあげるよ~!」
「えっ、うれしいけど……私も討伐報酬をもらったのに、買ってもらうなんて...…」
「報酬の分は、貯めるなり、自分へのご褒美に使うといい。俺は、セラフの衣食住は面倒を見るつもりだ。いちおう保護者だからな」
「よっ! 怜樹、やるじゃん」
アロニアが茶化してくる。
アロニアとセラフも買い物に乗り気だったので、すぐに街に戻り、市場に繰り出した。
セラフは新しいかわいい衣服を買ってもらえてうれしそうだ。
姪っ子といちいち被るのだ。
俺が甲斐性を見せなくてどうする! という気に余計になる。
俺は、ふと、あるお店の前で立ち止まった。
セラフにはまだ早い。だから……。
「ん、どうした?」
「あああ、アロニアはちょっとあっちに行ってて!」
どうしよう……お金、足りるかな?
俺はあるものを買った。
道中世話になったミラビリスのために。
◆
その夜、アロニアによる怜樹への魔法指南にセラフが加わった。
セラフに治癒や結界をかけて守りながら、セラフの魔法習得を目指す。
泊まっている宿の中庭を借りている。
万が一にも、セラフが暴走するといけないからだ。
「まずは、水の詠唱を試してみよう」
「滔々たる水を司る神よ、蜂の大群を包み、地に沈めん。水流龍射!」
何も出ない。セラフの中でも魔力が動いている感じもしない。
「次は、風の詠唱かな……」
「集まり来たれ小さき塵旋風、我、請い求めん、巻き上がれ、怒涛の疾風迅!」
これも反応無し。さあ次だ。
「怖いけど、いちおう火も試すか?」
「炎武神エラストノヴァよ、苛烈なる地底の全てを呑み込む女神よ、我、この身に宿りし魔力を糧に汝を顕現し、我の眼前に迫る脅威を焼き尽くせ。〈出でよ焔の掌〉、火焔射!」
火花すら出ない。アロニアの予見通り、火属性ではないのか?
「次は土……」
こちらも不発。
「ダメかぁ」
「あれでも魔力はちょっと揺らいだ気が」
「適性はあるってことかなぁ。でも、魔力を放出できないと、またアレになっちゃうから、他の適性も探りたいなぁ」
「セラフはそれで良い?」
「うん、もう少し試してみる!」
「うーん、4属性は終わっちゃったから、他の希少属性か……次は、氷とか?」
「それはないだろう?」
さすがのアロニアも突っ込んでくる。
「でも、俺も詠唱を知らないしさ。教えてくれよ?」
「言っておくが、希少属性の詠唱は、基本的に師匠から弟子への口伝だ。こんな大っぴらな場所でむやみに詠唱するべきではない。だから、怜樹……」
「俺の結界の練習がてら、試してみると?」
「そういうわけだ」
俺は空間魔法をリンクスだった頃には習得していたらしい。
それを再習得する必要がある。
1つには、盾として使える「結界」を使用するために。これは初級レベルだ。
2つには、リンクスがしまいこんだ収納魔法の中にある埋蔵金のために。これは上級レベルだ。
そして俺が今求められているレベルは中級のものだ。
「えっと……防音……バリアーシールド!」
「出た。怜樹の独自の詠唱省略……セラフ、これは、真似しちゃダメだよ……あっ」
「雪やこんこん、霰やこんこん……」
セラフが何やら唱え始めた。
「新手の呪文? 流派が違うとか?」
「その可能性もあるけど……」
俺とアロニアがささやきあう中、セラフの魔力が練り上げられていく。
「危ない! 念のため、ヒールプロテクション!!」
「われは雪の女王、ブリザード!!」
セラフが最後に叫ぶと、辺り一面が白になった。
「ヤバい……寒い」
「怜樹の結界をかけておいて良かったよ。……これ、近隣に迷惑かけるところだったよ……」
「もう一回、温泉に入りたい……」
「激しく同感……」




