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待ちに待ったアトランティス

「うわー!」

 真希の家に泊まりに来ていた小学校二年と四年の従兄弟は、エリーを感動のまなざしで見ながら叫んだ。日本に来てから子供と交流する機会がなかったエリーも、満面の笑みで子供たちを見つめた。人見知りしない従兄弟たちは、ずっとエリーについて回った。

「晴人君、桃菜ちゃん、トランプしましょう。」

「うん!」

 エリーの一言、一言に嬉しそうに反応する子供たちと一緒に過ごすうちに、エリーは家族やシースーに会えない寂しさが吹き飛んでいった。

「エリー、七ならべの時はね・・。」

 よくしゃべる子供たちに、エリーはずっと笑顔で相槌をうっていた。

「そう、そう。」

「エリー、『そう』は変だよー。『うん』でいいよ。それに丁寧な言葉で話されると・・・気持ち悪いよ。」 

エリーが日本語を間違えた時には、子供達は遠慮なくその言葉を注意していた。その上、簡単な言葉を使って会話をするので、エリーも緊張感を持たずに話をする事が出来た。

ずっと興奮していた子供達は疲れて夜は早くに寝てしまったので、エリーと真希はやっと真希の部屋でゆっくりすることができた。

「ごめんね、子供たちがべったりで疲れたでしょ?」

 真希は朝からずっと従兄弟たちの面倒をみてくれたエリーを気遣って言った。

「いいえ、とても楽しかったわ。もっと一緒にいたい。」

「でも、少しの間で日本語がうまくなったわね。」

 真希はエリーが、あまり言葉を選ばずに話している事に気が付いた。

「子供は待ってくれません。それに、いっぱい話したからかな?」

 

 次の日、ホームステイ先に帰るエリーを八歳の桃菜は泣き出しそうな顔で見つめていた。泣き出すと、しつこい事を知っている真希は桃菜が泣く前に先手を打つように言った。

「家が近いから、冬休みの間にまた会えるよ。明日は一緒に初詣に行く?」

「やったぁー。」

 真希の言葉を聞いたエリーと桃菜は、同時に叫び、両手をつないで飛び跳ねる様にくるくると回りだした。その二人の様子があまりに可愛かったので、真希は素早くポケットから携帯電話を取り出して笑いながら写真を撮った。



冬休みですっかり生活のリズムが崩れてしまった英司は、明日から始まる新学期の早起きが憂鬱な夜だった。

「あ、もう十二時前だ。」

 英司は真希が提案した十二時までには寝るという事を急に思い出した。

(あいつ、うるさいからな・・)

 英司は真希の怖い顔を思い浮かべ、苦笑いしながらベッドにもぐり込んだ。


 ぐっすり眠っていたはずの四人の周りには、またなだらかな丘が広がっていた。

『少し遅いお正月になったわね。』

 笑みを浮かべた真希はテレパシーで皆に話しかけた。この日を待ち望んでいたのは四人だけではなかった。遥か遠くから一頭のシースーが猛スピードでやってくるのが見えた。その姿に気が付いたエリーは走り出し、皆もその後に続いた。シースーはエリーのそばまで来ると、低い姿勢になり頭を下げた。エリーはシースーに飛び乗り首に抱きついた。シースーも長い首を曲げて、自分の顔をエリーの背中にそっと当てた。

『会えてよかったわね。エリー・・・。』

 真希は涙ぐみながら言った。人間とはテレパシーの種類は違うが、四人ともシースーと心を通わせることができ、深い友情のようなものを感じていた。

『久しぶりだな。』

 今度も急なエリックの出現に皆は驚いた。

『このシースーは、お前たちがまた現れる日をずっとこの辺りで待っていたのだよ。』

『ごめんなさい。心配をかけてしまって・・・。』

 エリーはシースーの背からさっと降りて、エリックに言った。

『シースーから落ちて大怪我をした者はいない。柔らかい草や地面の上で、しかもおまえさんは若いからな。』

 笑みを浮かべながら前と変わらない調子で話しているエリックだが、表情からはほっとした様子が伝わってくる。

『確かに土もやわらかくて気持ちが良いですね。僕たち、エリックに聞きたいことがいっぱいあります!』

 意気込んでいるヒカルを見て、エリックは突然おどけたような顔をして早口で話し出した。

『エリック・ダイアン・ガゼルです。結婚はしていません。好きな色はブルーです。特技は・・・。』

 ポカンとしている四人の顔を見て、エリックは満足そうに笑った。

『冗談はこのくらいにして、何でも聞いてくれ。この年になると、たいていの事は答えられると思うが。』

 おどけた顔と普段の威厳のある顔とのギャップが大きくて四人は少々驚いたが、皆すぐに笑い出した。特に英司は手をたたきながら笑い出し、立っていられない程だった。エリックは笑みを浮かべながら柔らかい草の上に腰を下ろした。他の皆も円になるようにそばに座った。シースーはエリーの隣にしゃがみ込んで輪に加わった。さっそくヒカルはノートに書いたみんなの質問を思い出し、読み上げるように言った。

