1.召喚「失敗作なので、処刑~!」
「援護して!」
相棒が叫ぶ。
「あいよ!」
頼もしい声が返ってくる。
俺は2人を目のはしに留めつつ、上空に手をかざす。
「焼き尽くせ。出でよ焔の掌、火焔射!」
ここは異世界で、俺は両手から魔法の炎を揺らめかせて、襲ってきたワイバーンから、旅人を救った。
まるで昔憧れだった英雄のように。
「ナイスアシストだぜ!」
「そりゃそうよ! おいらは最強だからっ」
「はははっ、アロニア姉はいつもそう言う!」
「2人とも、ご苦労さん」
俺は、こっちの世界で、やっと俺の思うように素直に生きられる。
生きている実感がある。
わくわくするような冒険をして、未知を求めて、いっぱい旅して生きてみたい。
ある意味、第2の人生なのだ。
そう思って、召喚直後の辛い試練の日々は乗り越えた。
魔法も会得した。
仲間もできた。
アロニアとセラフの2人とも人間族ではないが、頼れる仲間達だ。
◆
はじまりは、会社から帰宅途中の駅のそばで、アスファルトの壁に書かれた落書きの「欠け」に気づいた時だった。
「愚連隊参上!!」と緑のスプレーで書かれてあるはずの場所に、アルファベットの文字の羅列があって、淡く光っている。他の通行人は誰も目を止めずに通り過ぎていく。
俺もまた歩き出そうとするが、足が固定されたように動かない。「はて?」と思った俺は、
グニャリ
と歪んでいく地面を次に見た。
そして、そのまま、足元の大穴に吸い込まれた。
ドブン!
いきなり水の中に飛び込んでしまった時、俺ははじめて「死ぬのか?」と怖くなった。
ぬるぬるとした液体の中を漂い、体の表面がちょっと溶けたような気がした。
体に何か変化が起こった気がしたのは、気のせいではなく、水の中からいきなり冷たい石床の上に投げ出され、目が覚めたときの声でもわかった。
「おや、これは……召喚されたか?」
はじめて聞く言葉のようなのに、頭に意味が飛びこんできた。
「目を開いたぞ。生きている。成功したのか?」
召喚成功? 俺は召喚されたのか?
ちょっとうれしい……。
「では、魔術の素養を確認してみよう」
横になったままだが、その言葉に体が勝手に従い、俺は腕を上に上げた。あれ、俺のちょびちょびと生えた腕毛がない。いや、あるけど、腕の色素が薄くて、「これ本当に俺の腕毛!?」状態だった。
「止まれ」
魔術師らしい黒と紫のローブを着たオッサンが、眼鏡の奥の細い目を険しくする。
上げたままの腕の内側が光り、ツタのように絡まる模様が表面に浮かび上がった。
黄緑色の部分が多いが、紫や白などの部分も混ざって少し見える。
「おや……? これはリンクス・アローの適性とは別なのか……?」
リンクス・アローって誰だ? 俺には中田 怜樹って名前があるんだが?
はっ、もしかして……体がリンクスって奴の……?
「うん、リンクスではない? 別人? いや、待て……この数値は完全に別人とは言えない。……ウ~ン……」
俺の腕に魔法陣をかざして、のぞきこみながら、魔術師のオッサンは「ウ~ン」と唸っている。
「術式変更。再度、魔法陣ダブル起動」
額には汗が浮かび上がり、焦りが伝わってくる。
なんか、まずいぞ。
俺は今すぐにでも逃げ出したいが、もういろいろパニックで、動けない。
「2つ目は下位の麻痺だぞ? これも解けないのか? おかしいんじゃないか?」
オッサンが顔を赤くして怒りはじめた。
ん? 麻痺なんてしてないぞ?
少なくとも俺には効いていない。
俺は普通に足を動かした。動くんだけども、なんか「俺の足じゃない感」があって、立つほどの力が入らない。
麻痺じゃなくて、違和感なのだ。
「動きはしたか……? ただリンクスの体との同調率がいまいち、かつ、異物が混じっているような気が」
オッサンはまた考え込んでいる。
「異物混入という線か...…これは、まずいな」
まずいの?
「うん、やはり……半分は、リンクスの体じゃないな。半分は、別人のものだ」
体の半分が中田怜樹ってことだよな?
意識は100%俺のだけど。
俺の思考を呼んだかのように、魔法使いのオッサンはつぶやく。
「推論だが……死んだリンクスの魂の代わりに、別の魂を召喚したら、適合率の高い肉体もついてきて、融合してしまった、という仮定が成り立つ」
そうなんだ、なんかすごいな。でも……失敗扱いなのか? まずくない?
リンクスって奴、失うには惜しい人材だったのかな。だから代わりに魂の俺を呼んだのか?
俺……どうなるの? まさかこのオッサンに使い潰される? また社畜の人生?
