夢の出会い
「きれいな色だな。金属か?」
冬の夕暮れ時、辺りはすっかり暗くなっていた。英司は部活帰りの疲れた体を傾けて、落ちていた物を拾い上げた。ほとんどが土で覆われているが、きれいに光っている部分が見えた。それは片手で握ることが出来る大きさだが思ったよりも重量はあった。英司は迷わずスポーツバッグに投げ入れた。
家に着くと、きれい好きの母親に見つかる前に拾ったものを庭の隅に置き、バッグもひっくり返して中の土をはらっておいた。早めに晩御飯を食べてから庭へ行き、拾った物の土を丁寧に取り除いてから、自分の部屋へ急いだ。ティッシュで拭いてみると、それは今まで見たこともないような金属の塊だった。色はピンクとゴールドを混ぜたようで、堂々とした輝きを放ち、高級感にあふれている。
(明日、学校でみんなに見せびらかしてやろう。)
英司は一瞬そう考えたが、女子にねだられて取られそうな気がしたので、家の机の引き出しに入れておく事にした。
(そうだ!化学の先生に、この金属のことを聞いてみよう。)
英司は携帯電話で写真を撮っておいた。携帯電話で撮影した写真でさえ、その金属は美しく、うっとりとするほどの感覚に陥る。
翌朝、教室へ向かう前に職員室へ寄った英司は、携帯電話の写真を見せながら尋ねた。
「先生、この金属って何かわかりますか?」
化学の荒木先生はかなりの年配ではあるが、学生と気さくに話が出来るから人気がある。
「きれいだな。何かの合金だろうな。金と銅と何かを合わせたらこのような色になるか・・・。いや、この輝きは・・・。」
どうやらこの先生に金属のことは、わからない様子だった。独り言のようにぶつぶつ言い続けている先生に向かってお礼を言い、立ち去ろうとした時、
「おい松本、彼女へのプレゼントか?頑張れよ。はっはっは。」
先生はもう金属の分析には興味を失っている様子だった。
「いや、彼女はいないので・・・。」
同時に予鈴がなり、慌て始めた先生に英司の声は届かなかった。
「合金か・・・。」
少しがっかりしたが、昨夕からこの金属のことで頭がいっぱいだった英司の心は静まった。その夜、部活の練習で疲れていた英司はベッドで横になると一瞬ふわりと体が宙に浮くような感覚を味わいながら、すぐに夢の中に入っていった。
「あぁ、気持ちいいなぁ。」
英司はなだらかに続く見晴らしの良い丘に立っていた。現実世界では真冬の寒さのためにうつ向き気味だったが、夢の中は暖かく身も心も開放されていた。気が付くとすぐそばに、同じ感覚を味わっているような男がいた。
「よ!」
英司は軽く手を上げながら言った。その男も少し驚いたような顔をしながら、軽く頭を下げた。
「俺、松本英司。よろしく。ここは暖かくて気持ちいいよな。」
英司は少し歩み寄りながら言った。
「川上ヒカルです。よろしく。」
ヒカルも少し笑みを浮かべながら言った。英司とヒカルの身長は同じくらいだが、がっしりとした体の英司とは対照的に、ヒカルは細身の体で大人しそうな雰囲気が漂っている。初めて会ったはずなのに、二人はなぜか以前からの知り合いのような気がしていた。
「あっちに女の子が二人いるぞ。行こうぜ!」
少し離れた所に同年代位の女の子を見つけた英司はそう言うと、すぐに歩き始めた。ヒカルはあまり気乗りしなかったが、英司の後について歩き出した。初対面にもかかわらず英司は楽しそうな女の子の会話に、すんなりと入っていった。そしてヒカルも静かに輪の中に加わった。一人はエリーという名の陽気そうな外国人だった。ヒカルは美しいエリーに一瞬目がくぎ付けになった。日本人の三人は外国人と話す機会はほとんどなかったが、緊張もせず話が弾んだ。
「四人とも高校二年なのね。」
話し上手の真希は小柄で、童顔のために皆よりも二歳くらいは年下に見える。
英司はいつもの癖でポケットに手を突っ込んだ。
(あれ、この金属が入っている。まあ夢の中だから取られる心配も無いな。)
「これ、いいだろ?」
英司はピンクゴールドに光る金属をポケットから取り出して自慢げに見せた。
「あ!私も同じものを持ってる!」
真希も同じようにポケットから取り出しながら言った。ヒカルとエリーも驚いた顔で自分が持っている同じ金属をとり出した。
「なんだ・・。珍しい物じゃなかったのか。」
英司はそう言うと、がっかりした様子でまたポケットにその金属を入れた。他の三人はお互いの持っている金属をしばらくながめていた。