『まず、飛んでいる乗り物の動力は何ですか?』

『光エネルギーだよ。』

 ポカンとしている四人の顔を見て、エリックは分かりやすい言葉で説明をしてくれた。

『光を純粋なエネルギーに変換したもので、あっちの方にある科学の中枢地からエネルギーが送られてくる。受信機が付いているから、それが故障しない限り飛ぶことが出来るのだよ。』

 北の方を向きながら、エリックは話し続けた。

『科学者はテクノロジーや知性を神のように扱っている。わしはレムリア人の血も流れているからか、動物や自然と触れ合っているほうが好きなのだが。』

『レムリア?エリックはハーフなの?』

 物静かに話をするエリックとは違い、エリーはシースーを撫でながら明るい口調で聞いた。

『あぁ、そうだ。レムリア大陸からやって来た一団に、わしの父がいた。アトランティス人は進歩的ではないものに興味がない人種だが、父と母はここで恋に落ちた。』

『すてき!』

 恋の話になって急に真希は身を乗り出した。

『いや、それが素敵な話ではない。わしは父の顔も知らない。母はレムリア人との間の子であることを誰にも言わなかった。ここでは、一人で子供を育てている女性は少なくないから、母も特に苦労しなかったようだが。』

『お父さんに会おうとはしなかったのですか?』

 真希は急に真剣な顔つきになって言った。

『五年前、母が死ぬ少し前に初めて父のことを話してくれた。幼いころからずっと変わり者扱いされてきたが、納得できたよ。今、父が生きているかどうかも分からない。レムリア大陸に行こうと思えばいつでも行けるのだが・・・こいつらが寂しがるだろ?』

 シースーの方を見て微笑んだエリックに皆は笑顔になったが、切ない思いがよぎった。

(きっとエリックはレムリアで暮らした方が楽しいのかもしれない。)

四人は皆、心の中で同じ事を考えていた。テレパシーでは心の中全てが伝わるわけではなく、言葉を伝える時と同じように伝えたい事、伝えたい相手を選ぶ事ができる。しかし場の雰囲気が暗くなったので、エリーは立ち上がって言った。

『エリックがいなくなるなんて考えられないわよね?シースー?』

シースーは座ったまま首を伸ばし、エリックの顔に思い切り息を吹きかけた。薄い髪が全部後ろになびいたので皆はふきだしてしまった。

『おい!』

エリックに怒られたシースーは驚いて、慌てて立ち上がり、エリーの後ろに隠れた。丸見えなのに真剣に隠れている様子のシースーを見て、全員笑いが止まらなかった。

『ここでは野生動物とも、本当に家族のような付き合いが出来るのね。』

 エリーがうらやましそうに言った。

『レムリアでは植物や鉱物など、あらゆる存在と交流をしているそうだ。ここではテクノロジーの方に興味がある奴ばかりだから、わしの様なやつは変わり者なのだよ。』

 皆はようやく、エリックだけが四人の姿を見る事が出来る理由がわかった。

『エリックの家はどこにあるのですか?この辺りには家らしい建物は見えませんが。』

 真希は辺りを見回しながら言った。

『すぐそこだよ。』

 エリックが指をさした場所は林にしか見えなかった。

『狭い家だが案内しよう。』

 エリックに続いて林の入り口に立った四人は驚いた。エリックがどのように扉を開いたのかは分からなかったが、完全に林の中に溶け込んでいるような建物に入ると、とても広く快適な空間が広がっていた。

『広いなぁ。ここで一人暮らしですか?』

 殺風景な壁を見回しながら英司が聞いた。

『母とずっと二人だったから、この辺りの家では小さい方だよ。』

 エアコンのような電化製品は一切見当たらないが、ほこり一つない清潔な室内はテクノロジーによって保たれていることは尋ねなくても理解できた。

『動物たちはこの中に入りたがらないから、わしは外で過ごす時間の方が長いのだよ。』

 エリックからソファーに座ることを勧められ、十人ほどは座れそうな大きくて長いソファーに四人は並んで座った。

『このソファー、シースーの背中に乗っているみたいだ。ここで昼寝できたら最高だろうな。』

 英司が小声で言った。

『ソファーの表面は、シースーの毛だわ!』

 さっきまで撫でていたシースーの手触りを思い出し、エリーは大きな声で言った。

『よくわかったな。』

 奥の部屋に行っていたエリックが、薄いブルーの飲み物が入った細長いシャンパングラスをトレーに乗せて運んできた。シンプルなグラスだが美しい輝きを放ち、中に入っている飲み物がいっそう美味しそうに見える。

