10. 草原地帯
メリークリスマス!
お昼ごはんはアロニアとセラフが用意する。
そういえば、セラフは生活魔法を使っている感じはなかった。
アロニアが火をくべ、水を用意し、セラフは野菜を魔道具で切ったり、薪をくべたりしている。
セラフは魔法を使わないのか?
鑑定眼は、自分の中で使う魔法だけど、着火したり、水球を出すような、自分の外に魔力を出すような種類の魔法を使わないのだろうか?
もう魔封じの首輪はないのだけれど……。
特に困った様子もないし、まだ急ぐこともないか。
「怜樹殿! もうすぐ森林地帯を抜ける! 草原に出れば遮蔽物がほとんどない! 敵からは格好の標的となる! なので! 怜樹殿の索敵能力での警戒を要請する!」
「承った!」
「同じくアロニア殿にも周囲警戒への協力を願う!」
「承知したよ!」
ピリッとはりつめた空気感。
なんだか、ワクワクする。
草原地帯、というより牧草地のようだ。
ところどころ、葡萄の生い茂ったような低い灌木や、ポツンと生えた大木は現れる。
体を鍛える組は走っているが、俺とアロニアが先頭だ。次に少年たちが続く。
最後尾に馬車がつくが、
「遅くなってるぞ~! もっと膝を上げていけ!」
とミラビリスが声を張り上げている。
セラフは馬車の後ろに腰かけて、ぼうっと後ろの景色を見ている。
◆
「セラフはまた薪を持ってくるね~」
「ああ。夜は怜樹もいるから、太い枝は剪ってもらうといい」
夕飯の準備時にも珍しくセラフが一緒にご飯を作った。昼のせいで、料理補助の魅力にはまったか。
ちょっとセラフの様子にも気を留めないと。
この子は、魔力の異常みたいなものを首輪で防いでいた。魔力が制御できないことがある、とも言っていた。
でも、その異常状態って、どうやってわかる?
それもそうだし、元は奴隷として育てられて、いきなり解放され、元のマスターとも離れてしまったのだ。
健気にしているけど、無理してるかもな。
またアロニアとの夜の見張り番の時間にでも聞いてみるか。
「なあアロニア、セラフ、大丈夫かな?」
「セラフ? 大丈夫じゃないの? 何か心配なところでもあるの?」
「魔力の制御がさ……。外にも出してなさそうだし……」
「ああ、あの子の魔力の流れね……ちょっと異常だね……。でも、大丈夫だよ。いざとなれば、おいらも気づくし、怜樹が止めてくれるでしょ?」
「俺が、止める??」
何を言ってるんだ。
「もともとの火傷だって怜樹がすべて治せた」
「それが何なんだ?」
アロニアが近寄ってきて、俺の耳元でささやいた。
「あれもセラフの自爆の可能性もあるんだよ」
大丈夫か?
セラフ、こっちを見てない?
あ、大丈夫だ。鍋をかき混ぜている。
「もしかして……巨大百舌鳥はただ、木にはりつけただけなの?」
俺はそう聞き返した。
「元の主人に捨てられ、魔獣の餌食にさせて証拠も残らない……そういう手もあるのだよ。だけど、セラフにはそれを言っちゃいけないよね」
◆
夜の番が来た。
今日は森を抜けたみたいで、牧草地に向いてそうななだらかな丘と草原が広がっている。
ここもまだ辺境に近いから、魔獣が出る可能性が十分ある。
丘の上は小さい魔獣が大半らしいが。
夜空の星々がくっきり見える。
知っている星座がない。
急に郷愁に駆られて、ちょっとセンチメンタルな気分になってしまった。
やはり、ここでアロニアに聞こう。
「ねえ、リンクスの夢って何だったのかな」
「唐突だな。どうした?」
「なんかさ……彼の成し遂げられなかった夢をさ、引き継げれば良いのかなって思ったんだ」
「らしくないな」
「うん、まあ、そうかもな」
と言いつつ、疑問はまだ湧き上がる。
「なぜエルゼパルと争うことになったの? あまりそういうキャラじゃなかったんじゃない?」
「そうな……彼らしくない」
「収入や、女だけが目的ではなかったんだろうな。好きな研究を続けるために……予算を得たり、塔の方針に意を唱える必要があったのかもしれない」
「そうなんだろうねえ」
アロニアがふと聞いてきた。
「リンクスの復讐を継ぐの?」
「それはわからない」
「おいらとしては、エルゼパルに対して復讐してほしい気もするけど、おまえはリンクス本人ではないし。……無理強いは、しない」
「前の体や前世にもう未練はない。だけど俺はこの世界を知らなすぎる。自分の能力を試してみたい。だけどこの体も能力もリンクス依存で……」
俺は両手を上げながら、お腹のあたりを見た。
俺は続けた。
「リンクスの親友だったヨアキムや、アロニアには、俺がこの体を、その、『大事に扱ってくれ』くらいは言う権利があると思うんだ。その……リンクスが愛した人がもしいるんなら……その人が、俺の手を握りたいって言うんなら、握らせてあげたい……というか」
「ふむ。では、リンクスの体への敬意はあると? だからこそ、リンクスの意思を継ぐ可能性はあるということだな」
「後者の可能性は低いけど」
手始めに俺の生き抜く力を養わないと。
まずはお金のことかな。
「……あの、アロニア、俺に今日は、町中で買える物の名前と、その値段を教えてくれ」
「教えても良いが……今のおいらの残りの金的には、たぶん冒険者登録して一稼ぎしないと」
驚いた。
「そんなカツカツなの!? じゃあ、この上に羽織る上着とか、セラフの着替えとか買えないのかな~」
「あのね、おいらは軍資金として、20万ロルは持っているの。衣服は1着1万ロルからだ。買えなくはないよ」
ふう、ジリ貧というわけではないな。
だが誰のお金だ?