なんか、やだな。
スッとオッサンの細い目がいきなり俺を射貫いた。まさか、本当に俺の心を読んでいるとか、そんなわけ。
ないよな?
「失敗作なので、処刑~!」
冷たくオッサンは言い放った。
「ええーっ!」
と暴れだした俺を冷酷に見つめつつ、オッサンは俺を力強く拘束していく。
「最上位魔法の拘束だ。半分リンクスの輩では抵抗できまい……」
と言ってから、オッサンの口調が狂いはじめた。
「ふははははは! リンクスめはこの魔術師の塔での政争に負けたんだ。……その体は最高の素材として、我々に有効利用されるはずだった。だが、死しても、我々の派閥に抵抗したか! ……こんな知らぬ魂の元の体を定着させようとは。だが、定着度合いも未熟なものだ! どうせ長くは持つまい……。ただ……最高の素材を台無しにしてくれた、この恨みを...…晴らすには、どのようにしようか!? なあ!?」
「なぜ……どういうことだ?」
もうわかってるんだろっていうていで俺は口を利いた。
いいのさ、どうせもう長くはない。
「リンクスはな、貴重なハーフエルフだったんだよ! ほとんど生まれることがないって言う!! なのに、おまえの魂と体が汚して……めちゃめちゃにしてくれたんだよ! わかってる!? だからおまえをこてんぱんにするんだよ!!」
口は動いたが、体は動かない。まただ、また制御が利かない感じの違和感だ。
「リンクスの時の魔力の質とも変わってるんだよ!! 魔力はあるけど、おまえには使えない。練度が全然違うんだよ! おまえは空っぽなんだよ!」
罵声を浴びせかけ、はあはあ、と息をついてから、オッサンはまた続ける。
「その短い命、好きに生きるが良い……と言いたいところだが、ざーんねん! 私はそんなに器の大きい人間じゃないんだ! そうだ! 番犬を呼ぼう! どうなるかな? 食われちゃうかな? 食われなければ、生きていいよ? なーんてな!」
なに!? 番犬?
そこから、俺の第2の苦痛の人生が始まった。
送り込まれたのは獰猛な大型の魔犬だった。
神話大全で読んだケルベロスの挿絵そっくりじゃないかよ……。
周りに半透明な防護壁が張られ、その中で戦う羽目に。
ろくに抵抗もできず、瞬く間に手足ともに牙を突き立てられ、ガブリ、と食われた。
「うわっ! いった!」
内臓はかばって守ったが、あちこちから流血している。
「番犬よ、止まれ! 食われちゃったね? 弱いね。弱いのは嫌いだよ。だから死んでね?」
「いっそすぐに殺して……」
「やだよ、このくらい血を流しているほうが、苦しんで死ねるからねえ。そうだねえ……ふははっ、便所! 便所とかってどう? きみの最期にふさわしい場所だと思うよ!?」
ボロボロの体で、魔術師のオッサンにはせせら笑われ、簀巻きにされて、便所の下に投げ落とされた。
いたっ……! くっさ!
この異世界は、水洗トイレなんてないのか! ボットン式の下に、肥溜めがあって、その中に落とされた。
溺れる。
ただ……生きていられたのは、ほぼほぼ偶然だったし、手足がちぎれたはずなのに、なぜか止血していた。
弱い治癒魔法か?
そういえば、痛みはあまりない。
おかしい……。
2日くらい、空腹に耐えながら、肥溜めに浮いていた。
2日目は誰も来なかったのに、昼過ぎに、誰かがやって来た。
「あいつ、もうそろそろ死んだか?」
と思われててもしょうがない……けど……。
「リンクス」
眠気を破る声があった。
「おい、来たぞ……助けに」
死んだ体の親友? それとも家族か。
声は男だが、姿は美人な女性だ。
「便所番に金は渡した。土人形につめて偽装した。今なら魔術師エルゼパルも気づかない」
土人形? なんだこの世界のアンドロイドみたいなものか?
男の声なのに女性の姿なんて、なんか訳があるのかな。
というか、助けに来てくれた人がいるなんて……死んだ体の奴は、良い奴だったのかな。俺と違って、人望があるな。
「このしゃべってる土人形においらの記憶を移した。それをおいらの代わりと思って、大事にしてくれ。すまんがおいらは、……おいらも追われていて、隠れなければならなかった」
と女は言った。どうやら女自身は土人形ということらしい。
思っていたより、この世界のゴーレムって、人間くさいんだな。
口調以外は生身の女性と遜色ない。
技術レベルが高いな……。
「とにかく恩に着る。飲まず食わずで……」
「大丈夫。おいらがリンクスを担いで運ぶ。城門まで行って、無事に脱出できたら、食事にしよう」
「城門? 見張りとかいないのか……?」
このゴーレムの姉ちゃん、関所破りとかするの……? しそうだけど。
俺の意識はそこで途切れた。
ゴーレム美女の背に担がれて、俺は異世界の狂ったオッサン召喚者エルゼパルからの逃亡を果たした。