『いただきます!』

 真希は一番にグラスを手に取り、飲み始めた。

『あ、これは・・。』

 そう言うと真希は顔を上げて、少し遅れて飲み始めた三人を見た。

『おいしいなぁ。こんなジュース飲んだことがない!』

 あっという間に飲み干した英司は感動しながら言った。

『英司、気が付かなかったの?初めてここに来た時に食べた、ブルーの果物のジュースよ。』

『すごいな、真希の味覚は・・。』

 驚きながら言った英司だったが、ヒカルとエリーもその果物だという事に気が付いていた。初めてこの果物を食べた時に、ヒカルの手の中で破裂した様子をエリックに話し、皆は楽しい時を過ごしていた。エリックが昨日、この果物をとって来たという話しを聞いてエリーは驚いた。

『エリックは木登りが出来るの?この果物はつぶれやすいから、収穫が大変でしょ?』

『動物に採ってもらうのだよ。周りに頼めそうな動物がいない時は手の届く種類の果物にするが・・。いや!わしだって木に登ろうと思えば登って取ることくらい出来るぞ!』

 急に子供のように、むきになったエリックに皆は大笑いした。現実世界では動物に採ってもらうという感覚は受け入れられないが、エリックと野生動物の様子を見ていると、それは簡単な事だと四人には思えた。エリーのことが好きなシースーもエリーの頼みなら、いくらでも果物を採って渡してくれるに違いない。

『エリックは毎日どんな物を食べているのですか?』

 真希はワクワクしながら質問した。

『わしは果物しか食べない。』

『え?』

 真希は驚いて、それ以上言葉が出なかった。他の三人も同じような顔をしてエリックを見つめていた。

『動物や魚などを食べている者もいるが、ここではほとんどの者が果物を主食としているな。たまにナッツ類も食べるが、ナッツ類は食べ過ぎると太るんだよ。甘い果物も食べ過ぎると・・。』

 エリックは胸よりも少し出ているお腹をさすりながら言った。

『果物を使ってお菓子を作ったりはしないのですか?』

 真希は確かめるように聞いた。

『果物はそのまま食べるのが一番美味しいだろ?しかも年中、数多くの果物が実っているから食べ飽きる事はない。それに果物以外の物を多く食べている者ほど、病気になっているからな・・。旬の果物を新鮮なうちに食べる事が一番だよ。お前たちの所ではどんな物を食べているのだ?』

『俺はラーメンが大好物です。』

 英司が張り切って答えた。

『ラーメン?聞いたことがないな。それは美味しいのか?』

『もちろんです。熱々の、こってりしたスープの中に麵が入っていて、お箸でズルズルと食べると・・』

 英司はラーメンを食べる仕草をしながら、エリックに説明した。

『ほうほう。』

 エリックも楽しそうにラーメンの話を聞いていた。

『僕たちの世界では果物だけを食べて生きている人は、ほとんどいないと思います。穀類や野菜を育てて収穫したものを調理して、牛や豚、鶏などを食べるために飼育しています。もちろん果物もよく食べますが、食事のほんの一部です。』

 ヒカルはエリックの驚いた顔を見ながら話し続けた。

『僕たちの世界では、こんなに様々な果物の木が生えていません。果物は人間が植えて管理しながら育てた物を買って食べています。庭に果物の木がある家もありますが、それだけを食べて生きていくには量が足りないので・・。』

『そうか・・。お前たちの世界は大変なのだな。ここでは食べ物に苦労する事はないぞ。』

 エリックは四人の事を気の毒だと思っている様子だった。

『そんな事はないですよ!美味しい物はいっぱいあります。調理するのは時間がかかりますが、それも楽しいし・・。』

 真希が反論するように言ったが、エリックの心配しているような顔つきは変わらなかった。

『病気になっている者も多いだろうな・・。』

 エリックがつぶやいた。四人は果物を主食にした事がなかったので、エリックの感覚が理解できずに黙っていた。

『アトランティスでは十分な量の果物が実るの?』

 エリーはジュースの入っているグラスを見ながら尋ねた。

『あぁ、そうだ。人間や動物達が食べても、まだ余るから果実は自然に下に落ちて、それが肥料になるのだ。だから誰も果物の木を育てたりはしていないな。』

『ここの方が、とても自然な生活のような感じがするわ。でも体に良いからと言って、私たちの世界で果物を主食にしようと思う人はかなり少ないと思う。病気になっていても自分の好きな物を食べたり飲んだりする人が多いの。』

 エリーの言葉にエリックは黙って何度も頷いた。

「食べ物は自己責任だ。ここでも自分の好きな果物ばかりを食べていると調子をくずしてしまう。例えば甘い物ばかりではいけないのだ。酸味のある物や苦味がある物、水分が多い物など自分の体にどんな物が必要なのか、しっかりと体に耳を傾けて食べないとダメだ。」

 高校生の四人は自分の体に耳を傾けて食事をしたことが、ほとんどなかったので、エリックの話に軽く頷くくらいしか出来なかった。


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