借りたら、返せと言われるだろう?
「でも、そのお金ってヨアキムのお金じゃ?」
「そうだよ。厳密には、ヨアキムとリンクスの発明品の収入分。だから半分はおまえの持ち分だ」
特許料収入みたいなものか。
リンクスも発明者だったんだな。
「あのさ、死んだリンクスのお金って引き出せないの?」
「? リンクスなら自分で空間魔法の中に財産を隠してたよ」
「え……それが理由で殺されたんじゃ...…?」
そういう強盗殺人とかあり得るだろ、この世界なら。
「それはない、ない。恐らくおまえが空間魔法を使いこなせるようになれば、引き出せるとは思うが」
「ううーん、それはまだ先じゃないかな……」
生体認証式のストレージ魔法か。
まさか解錠できても、貧乏ですっからかん、なんてないよな?
期待しないでおこう。
「1食分、6人前をお店で頼んだらいくらになるんだ?」
「大衆食堂で、6000ルーナだ。0.6ロル相当だが、0.何ロルとはほとんど呼ばない。お酒をつければ倍だ」
「1ロル2000ルーナ」
「当たり。だけど自前で調達できたらもっと安いよ」
「だろうな。冒険者の依頼料は?」
「まあ、登録料から最初はかかるから……」
冒険者の仕組みは想像通りだ。最初の登録料は必要らしいが、以後は依頼を受けて達成すれば、適度に収入を得られる。
低いランクの依頼は、命をかけなくて良いし、装備も貸し出してもらえるような、掃除や土木作業や探し物の依頼だという。
ただ収入は1件当たり100ルーナから5,000ルーナだ。冒険者稼業の専業で生きるには、少々心許ない。
副業が必須だ。
それか、もっと危ない依頼に手を出すか。
いわゆる危険手当だ。
俺の治癒魔法頼みにパーティーで危険な依頼を引き受ける。
俺自身はゾクゾクするが、アロニアはどうか。
慎重な意見を言いそうだな。
◆
「明後日には街に着く」
翌朝、ミラビリスが皆に言った。
おお、やっと再びの人里だ。
「その街は、都と比べるとどんな所で?」
「ただの辺境の拠点の一つだ」
なあんだ。ちょっとがっかり。
「ただ……我が従兄弟が治めているから、居心地は悪くないはずだぞ」
なかなかの血筋だな。従兄弟殿は譜代の大名みたいなものか?
ますますミラビリスが混血だというのが謎だ。
まあ、どこかに日本みたいな島国があり、和食の素材にありつけるかもという希望は抱けるが。
「買い物が楽しみだ」
道中では1度、オークに襲われた。
群れである。
ちょっと厄介だ。
だが一頭はミラビリスが剣を一閃。
「えいっ!」
しなやかな女性の体から放たれたとは思えない、膂力ある打撃であった。
先日見せてもらった型も一部分は含まれていそうだが、やや太い剣でぶつかると威力がすごい。
1拍遅れて、ドッとオークが地に倒れた。
「怜樹は後ろのオークジェネラルを」
「えっ」
殺気に気づくのが一瞬遅れた。
俺の経験不足感は否めない。
心の中でイメージを念じる。
(ミット・フラムモ! 高出力!)
俺の掌から、青白い火の玉が放たれ、まっすぐ飛んで、オークジェネラルの頭を貫いた。
「青い炎とはやるなあ……」
ミラビリスが呆然としている。
「しかも無詠唱? 本当に?」
アロニアは隣で楽しそうに、オークと殴り合いをしている。
おい、今日は細剣はどうした?
腰に差してある。
少年たちの剣との接触を避けたとか、いくらでも言い訳は立つが。
嬉々とした美しい横顔を見て、これ以上触れないほうが良いかな……とさえ思った。
今晩の自家発電は、このアロニアの横顔を思い出しておかずにしよう。
うん。




