夢の世界
「これ、ミニスイカみたいで面白いぞ!」
英司の嬉しそうな声に反応して、少し遠くにいた英司の方を三人はいっせいに見た。その低い木には緑地に黒の縦しまが入ったテニスボールほどの大きさの実が鈴なりに生っている。しかし三人は英司のすぐ後ろを歩いている動物を見て目を見開いた状態で固まった。その動物は白いライオンのように見えた。みんなが何の反応もしてくれないので、英司は少し残念そうに可愛いスイカのような果物を四つもぎ取り、三人のいる方へと向かって歩き始めた。その動物は英司に目もくれず、ライオン独特の威厳のある歩き方で寝転んでいる動物達の間を通り抜けていった。
「中身が楽しみだな。」
英司は満面の笑みで、その果物を三人に渡していった。
「これ、可愛いだろ?」
せっかく見つけた面白い果物を三人が喜ばないので、英司は確認するように聞いた。
「さっき英司のすぐ後ろをライオンが通りました。」
エリーは見失ってしまったライオンを目だけを動かして、探しながら言った。
「え?嘘だろ?」
英司はさっと振り返ったがライオンの姿は見あたらなかった。
「他の動物に何の変化もなかったから、きっとライオンに似た動物だって。」
その動物を見ていない英司はエリーの言葉が信じられなかった。
「知らぬが仏だな・・。」
ヒカルがつぶやいた。
「あれは絶対にライオンだったわよ!しかも特大の雄ライオン!」
ヒカルと真希の真剣な顔を見た英司は、もう一度さっきの果物が生っていた辺りを見渡した。しかし穏やかな動物達の姿しかなかった。
「これ、中身もスイカかな?」
英司は三人の緊張した様子を無視して果物を割ってみた。
「違ったな・・。この白いとろりとしている物、食べられるかな?」
英司の予想を反して、その果物の中はパッションフルーツに似ていて白いゼリー状の種がつまっている。
「美味しそうじゃない。」
真希が小声でつぶやいた。そして甘い匂いが漂う果物の中身を見た真希はライオンに対しての恐怖心が薄れた。英司は思い切って、その果物にかぶりつくように食べ始めた。
「すごい!さっぱりしたアイスクリームみたいだぞ!」
感動している英司に続いて三人もスイカのような果物を半分に割って食べはじめた。
「本当に美味しい!危険を冒してとっただけの価値はあるな!」
ヒカルは、英司が崖からとって来てくれた希少な果物を食べている様な口調で言った。
「ははは。ヒカルって真面目そうなやつだと思っていたけど、なかなか面白いな。真希の身長でも届く木になっていたんだぞ。」
英司は自分が見つけた果物を皆が喜んでくれたのでご機嫌だった。しかし三人の目には、ライオンの存在を知らない英司が能天気なやつにしか見えなかった。そして、さっきのライオンのような動物を小動物でさえ怖がっていなかった様子を思い出した真希がつぶやくように言った。
「ここでは、ライオンも草食動物なのかもね・・。」
ヒカルとエリーも気を取り直して、また果物を探し始めた。
「あの大きい木になっているブルーの実を食べたい!プルーンに似ているけど違うわね。」
真希に頼まれて、また英司は木に登り熟して濃い青色になった物をもぎ取った。今回も英司はヒカルに向かって実を優しく投げた。しかし水分が多いその果物は、ヒカルの手の中で破裂してしまった。顔にまで水色の果汁が付いたヒカルの姿を見た三人は笑いが止まらなかった。ヒカルは手で顔をふきながら果汁をなめてみた。
「甘い!これ美味しい。」
英司はその実を四つもぎ取り、そっと手に抱えて木を下り始めた。しかし着地する時にバランスを崩してしまい、そばにいたヒカルに思いきりぶつかってしまった。
「あぁ!ごめん!」
ヒカルは体格の良い英司に突き飛ばされて、よろめいた時に後ろに生えている木で思い切り右腕を打ってしまった。かなり痛かったが、皆の前では平静を装っていた。
「マジごめん・・。」
英司は果物を手渡しながら、申し訳なさそうに言った。
「大丈夫、大丈夫。」
ヒカルは微笑み、何でもないような顔をして受け取った果物を食べていた。その果物は梨とブドウを合わせた甘いジュースの様だった。この果物に皆は満足したが、また他の果物も気になり辺りをうろついていた。ヒカルは右腕を振り、痛みの状態を確認した。毎日、部活の練習で体を鍛えているおかげか、たいした事は無いと感じ少し安心した。そんなヒカルの様子に気が付いたエリーは、