「この金属、何か知ってる?」
真希が不思議そうな顔をして皆に聞いた。すぐに三人は首を横に振った。
「どうしてみんな、この金属を持っているのかな?」
ヒカルも不思議そうに自分の金属を見つめながら言った。そして少しの沈黙がながれた。沈黙を息苦しく感じたエリーはパッと顔を上げた。
「みなさん、向こうへ行きませんか?おいしそうな果物が見えます。」
エリーの言葉で皆は果物がなっている方を見て、ポケットに金属をなおして歩き始めた。
「あちらの方・・。私の・・。」
エリーはかなり日本語が話せるが、時々表現方法がわからなくて言葉に詰まってしまう。ヒカルは微笑み、発音の良い英語でエリーに話しかけた。エリーも嬉しそうに理解できない日本語をヒカルに質問しながら、皆との会話を楽しむことが出来た。
「ヒカルは英語が話せるのね。すごい!」
尊敬のまなざしでヒカルを見ながら真希が言った。
「小さい時から英会話を習っていたけど、簡単な話しか出来ないよ。」
ヒカルは苦笑いしながら答えた。
森の中に様々な果物が実っている場所にたどり着いた四人は、まるで広大な果樹園に来たような感覚でまわりの植物をながめていた。
「見たことが無い果物がいっぱい・・・。日本ではリンゴならリンゴ、みかんならみかんというように、同じ種類の果物ばかりがまとめて植えられているけれど、ここにはとても多くの種類の果物があるわね。どれから食べる?」
食いしん坊の真希は目を輝かせて辺りをきょろきょろしながら言った。
「誰かが管理しているような感じはしないな。動物たちも自由に食べているから、自然のものだろうな。」
英司はそう言うと、美味しそうな実をつけた木に素早く登り、高い所に実っている果物を取って、下にいるヒカルへそっと投げた。受け取ったヒカルは女の子たちに果物を渡していった。
「この果物、食べられるのかな?」
見たことのない果物だったので、真希は食べる事をためらった。
「あ!リスのような動物が食べていますよ。大丈夫。」
エリーは木の上で果物を食べている可愛い動物を、うっとりと眺めながら、その果物にかじり付いた。艶があり真っ赤な大きい、さくらんぼの様な果物は、柔らかいリンゴのような食感なのに、口の中でとろけていく。
「あまり甘くないな。」
少しがっかりした英司は、さっと木から下りた。周りには果物が多く実っているため、数多くの動物たちが群れでやって来ていた。
「あの毛むくじゃらで、すごく大きい動物は何だろう?」
ヒカルが十メートルほど先に、二十頭位で集まっている動物を指差していった。
「角がある大きい牛?でも、象がモコモコのコートを着ているような大きさね。こっちに向かって来そうで、ちょっと怖いけど・・・。」
真希は、その動物達がチラチラと自分たちの方を見ている様子が気になっていた。
「あいつらは、たぶんバイソンの仲間だよ。普通は体長が二メートルくらいだけど、四メートル以上はありそうだな。すごい迫力だ。でも草食動物で、穏やかな性格だから気にする事はないと思うけど。」
周りにいる動物をあまり気にしていなかった四人は、改めて危険な動物がいないかを見渡し始めた。
「英司は動物に詳しいですね。」
エリーが感心したように言った。
「小さい頃は動物園の飼育員になりたかったから、よく図鑑を見ていろいろな動物を覚えていたんだ。でも、ここには図鑑に載っていないような動物がいっぱいだ。」
英司は周りにいる動物達を見渡しながら言った。
「じゃあ、あの首が長くてダチョウに似ているのは?」
翼を広げてウロウロ歩いている飛べない様子の動物を見た真希が聞いた。
「でかいダチョウでいいんじゃないか?」
その直後、体よりもかなり小さい翼をはばたかせて、その動物が空へ舞い上がった。
「飛べるんだ・・。」
「あ!あれは?鷹のような顔だけど、すごくカラフルね。」
今度は高い木に止まっている、孔雀のオスのように色鮮やかな鳥を指差しながら言った。
「・・鷹でいいんじゃないか?」
「違うでしょ!」
英司は俺だって分からないよという仕草で、両手を上に向けアヒルのように口をとがらせた。楽しそうな四人を周りにいる動物達が穏やかに見つめていた。
「寝転んでいる動物も多いし、すごく平和そうだ。俺たちの事を怖がっている様子もないから野生動物とは思えないな。」
英司はのびをしながら辺りを見回して言った。そして皆はまた美味しそうな果物を探し始めた。