「腕、大丈夫?」
少し近寄りながら心配そうに聞いた。ヒカルはエリーが右腕の痛みに気が付いていたことに少し驚いたが、笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。そんな二人の様子を少し離れた所から見ていた英司は真希に小声で話しかけた。
「なぁ、あの二人お似合いだな。でも俺たちは、カップルには見えないだろうな。」
「そうね、ゴリラがぬいぐるみを持っている様に見えるかもね。」
真希は素っ気なく答え、おいしそうな果物を探し続けていた。
「ちょっと来て!この木すごいわ・・・。」
真希は圧倒的な存在感を放つ大木を見上げながら言った。少し開けた場所に美しい枝をいっぱいに広げて堂々と立っているその木には、黄色のナスのような形の果物がたわわに実っている。そして、マンゴーのような独特の甘い香りが周囲に漂っていて、真下から見上げると黄色の雨が降ってくるようにも見えた。皆は言葉を失い、しばらくその木を見上げていた。
急に後ろで物音が聞こえて四人はいっせいに振り向いた。そこには大きなかごを持った二人の中年女性が楽しそうに果物を集めていた。二人は言葉も交わさず手馴れた様子で、収穫した果物をかごに入れていた。
「高い所になっている果物をとりましょうか?」
英司はにこやかに話しかけた。しかし、その女性たちは何も無かったかのように英司の横を通り抜け、きょろきょろと辺りを見渡している。
「こんにちは。あの・・この果物は食べられますか?」
今度はエリーが女性に近寄り、黄色のナスのような果物を指さしながら言った。また女性たちはエリーに目もくれず通り過ぎた。
「何か様子が変ね・・。」
真希は遠ざかっていく女性の後姿に向かってつぶやいた。
「ついて行こうぜ。」
英司は女性たちを追いかけるように歩き始めた。他の三人も後れないように英司に続いた。ブルーベリーのような紫色の実が、たわわに実っている木々の茂みを抜けると、さっきの女性たちが銀色の乗り物に乗り込む姿が見えた。
「変わった車だな。見たこともない形だ。」
ヒカルがもっと詳しく見るために車へ近づこうとした瞬間、その乗り物はほとんど音も出さずに真上に上がっていった。四人はあっけに取られて声も出ない。地上二十メートル程の高さまで上昇した乗り物は一直線に移動し、あっという間に空のかなたに見えなくなった。
「宇宙船?宇宙人だったの?」
真希は目をまるくして言った。
(まあ、夢の中だからな・・。)
ヒカルの心の声が皆に伝わったように全員気を取り直し大きな息をついた。
「あそこに町があります。」
女性たちが移動した方向を指差して、エリーが言った。なだらかな丘の遥か先に建物が数多く見える。おいしい果物を探して、かなり歩き回っていたが、全く疲れを感じない四人は、駆け足で町へと向かって行った。
「ここでは、いくら走っても疲れない気がするよ。」
運動好きの英司は、皆よりも張り切っていた。
「植物が多くて、空気がきれいだからかな。」
そう言うとヒカルは深呼吸して、美味しい空気を味わっていた。町に近づくにつれ、見かける人の数が増えていった。しかし誰一人として四人に興味を持つ人はいなかった。
「皆、体にぴったりとした動きやすそうな服を着ているな。色や袖の長さなどは様々だけど個性的な服を着た人がいない気がする。素材はビニールのようにも見えるけど、肌触りが良さそうだから絹なのかな?」
ヒカルの分析は続いた。
「動物たちは僕たちに気が付いていると思うけど、人とは全く目が合わないな。きっと見えてないんだろう。」
「もうすぐ町に着くから、誰かに話しかけてみようぜ!」
英司は早く町に入りたくてウズウズしていた。町から穏やかな音楽が聞こえてきた瞬間、周りの景色がぼやけ音楽も聞こえなくなった。
夢から覚めた英司は、まだはっきりしない意識の中、あまりにリアルだった夢をベッドの中で思い出していた。
「英司!早く起きなさい!」
母親の声で我に返った英司はベッドから飛び起きた。